第32話 俺、高橋さんと語る
「見たよ、まとめサイト」
隣人にそんなセリフを言われる日が来るとは……。俺と音奏の配信切り忘れは結構な話題になっていろんなまとめサイトに載せられていた。
「お恥ずかしいっす」
「L級、挑戦するの?」
俺はちょっとびっくりした。高橋さんのことだから「私もでっかいシバちゃんにもふもふしたい!」とかなんとかいうかと思ったら、結構真剣な声色でなんだか少し悲しそうな雰囲気で……。
「すぐにってわけではないですけど、配信としてやってみたいなって思います。8年くらい前にL 20の認定は受けてるので……」
「岡本君って強いんだね。冴えないリーマンだと思ってたんだけど人は見かけによらないわね〜」
「ははは、今は冴えない配信者っすよ」
「あのさ、無茶……しないでね」
「えっと、はい。音奏もいますし、無茶しないようにします。すんません、心配させて」
「ううん、いいの。ほら、私看護師でしょ? 私が勤めてるのはERって部署でね。急患の処置に携わってるの。だから、毎日のようにダンジョンからの怪我人がやってくるってわけ。助かる人もいるし、助からない人もいる。そういうのを日常的に見てからさ」
それが深酒の原因か……。
「大変……っすね」
「サービス残業も多いし、休みも取れないし。今日なんて人殺し! って罵倒されて。ごめんね? 迷惑かけちゃったわね」
「いえ、俺は……優しい配達員のお兄さんが教えてくれただけなんで」
ベランダの仕切りがあるが高橋さんが少し乗り出しているから彼女の横顔が見える。いつもは酔い潰れているか、ニコニコしているのに今夜は悲しげな表情で……不謹慎だが美人がより一層際立って見えた。
「ねぇ、強いモンスターのいるダンジョンって行かなきゃダメなの?」
「ダメってことはないっすけどやっぱり冒険者兼配信者ってなるとより強いモンスターを倒しに行きたいって思いますね」
「今のまま、のんびりキャンプとか案件とかそういうのもあるんでしょ? 無理に危ないところに行かなくても……」
「高橋さん?」
彼女の声色が震え始めたので俺は心配になって身を乗り出して覗きこむ。やっぱり、彼女は泣いていた。
「酔っ払いがごめんなさいね。私、ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
「ちょっと待っててくださいよ」
俺はベランダから一旦部屋に戻るとティッシュとパックの烏龍茶を持ってベランダに戻った。
「どうぞ」
「うぅ、ありがと」
「今日は音奏もいないですし、聞きますよ。俺は明日も休みですから」
***
「私ね、看護師になる前は冒険者だったの」
「冒険者?」
「うん、でもA級。幼馴染5人で高校生のころからパーティーを組んでダンジョンを攻略して……若い頃は大きな斧と盾を振り回してたわ」
(まさかのヒーラーじゃなくてタンク?!)
高橋さんがどでかい斧と盾を構えている姿を連想して俺はちょっと納得する。めっちゃぽいわ……。美人お姉様タンク。
「強そうっすね」
「体力と力には自信があったの。でもね、大学生になってそれぞれ冒険者になるのか社会に出るのか選択を迫られたわけ。そこでね、パーティーのリーダーが言ったの。S級に上がれたらみんなで冒険者になろうって」
彼女は小さく息を吐くとしばらく沈黙した。多分、この先の展開は俺でも予想ができる。どうして彼女が今冒険者ではないのか、どうして彼女が看護師をしているのか。どうして彼女が泣いているのか。
「S級のダンジョンに入ってS級のモンスターを倒せたら冒険者を続ける。今考えれば無謀な話だわ。私たちは見事に敗北した。タンクだった私は最後まで生き残って……誰も守れず、大好きな幼馴染たちの遺体を置いて逃げ帰ったの。最低でしょ」
「最低だなんてそんな……」
S級以上のダンジョンになると、モンスターも賢くなる。パーティーを組んでいる冒険者であれば盾役である「タンク」を攻撃せずにヒーラーやアタッカーを叩く知能を持ったモンスターも多くいるだろう。そうなるとタンクはどうにもできない、死を待つか逃げ帰るかだ。
多分、高橋さんたちがやられたのは実力の他にもそういった理由があったのかもしれない。
「だからね、大学を卒業して借金して看護学校に入ったの。少しでも冒険者を救いたいってそんな偽善的な志望動機でね。ほら、元タンク体力とメンタルには自信があったし。あ〜もう、だめね。話がまとまらないわ」
ズズッとパックの烏龍茶を飲んで高橋さんは大きなため息をついた。
「気をつけます」
「私はね、最近仲良くしてくれてすごく嬉しいの。岡本君もシバちゃんも音奏も好きなの。死んでほしくないの。強いのはわかってる。けど、無理はしないでね」
「はい」
「あとさ……私も大きなシバちゃんもふもふしたいんだけど」
「あ〜、シバが巨大化できるのはダンジョンの中だけなんすよね。ほら、テイムモンスターなんで」
「じゃあ、こんど低階級のダンジョン行く時に私も連れて行ってよ。いいでしょ?」
「ははは、落ち着いたらぜひ」
***あとがき***
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