第3話 チートに目覚める

 城を出る前にとある建物に寄る。


 扉をノックしたら、すぐに年を召した女性が出てくる。


 この孤児院のシスターであるヘレンさんだ。


「あら、クレス君。今日はどうなさったのかしら? いつものように変装してないけど」


「突然ですいませんが、王都を離れることになりまして……その挨拶に来ました」


 ここは俺がお忍びで来ていた孤児院だ。

 俺を生んだ母は、ここでシスターとして働いていた。

 そこを父に見初められて第二王妃になったとか。

 その関係もあり、母のいない俺にとっては安らげる場所だった。


「そうなのね……じゃあ、望みは叶ったのね?」


「ええ、予定通りに追放される形になりました」


 母の恩人であるこの方にだけは、事情を説明してある。

 いずれは、ここを出て行くことになることを。


「でも、それで良いのかしら……」


「良いんですよ、それで。兄上や姉上にとっても俺は邪魔でしょうから」


 今の王族の中、俺だけがある意味で一人ぼっちだ。

 兄上と姉上は第一王妃の子供だし、俺は第二王妃の唯一の息子だ。

 その生みの母も俺が物心つくは前になくなってるし、第一王妃も三年前に亡くなってる。

 その関係から、俺は異母兄弟と微妙な距離感があるってわけだ。


「そんなことないと思うわ。それはきっと色々な誤解があるのよ」


「だとしても良いんですよ。別に王妃様のことも恨んでないですし。今くらいの関係の方が気楽です」


 信頼する叔父上から聞いたところ、王妃様が母に意地悪をしたわけでもないらしい。

 それに、俺ではなくて息子を王位につけたいっていうのは自然なことだと思った。

 だからこそ俺は、無能を装って静かに過ごそうと思ったわけだし。

 まあ、元々無能なんですけど! コホン……何より、もう家族で争うのは嫌だ。

前世の頃も両親が喧嘩ばかりしてるのが嫌だった。


「そう、それ決めたなら仕方ないですね」


「ええ、それでは護衛が来る前に王都を出ますね」


「わかりました。また会える日を楽しみにしてます」


「はい、今までお世話になりました」


 俺はきちんと礼をして、その場を後にする。

 そして少し離れた場所で、クオンと合流する。


「クオン、首尾はどうだ?」


「言われた通りに、シスターの机の上にお金は置いてきましたよ。でも、良かったのですか?」


「うん、正面切って渡したら受け取って貰えないし。うちの国も裕福ってわけじゃないから、孤児院やスラム街まで手が回らないし。それに、これからは自分で稼ぐことにするさ」


「おやおや、万年Hランクの冒険者が何か言ってますね」


 俺は成人した際に、いざという時のために冒険者ギルドに登録した。

 無論、まだ一度も依頼を受けたことはないし、王都から出たこともない。

 流石の俺も、そこまでは無責任じゃないしね。


「ふふん、これからのし上がってみせるさ……多分」


「ふふ、期待してますよ。平気です、私がお守りしますから」


 ……情けないことに俺は弱い。

 武道の腕もなければ、武器を扱うのも苦手だ。

 魔法も大して扱えないし、頭は……悪くはないと思うけど。

 ただ、いずれにしても兄上が継いだ方がいい。


 ◇


 残ったお金で馬を二頭借りて、王都を出発する。


片方に二人乗りして、片方には荷物だけを乗せる形だ。


 そして街道沿いを進み、数十分が経過し……ようやく一息つく。


「ふぅ、ここまでくれば追って来れないでしょ」


「ええ、そうですね……むっ、何かきますね」


「えっ? なになに?」


 すると、北の方角の森から何かがやってくる。

 それは緑色の皮膚を持った、小さな小鬼だった。

 その時、俺の身体に異変が起きる。

 体全体が熱くなり、何やら力が溢れてくる……なんだこれ?


「ゴブリンですか。片付けて参りますので、主人殿はここにいてください」


「う、うん」


「平気ですよ、私がお守りしますから」


「いや、そうじゃなくて……」


「いきますっ!」


 背中にある大剣に手を添えたクオンが地を這うように駆け出し、ゴブリンとすれ違う。

 すると、ゴブリンの胴体と下半身が分かれ……魔石となる。

 俺の目からでは、いつ大剣を振り下ろしたのかわからなかった。


「おおっ〜凄いねっ!」


「ふふ、ありがとうございます。そういえば、こうして目の前で戦うのは初めてでしたか。そもそも、魔物に会うのが初めてですよね?」


 そう言い、照れ臭そうに頬をかく。

 クオンのいう通り、俺はクオンが戦うところも魔物に出会うのも初めてだ。

 俺は危険があるため、王都を出なかったし。


「そりゃ、そうさ。兄上が結婚するまでは、代わりである俺は流石に危険なことは出来ないし」


「そうでしたね。おや、まだいましたか」


「ほんとだね……あれ?」


 再び森の奥から、ゴブリンが出てくるのが見えた。

 そして、再びあの感覚がやってくる。

 そうだ、これは魔力鍛錬を始めた時の感覚……もしかして、そういうこと?


「では、かたしてまいります」


「ちょっと待って……俺がやってみるから」


「……何を言ってるんですか? 今はふざけてる場合じゃないです。主人殿は戦う術をお持ちではないんですから」


「まあ、見ててよ」


 深呼吸して……うん、多分これがそうだ。

 この感覚のまま、あとは放てば良い。


「ギャギャ!」


「ケケ!」


「アイスショット!」


「「グキャ!?」」


 俺の掌から氷の玉が放たれ、それがゴブリンの頭を貫いた。

 そして、二体とも魔石となる。

魔物は魔石というものになり、厳密には生き物ではないらしい。

前の世界でいう動物は、この世界では魔獣と呼ばれる。


「へっ?」


「ふぅ、出来たね」


 魔法だったからか、意外と忌避感もない。

 というか、才能が発揮されないわけだ。

 多分、危険が迫ったりすることが条件だったのかもしれない。

 あの天使さんも、面倒なことを……いや、そうでもないか。

 幼い頃に才能が発揮されていたら、もっと面倒なことになってたかも。

 それを見越して、こういう設定にしてくれたのかもね……知らんけど。


「へっ? ……魔法? しかも氷魔法を? 水魔法使いの方々が、いくら研究してもダメだったと言われる……」


「いや〜出来ちゃったね」


「できちゃったではありません! こんな魔法をいつのまに覚えに……」


「はは……」


 しまったァァァ! 言い訳を全然考えてなかった!

 俺自身も、まさか使えるとは思ってなかったし!

 しかも、それが希少な氷魔法だなんて。

 この世界には火、水、風、土、光、闇がある。

 その中で氷魔法は再現できない魔法と言われていた。

そもそも、魔法を使える人が少ない。


「いや……そうですか、ここまで完璧に無能を装っていたのですね。私にまで隠して……いや、誰にも言わないで」


「へっ? い、いや、そういうじゃなくて」


「何も言わなくて良いです。ふふ、私の見る目は間違ってなかったということですね」


「だから……」


「良いですって。しかし、これは隠しておいて正解でしたね。ロナード王太子が地位を確立する前に……はっ! まさか、そこまで見越しての行動だったとか」


 やめてぇぇ!! キラキラした目で見ないでっ!


 使えるのを今まで知らなかっただけなんですって!


 ……どうしてこうなったァァァ!?

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