第11話 まずは自己紹介

……ん? なんだか良い匂いと気持ちがいい。


何かに誘われるように、そちらに手を伸ばすと……柔らかくふわふわしたものに触れる。


「……なんだこれ?」


「ひゃん!?」


「うわっ!? ……って、クオンか……顔が赤いけど、どうしたの?」


「な、何でもありません! ……頭を撫でてたら油断しましたね」


「なになに? なんて言ったの?」


「なんでもないです……尻尾は敏感なのに」


「だからなんて」


「良いから起きてください。もう、とっくに朝ですから。今日から、森を探索するのでしょう?」


たしかに外はすでに明るくなっていた。

というか、かなり暑い。

俺が寝る前に用意したバケツに入れた氷は、すっかり溶けていた。

結構な量を入れたけど、やっぱり厳しい暑さみたい。


「そうだねー。ただ、その前にお腹が空いた……」


「はいはい、わかってますよ。では、食堂に行きましょう」


軽く着換えを済ませた俺は、部屋を出て一階にある食堂に向かう。

この屋敷は二階が住居で部屋がいくつかあり、一階は食堂や会議室や応接室などがある。

玄関脇はラウンジになっており、誰でも自由に使うことができる。

そして、食堂に入ると……既に何人もの人達が食事をしていた。


「クレス殿下!」


「ああ、別に立たなくて良いからね。みんなも座ったままで平気。朝来る度に立たれたら疲れちゃうよ」


「それなら、早起きして一番に来れば良いのでは?」


「ぐぬぬ、ど正論がきた……! それができたら苦労はしないよっ!」


「ふふ、それもそうですね」


「はは……昨日も思いましたが、仲がよろしいですな。皆の者、先ほども言いましたがクレス殿下はこのような方だ。なので、このまま座っていましょう」


ふと見ると、周りの人達が驚いた顔をしている。

というより、固まってしまっていた。

俺は訳がわからず、クオンにこっそり耳打ちする。


「あれかな?俺が朝寝坊をしたから呆れてるのかな?」


「……ふふ、そうかもしれませんね。ですが、違うかもしれません」


「ん? どういうこと?」


「ほらほら、ささっとご飯を食べますよ」


クオンに背中を押され、用意された席に着く。

隣にクオンが座ると、メイドさんが俺たちの前にトレイを置いてくれた。

硬いパンに野菜の入ったスープ、あとは何かの干し肉がある。

お礼を言って、まずは腹ごしらえをする。


「申し訳ございません、このようなお食事をクレス殿下に……」


「ん? 別に気にしてないから良いよ。これはこれで美味しいし。もちろん、ずっとはあれだけどね」


「へっ? し、しかし、王族の方が食べるようなものでは……」


「この方は、よく城下町に出て食べ歩きをしていたので……」


「な、なるほど? 民の暮らしを知ろうと……立派なことですな」


「……はは」


特にそういうわけではないが、とりあえず黙っておく。

正直言って俺の舌は庶民のままなので、冷たくてやたら畏まった料理など興味はない。

だから城下町に出て、こういう料理を食べていたに過ぎない。

それが嫌で、わざわざ追放されるようにしたんだし。

……もちろん、肩身が狭いっていうのもあったけど。


「それで、そちらの方々は……? 私は食事も終わったので、よろしければ自己紹介をお願いします」


「ああ、そうでした。彼らは、昨日言っていた方々です。獣人の方は、代表で来てもらいました」


「そうでしたか。主人殿は、そのまま食べてて良いですから」


俺はコクコクと頷き、大人しく食事を進める。

今いるのは二人で、人族が一人と獣人が一人だ。


「初めまして、クレス殿下。私の名前はウォレスと申します。年齢四十歳で、この都市の守備隊長を務めております」


「ゴクン……ウォレスさんだね、よろしく」


ウォレスさんは身長も大きく体格もいいし、頭がツルツルで少しおっかないけど実直そうな雰囲気だ。

こんなところに残ってるって言い方はあれだけど、良い人に見えた。

問題は獣人の方で、さっきから俺を睨みつけている。


「それで、そちらの獣人の方は……虎族の獣人ですか」


「ああ、そうだ。ところで、貴様は何故その男に従っている? 俺の勘違いでなければ、貴様は誇り高き黒狼族のはずだ。大きな群れを作らず、家族だけで過ごすとか」


「何故ですか? ……見ての通り、主人殿は人族と獣人関係なく接する方だからだ。この方の側にいることが私の誇りだ」


「それが芝居じゃないと?」


「私が見抜けないとでも?」


「「…………」」


ばちばちと、目には見えない火花が飛ぶ。

どうやら、人族に好意的ではない獣人みたいだ。

まあ、そっちの方が普通なんだけど。


「……ふん、まあいい。それは、今後を見てればわかることだ。俺の名前はタイガ、見ての通り虎族の獣人だ。言っておくが、馴れ合うつもりはない」


「うん、それで良いと思うよ。それじゃ、よろしくね」


「……う、うむ」


俺の返事に肩透かしを食らったのか、少し目が泳いでいる。


まあ、どうにか信頼を得るしかないね。


さてさて、快適生活目指して頑張りますか。






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