夏の余光
不手地 哲郎
1日目
再会できたのは偶然だった。
そこら中からセミの鳴き声のする夏真っ盛り。冷房の効いた部屋を抜け出して散歩なんて、普通なら絶対にしようとなどしないだろう。そうをしようと思ったのは、一週間後にはこの土地から立ち去ることになっていたからだろうか。
少し前であればたまにジョギングしている人とすれ違うこともあった海岸線。横を向いて海を眺めながら歩く。
額や背中から出た汗は磯の香りを含んだ海風で乾かされる。きっと無風だったら、嫌気がさして帰っていたことだろう。あいつに会うこともなかったろう。
「あれ、きぃくん?」
海など見ずに前を向いていれば、幼馴染と不意打ち気味な再会になることもなかっただろうに。
「びっくりしたよぉ」
「それはこっちのセリフだ」
二人で近くに設置されていた、切り株を模した石に向かい合って腰掛ける。
「戻ってきてたんだな」
「あはは、三日前にね」
「体はもう大丈夫なのか?」
「うん。こうして一人で出かけられるくらいには治ったよ~」
詳しい病症は忘れてしまったが、入院の必要がある病気に罹った。しかし、この町にあるような小さな診療所では治療はできないと転居することになり、そのまま転校してしまった。
「それはよかったな。あれから、えーっと中等部に上がる前に引っ越したから、三年振りくらいか?」
「正確には二年と半年だけどね~」
「そんなもんなんだな。もっと長いと思ってたよ」
急に決まった転校で、ささやかなお別れ会が学校であったことを思い出す。会が終わるとすぐに親の迎えで去って行ってしまった。その時は急な出来事で唖然としていて、当たり障りのない言葉しかかけられずに、見送ってしまった。
「もう、会えないかと思ってたよ」
「他の人と同じように?」
移り住んでくる人はいなくても、この町を出て行った人は何人もいた。そして。誰も戻って来ることはなかった。だからこいつとも、もう会うことはないんだと決めつけていたのだ。
「なんで戻ってきてるんだ? ここはもう」
「うん、知ってる。退去地区に選ばれたんだよね」
「やっぱり知ってるよな。ならどうして戻ってきてるんだ?」
「えーっとね。これ!」
小脇に抱えていた手提げカバンから大判のノートを取り出して、見せつけてくる
「……スケッチブック?」
「ピンポーン! 正解。私はこの辺りを描きに帰ってきたの」
思わずに口をへの字に曲げてしまう。
わざわざ? 理由があったとはいえ、捨てたはずのこの地に? 絵を描くためだけに?
「私ね、ここが好きだったの」
「こんな寂れていくだけの土地が?」
「うん」
臆面もなく断言してくる。夏の日差しにも負けないほどの屈託のない笑顔。
「私はここで生まれたから、きっとこの地域で人生を終えると思ってたの。引っ越す前も、引っ越した後も。だから大人になったら帰って来るつもりだった」
「そうだったんだな。……でも、この土地はもう住めなくなった」
「まったくひどいよねー。いくらお国が決めることだからってさ、住んでいい場所まで限定するんだもん」
難しい話はわからない。ただ、国が過疎地域を放棄することで人口を一か所に集め、行政の負担を軽くする――というのが狙いらしいというのはニュースで聞き齧ってはいた。
反対の声は挙がっていたが、施行されていっているのが現状だ。大人たちですら止められないのだから、一人の中学生でしかない自分には受け入れることしかできなかった。
「だからせめて、最後に帰郷して描き残そうと思ったの!」
ぐっといつの間にか手に持っていた筆を握りしめて、天に突き出す。
非効率だなぁ、と内心苦笑する。この炎天下の中を歩き回ってスケッチをしていく。写真ならさして手間もなく納めていけるだろうに。
でも、昔からそういうやつなのだ。二年と半年間離れていたが、幼馴染で、昔からの付き合いだからこそ分かる。こういう所は何にも変わっていない。思いついたことを行動に移す行動力があって、それに何度も振り回された。振り回したこともあった。そのせいで二人して水の張った田んぼに突っ込んだこともあったけれど、二人で笑い合った。
だから、自然と口から出てしまったのだろう。考えるよりも先に、だ。
「それ、付き合ってもいいか?」
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