第26話 俺、あれこれを学ぶ



「ただいま」


「おかえり〜!」


 家に着くと、すでにやってきていた音奏に出迎えられた。1週間ぶりくらいか? ピンポン地獄から解放されて今日はゆっくり眠れそうだと思ったのになぁ。


「勝利の祝杯といきましょうか! ってかアイツどうやって懲らしめたの?」


 音奏があいつの配信を見ていなかったことにちょっと安心しながら俺は


「多分、今後はどこかで真面目に働くんじゃないかな?」


 とはぐらかした。


「へぇ〜、あっピザとってい?」


「どうぞどうぞ」


「いぇ〜い! そうだ、今日はさ岡本くんに配信者の師匠として色々教えに来たんだ!」


 音奏はコンビニで買った犬用ジャーキーをシバに食わせながら片方の手で器用にスマホをいじっている。多分、ピザを注文しているんだろう。


「色々って?」


 俺は冷蔵庫からつまみになりそうなもんを取り出して皿にもり、グラスとビールも取り出した。

 冷凍の枝豆もチンする。


「ほら、岡本くん。ケントに凸られた時動揺してたっしょ……?」


——恥ずかしい……!


 知らないやつに突然カメラを向けられて、ちょっとドキドキするようなことを追求されて俺はかなり動揺した。冷静に考えればなんでもないことでも、咄嗟のことに判断が効かなくなったのだ。

 強いモンスターと対峙するのは平気でも、元社会人の俺として「社会的な死」や「恥」にはめっぽう弱いらしい。


「ま、まぁな」


「でしょ? でもさ、これからもっと有名になって行くに連れてさ、悪意のある人たちに触れることは多くなるからさ」


 音奏はプシュッとハイボール缶を開けるとグラスに注いだ。俺はビールを開ける。


「悪意? この前のアンチしてたストーカーみたいな?」


 シバの呪いで死んだ彼のことだ。


「うーん、アンチとかストーカーだったらまぁ無視したりブロックすればいい話だから簡単なほうだよ」


「アンチが簡単……?」


「そ、あぁいう人たちは別に無視すればいいの。むしろ、無視してれば勝手に視聴数を増やしてくれるからまだマシ。それにファンから見ても明らかにアンチならそいつの意見なんかファンも無視するから」


 なるほど。

 確かに、俺ら配信者は投げ銭だけじゃなく動画の視聴数に寄っても広告収入をもらっているからアンチであっても価値があるということか。


「まぁ、鬼パワハラされてた俺はアンチくらい大丈夫だよ」


 音奏は「そうね」と笑うと、俺にぐっと近寄ってきて


「でも、本当に注意しなきゃいけないのは……悪意のないネガっていうか……正義ぶってこっちの不利益になるようなことを言ってくる人たち」


「難しいな」


「難しいよねぇ〜。例えば、指摘のフリしてゴリゴリメンタル削る様なことを言ってくる人とか……。いえば、この前ケントが言っていた虐殺とかもその類だよね。確かに岡本くんは強いけどモンスターとは命をかけて戦ってた。なのにそこを見ずに虐殺って騒ぎ立ててさ」


「なるほどなぁ。ケントが虐殺と言ってから俺の動画のコメント欄には実際に<弱いモンスターばかり狙って可哀想>っての増えたもんなぁ」


「そうそう、その人たちはダンジョンではいつ何があるかわからないこと、岡本くんだって命をかけて戦ってることを丸々無視してただワンパンしてるから虐殺って決めつけて正義感振りかざしてコメントしてるわけ。自分は正しい! 指摘してあげなきゃってね」


 うわ〜。

 確かにそう言われると、悪意のないネガって言葉がぴったりだ。


「そういうコメントが増えると、間違ってることなのにバイアスがかかって他の視聴者まで引きずられるしな」


「そうなの。普通に楽しんでる人たちまで引っ張っちゃうんだよね〜、ほんと迷惑。ものの本質も見ないでさ」


「むしろ、そういうコメントしてるやつは俺のためを思って間違った指摘でこっちのメンタル削ってくるって感じだな」


「そ、つまり何が言いたいかというと……コメントや視聴者の評価を気にしすぎるな! ってこと」


 無茶苦茶である。


「え?」


「あ〜、うまくいえなけど。配信者をやるにはメンタルをもっと強く持たないと! ってこと。ファンが増えれば増えるほどアンチとかも増えるから一個一個見ているとメンタルやられて続けられないからさ〜。岡本くんらしくマイペースにね!」


 ドアのベルがなって音奏は「は〜い」と我が物顔でピザを受け取りに行った。俺はずっと心の中に溜まっていたものがスッと落ちて行く気がして、ぐいっとビールを飲み干す。


 虐殺の件はちょっと自分の中でも気になっていたのだ。


<この人の実力がわかったら確かにアリを踏み潰してるのを見てる感覚になった>

<確かに、すごいと思ってたけど実力あるのに弱い魔物倒してるのは虐殺に値するのでは?>

<冒険者のくせになんで弱いところで舐めプしてるのか意味わからん。強くてもっと価値のあるやつ倒しに行けよ>

<もっと稼げばいいのに、意味がわからん>


 俺はずっと頭の中に残っていたコメントたちを振り払う。大好きなキャンプをやめてしまおうと思った自分をここで捨ておこう。俺は俺のままでいいんだ。


「あちちっ、期間限定タコマヨ! と音奏カスタムテリタマ! それからハッシュブラウンとシュリンプもあるよ! 食べよ食べよ〜!」


 音奏が持ってきたLサイズ2枚と大量のサイドメニュー。ピザ1人1枚換算……?


「こんなに食えねぇよ?」


「あら、察しが悪いのね」


 とセクシーな声に振り返ると、高橋さんが腕を組んでこちらを見下ろしていた。


「じゃじゃーん、今日はケントさよなら祝勝会! ということで有紗ちゃんもお招きしました〜!」


「お邪魔するわよ。わぁ〜、おいしそ〜! うちのワイン持ってきたから後であけましょ」



 手際よく取り分ける高橋さん。音楽をかけ始める音奏。俺は社会人時代には絶対経験できなかったであろう光景を見ながら少し嬉しくなった。

 凸られて悪意に晒されてパニクって、少しだけ配信者として成長できた様な気がする。


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