虚像への恋

しき

出会い

 ガチャリ


 重く感じるドアノブを回して長いあいだ、入る事が無かった兄の部屋だった部屋に足を踏み入れる。

 兄、乱場らんば海斗かいとはこのあたりでは神童もしくはオカルト狂いで名を知られていた。まぁ、俺から見ても自慢の兄というより狂人のたぐいだった。学力は大人顔負けでありながら子供から見ても怪しいオカルトに熱を入れて奇行に走る兄は家族の悩みの種だった。


「中学生特有のアレで高校生になれば自然に大人しくなるでしょう」


 と母は言っていたが海斗かいとは高校に入ること無く、殺されて死んでしまった。

 それからこの部屋はしばらくは家の中では禁断の開かずのあつかいであったのだが、俺が中学生に進学するにあったて自室が欲しい年頃になった所でこの部屋があてがわれた。

 躊躇ためらいはあったが母にとっても俺にとっても兄の死をいつまでも引きずるわけにはいかない。一つの決別の儀式であると思いその決定を受け入れた。

 部屋はすでに母親が粗方片づけをしてくれたので決意の割に自分がするべき事は特に無かった。伽藍がらんとした部屋の中に数少ない自分の道具を移すぐらいであった。兄の面影を感じさせるのは本棚にぎっしりと詰まった良く分からない難しいオカルトの本ぐらいであった。


「今日から俺の部屋だけど全然、実感がわかないなー」


 作業も終わりそう独り言を呟きながらベッドに倒れ込む。部屋に返事を返す人物はいない。そもそも母親も仕事で家にいない。今、家に居るのは春休みという中学入学までの短いモラトリアムを無駄に消費している自分だけのはずだった…


「まぁ、それは追々おいおいと慣れて行くしかないだろねー」


「えっ!」


 予想外の返答に驚き起き上がり、その声の方向を見る。そこには自分と十代から二十代の少女が立っていた。それも綺麗きれいな金色の髪で色白のとびっきり美人だ。


「わっ!」


 俺は驚いて勢いよく後退あとずさる。


「ははは、驚かせてしまったか。ごめん、ごめん。弟君」


 目の前の美少女はその様子を見て妖艶ようえんに微笑む。どうやら夢などではないらしい。


「えっ、誰?どこから入ってきた?」


「そこの窓から」


 見ると確かに窓が空いている。完全なる不法侵入。しかもここ二階。何やっているんだこの。あっ、でも靴はちゃんと脱いで入ってきた見たい。いや、そんな事よりどういう状況だこれ?全然理解出来ない。


「始めまして弟君。ボクの名前は星野ほしの美影みかげ。君のお兄さんの助手さ」


「助手?意味が分からないんだけどストーカーの間違いでは?」


 混乱している俺をよそに淡々と喋る彼女。俺は頭が追いつかず、口調が荒くなる。


「ストーカーとか酷いなー。僕は海斗かいとと一緒にこの町で起きて迷宮入りになっている事件を解決してきた。立派な探偵助手だぞ」


「そんな話し一度も聞いた事がないぞ。嘘をつくならもう少しマシなのを考えろよな」


「嘘じゃないもん。まぁ、ボク達が解決してきた事件は『首狩り事』を含めて世に真相が出せない様なモノだったから海斗かいとが君に話す事は無かっただろうけど」


『首狩り事件』それは確かに海斗かいとが興味を持っていた事件。そして海人かいとが殺された事件でもある。


「冗談にしては度が過ぎていないか?」


「嘘でも冗談でもないもん。ボクと『首狩り事件』を追っている最中にこの事件の確信をつかんだ海斗かいとは殺されてしまったんだ」


『首狩り事件』とはこの町で起きている事件で犯人は捕まっておらず、今日こんにちでも被害者が出ている猟奇りょうき殺人事件だ。被害者の頭部が綺麗に無くなっている事からこの名がついた。被害者に年齢や性別などの共通点が無く、被害者同士の関係性も見つかっていなく完全な無差別殺人。

 ちなみに無くなったの被害者の頭部は未だに誰一人として見つかっていない。

 この様な奇怪な事件にも関わらず、証拠や有力な情報が一切無く警察が苦戦を強いられていることからオカルト界隈でも様々な憶測が飛び交っている。

 当然、兄の海斗かいともこの事件に興味を示していた。そして一年前、『首無し事件』の被害者の一人になってしまった。

 なのでこのイカれている女の言っている事は一様は筋が通っているが、良く作り込まれた妄言だと考えるのが妥当な所である。

 早々に追い出すか警察に突き出すのが真っ当な判断だろう。しかし…


「お前と海斗かいとは何をつかんだと言うんだ。それが確かなモノなら何故、警察に言わない。そもそも何故、今になって俺の前に現れた?」


 なおも俺はこの女との会話の道を選んだんだ。意外にも俺はイカれているらしい。この状況において興味心がまさってしまった。


「警察に言っても無駄だからさ。警察は人間の常識の中での事件のスペシャリストだけど人外の非常識な事件には対応できない。妄言と思われるだけさ」


 今まさに俺も妄言だと思っているのだが、ここまで来たら毒を食らわば皿までだ。


「お前の話を鵜呑うのみにすると犯人は常識外の化物って事になるんだがマジで言っているのか?」


「そうだよ。まぁ、正しくは未確認の宇宙生命だけど。海斗かいとの弟にしては頭が固いんだね。こんな奇怪な事件、人間じゃあ無理があるでしょ」


「宇宙人かよ。胡散臭うさんくさいにも程があるぜ。信じられねぇ。何の陰謀論だよ」


「はぁ~面倒臭いなー弟君は。あまりやりたくなかったけど仕方ない。百聞は一見にしかずだ。あまり驚かないでくれよ。いいかい、ボクの右手に注目してくれ」


 そう言って彼女は俺の前に右手を広げて見せた


「何だ?手品でも見せてくれるのか?そんなモノで俺は誤魔化されはしない…えっ」


 ポトッ


 彼女の右手だったモノが体から離れて地面に落ちる。地面に落ちたソレは見る見るうちに玉虫色たまむしいろの粘液の塊に変わっていった。そしてソレは人間の目と口の様なモノを形成していき…


「ドウ?コレデハナシヲキクキニナッタ?」


 と不気味な声を発した。


「ば…」


 俺は化物と叫び声を上げようとした瞬間に何かで口を塞がれた。見ると彼女の腕が伸び、まるでロープの様な形状になって俺の顔に巻き付いていた。


「ダメだよ叫んだりなんかしたら。驚いて殺しちゃうかもしれない。落ち着いたら静かに首を縦に振ってね」


 何なんだよこれは!思考が追いつかない。いや、理解出来るはずが無い。コイツは正真正銘の化物だ。とりあえず今はコイツの機嫌を損なわない様にするのが最優先だ。でないとマジで殺されかねない。

 俺はゆっくりと首を縦に振った。

 ロープ状になっていた腕が元の人間の手に戻っていく。地面に落ちた黒色の粘液の塊も彼女の体をよじ登って元の位置に戻り、再び人間の手となった。

 こんな光景を目にしてしまってはもう言葉が出なくなってしまった。

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