第25話 俺、ガキにわからせる



「おう、今日も来てるから来ない方がいいぞ」


「え〜、また〜。ちょっと私もいい加減寂しいんですけど!」


「はいはい、まぁシバも音奏に会いたがってるし今日あたりアイツと話つけるわ」


「うん、追い払ったらすぐ呼んでよ? ほら、ビールとおつまみもってく!」


「そりゃどーも」


「あとさ、次のダンジョンはどうする?」


「次のダンジョンだけど、もしかしたら音奏は連れて行けないかも」


「えっ〜! なんで?」


「次会った時話すよ」


 鳴り止まないピンポン。

 警察を呼んでも二日後には罰金を払って出てきてピンポン。

 


 ケントチャンネルこと榊原ケント(18歳)は迷惑系配信者として人気の若者だ。迷惑行動をSNSで発信して高校を退学。そのまま配信者になった。

 こいつの視聴者はなんというかゴシップが好きだったり怖いもの見たさだったり、あとは悪い男が好きな馬鹿な未成年女子らしい。そいつらがこいつに貢ぎ……一人一人が数百円でもそれが数万人になれば変わってくる。


 ネットというアングラな世界である意味では成功を収めた男だ。


「あっ、岡本さん。コラボしませんか」


 俺は夜7時。家を出る。鍵を閉めて彼を無視しながら足をすすめた。


「どこいくんすか? あ、やっぱ音奏ちゃんとヤリまくるんすか?」


 無視する俺、スマホを構えるケント。


「もしかして、あのこわ〜いお隣さんと浮気してるとか?」


 やつは俺にリアクションを取らせようとあの手この手で攻めてくるが俺は無視をする。俺の目的は彼をある場所へ連れて行くことだからだ。

 俺がタクシーを捕まえて乗り込むと、彼は別のタクシーを捕まえて追ってくる。なんてしつこいやつだ。


「すみません、ここまでお願いします」


 タクシーの運転手さんはニヤリと笑うと


「おっ、お兄さんわかってるねぇ。給料日?」


 と言いながら車を出した。


「えぇ、まぁそんなところです」



***


 俺がやってきたのは「吉原」なんて呼ばれる風俗街だ。煌びやかなネオンには綺麗なお姉さんたちのパネルが並び、キャッチのお兄さんたちはちょっと強面だ。

 外国人の務めるバーの前には華やかな踊り子さんたちが立っていたり、マッサージ店の看板もセクシーなおねぇさんがうつってたりする。


 夜の8時。

 飲み会終わりの男性たちが行き交い、キャッチのお兄さんたちも忙しそうだ。

 すっきりした顔で出てくるおじさんや、初めてなのか興奮している大学生。この街ならではの景色である。

 素人童貞である俺は会社員時代からお世話になることもあったが、この街にはちょっとしたルールがある。


「はーい! みんなみてくだーい! 岡本英介は風俗街に来ていまーす!」


 少し遅れて登場したケントはスマホを掲げて大声で俺に近づいてくる。俺は今までとは違って大袈裟に顔を隠して嫌がった。

 と同時に街の空気が凍りつく。女の子たちは急いで店に入り、客は足早に去っていく。


「やめてくれ!」


 俺のリアクションをみてニンマリしたケントはさらに大声で


「彼女がいるのに風俗とかいいご身分ですね〜!」


「やめろ!」


「やめない! これは全世界に配信されてまーす!」


 とケントが声高らかに言った時だった。


——バコン


 俺の目の前にいたケントの顔がぐにゃりと歪み、彼は道路脇の壁のほうにぶっ飛んでいった。直後に現れたコワモテのスキンヘッドが俺に


「にいちゃん、あいつの仲間か?」


 と問う。俺は当然「知りません、突然顔を写されて困るんです」と返した。


「そうかい、最近多いんだよなぁ。こういう配信者? ってやからガァ」


 外国人だろうか? 非常にガタイがいい。この前倒した金属熊くらいある。

 スキンヘッドはケントのスマホを踏み潰してドブに蹴り落とすと、歯が抜けて血を吐いているケントに歩み寄り、胸ぐらを掴んで無理やり立ち上がらせた。


「おい、クソガキ。ここはなぁ、顔映されちゃ困る客や女がいっぱいいんだよぉ。お前のせいで迷惑した店の損害はどうやってカタつけんだぁ?」


 男の仲間がわらわらと集まり、ケントを取り囲んだ。


「お兄さん、こっち」


 俺は近くの店のキャッチのお兄さんに引っ張られる。お兄さんは腕を組んでケントたちを見つつ、俺が巻き込まれない様にそっと前に立ってくれていた。


「お兄さん、最近強くて有名な人だよね? 俺、知ってるっすよ。いや〜、災難でしたね〜。彼女さんに怒られちゃう」


「ハハハ、いやほんとに」


***



「暴力だ! 警察呼ぶぞ!」


「警察? お前アホかぁ? ここのルールを守ってないお前を誰が守ってくれんだよ? アホ配信者の意見ときっちり働いている俺の意見、警察はどっちを信じるんだろうなぁ?」


 ケントの罪は世間知らずだったことだ。

 こういう「吉原」と呼ばれる様な場所では撮影なんか絶対に禁止。その上、警察はこういった揉め事にもあまり関与しない。抗争が多すぎるから。警察なんて言葉は今場所では通用しないのだ。


「つ、ツケって……俺はただ」


「お前が騒いだせいで今日分の客がいなくなったなぁ? 兄貴。ざっと系列店もいれて数千万ですねぇ」


「そんな無茶苦茶だろ! ぐはっ」


 ケントが声を上げたが、スキンヘッドが鳩尾に一発入れた。ケントはその拍子に嘔吐し、スキンヘッドのスーツを吐瀉物で汚した。


「あ〜あ〜、アニキの500万円オーダースーツがぁ」


「俺の1000万腕時計も傷ついてやがる」


 1人の男がケントを高そうな黒塗りの車に押し付けて殴った。


「おいおい、俺の5000万の車が傷ついたぞ?」


「おい、クソガキ。どうしてくれんだ? 今すぐ払えないなら働いて返すしかないよなあ?」


 ゲロ吐きながらブルブル震えるケント。いつもの憎たらしい余裕の表情は消えていた。そこに到着する黒塗りのバン。彼はそのバンに押し込まれて消えていった。



***


 俺を助けてくれたお兄さんはバンが見えなくなるまで見守ってからこちらへ振り返ると、


「この辺は撮影禁止だから。ほら、吉原のお客さんにはここに来てることバレたくないお偉いさんとかも多いし。女の子も働いているのをバレたくないって子も多くてさ」


「アイツ、どうなるんすかね」


「いや〜、あの小僧は運が悪いよ。あのスキンヘッドは外国グレの系列でさ。うちら日本人と違って容赦ないんだよね。最近、売り上げが悪いとかでイライラしてたんだよな。売られて一生外国で奴隷生活だろうね。ところでお兄さん、うち清楚系揃ってるよ? どう?」


 俺の服の埃をはらってくれたキャッチのお兄さんは「安くするよ」とウインクをした。


「俺、ギャル好きなんすよね」


「いや〜、わかる。そっか、お口直しに清楚系がよくなったらまた来てよ」


「あざっす」


 俺はその場をあとにした。本当は社会人の経験もないくせに大金を手にしたクソガキにちょこっとわからせるつもりだったが、アイツはちょっとやりすぎだったようだ。一生、その身を削って働き続けることになるだろう。


——きっと、あいつがいなくなっても誰も気にしないんだろうな


 俺は、タクシーを捕まえると音奏にメッセージを送った。


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