もう一度君に会うために
執事
問いかけの章
正直なところ、この文章を世に出すのは全く本意ではない。
人に見せたく無かったというのもあるし、あるがままを述べるだけであるために物語と呼べるようなものでは無いからだ。
オチもなく、稚拙な出来の小説。
しかし私には性急にこれを誰かへ見せなければいけない理由があった、それも出来るだけ多くの人に。
確かにここはインターネットのイチ小説投稿サイト、実績のない人間がそこに載せたところでどれ程の人間の目に留まるというのだろう。
10?20?多くても30と言ったところか、それならばまだ匿名掲示板の方がマシだろう。
だが、脳みその茹った匿名掲示板のアホ共と彼女を合わせるわけにはいかない。
キチンと内容を理解して貰えなければ意味がないのだ。
故にこれは苦肉の策である、ここから始まる物語は全てノンフィクションである。
では、綴ろうか。
私と彼女の物語を。
事の発端はグループLINEで流れてきた噂話であった。
初めはグループ通話でとある少女が口にした話らしい、後から見た私にわかるのは文面として残された断片的な情報だけだ。
リアリティに欠けた、既に廃れて久しい心霊系オカルト話だ。
───曰く、それは神隠しを行う悍ましき化け物である。
───曰く、それは特定の儀式をすると現れる。
───曰く、それに連れ去られたら二度と帰ってこれない。
───曰く、それはブツブツとした穴の集合体である。
───曰く、それの名はバルテリア・アインゴッズ・ドロストロデロンである。
ありがちで陳腐な設定、少し滑稽なその名前に、何処にでもあるような噂に、私は初め興味を示さなかった。
しかし、LINEの流れを見ていると少しだけ興味を惹かれる情報が出てきたのだ。
それは検索サイトで探してみても、同様の儀式や噂は一向に出てこないという事。
このインターネット全盛の時代で、そんな事があり得るのだろうかと、私は疑問に思った。
噂の発端、いわば元ネタのような物が出てこないのだ。
必要な儀式の内容は酷く簡単で、シュールギャグ漫画に出てくるような内容で、ならば元となった何かがあるはずだというのにそれがない。
巷で話題の噂というのに誰もインターネットに書き込んでいない。
気になって私も調べてみたが、確かにそんな儀式は似たようなモノすら存在していなかった。
おかしな事であった、『食事の際、いただきますの代わりに特定の単語を唱える』なんて儀式そこら中にありふれている筈だ。
だというのに、検索サイトはそのような儀式は古今東西存在しないと言い張るのだ。
世界のベクトルが書き換えられてしまったような、己が抱く一般常識という物が途端に通用しなくなったような、そんな気がして気味が悪かった。
初めにLINEに話を流した者に通話で問えば、明らかに何かを隠しているようだった。
その少女と私は仲が良く、互いに隠し事などまるでない筈であった。
だというのに、荒唐無稽な噂話の発信源などというくだらぬ物を隠すというのだ。
連日の徹夜で脳が煮えていたのか、私はその儀式を実行する事に決めた。
上手く行くはずなどない、失敗前提の行動。
この儀式と噂の何が私に隠し事をさせるというのか、気になったのだ。
これを行えば何かがわかる、そんな直感が脳をよぎった。
「アーラム、ドーラム、フライダル!」
夕食の唐揚げを前にして両手を合わせながら私は呪文を唱えた、どうせ何も起こりはしないだろうとたかを括っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
パチり、そう瞬きをして次に目を開けばそこは到底自宅には見えない何処かであった。
下を見れば真っ黒な道路、前を見れば高い高いビルの数々。
「成功したのか。いや、この場合は失敗と言うべきか?」
心の底から驚いたものの、言葉自体は常時のようにスルスルと口から出てきた。
これでもヤクザの娘であるため、肝は座っているつもりだ。
「さて、どうやって帰ろうか」
グルりと辺りを見渡した。
世界が狂ったのか、私がイカれたのか、周囲の様相は想像を超えていた。
トラックから降りた子供は自らの腹の中から剣を取り出し、ビルの窓には大きな唇がついていてペチャクチャとおしゃべりをしているようだ。
だというのに、何一つ音が聞こえてこない。
「あー、あー」
自分の声は聞こえるが、それだけだ。
試しに歩いてみればいつの間にか履いていたスニーカーで地面を踏み締める音が耳に響く、意識すれば鼓動の音だって聞こえる。
だがそれらはいずれも己を起点として発せられた音だ。
頭がラッパになっているスーツの男からも、少し遠くを歩いている羊の貴婦人からも挙げ句の果てには常に叩かれている空中の大太鼓からも音は聞こえない。
静寂が世界を包んだ。
「アレ?まーたお客さん?ならこのゲームはアタシの勝ちね」
静寂が切り裂かれた。
高めの声が後ろから聞こえた。
お客さんと言うことは声の主がこの空間の支配者か、あの噂通りの滑稽な名前の怪異なのか、期待と恐れを抑えながら私は緩慢な動作で振り向いた。
目を、奪われた。
「何?何か言ったら?なんで無言のまま見つめてくんのよ」
時に、もし恋人を作るのならばどのような人間がいいか、考えたことはあるだろうか。
私の結論は常に変わらなかった。
見た目が良いことに越したことはないが、何より重要なのは己と波長が合うこと。
性格が良い人でも悪い人でもなく、あくまで自分と同じ時を過ごせるような人間。
そんな人と付き合いたいと思っていた。
見た目だけの一目惚れなんてあり得ないと思っていた。
常識は、覆った。
「なんなのよその目、言っとくけどアタシは───」
その言葉が終わる前に、私は彼女の元に歩み寄り、心からの言葉を告げた。
「一目惚れしました。好きです、私と付き合って下さい」
ポカンとした顔、文字に起こすならまさしくその表現が正しいだろう。
そんな表情の全てが愛おしく感じるのだ、成る程これが恋か。
人生ではじめての経験だが、悪くない感覚だと私は思った。
「……ちょ、何言ってんのよ!アタシはメドゥーサよメドゥーサ!人間の恋人になれるわけが……ってちがぁう!何よいきなり!」
「あぁすまない、突然の事なので取り乱してしまったんだ。まずは自己紹介をさせてくれ。私の名は東堂香苗、しがない女子高校生だ。君は……バルテリアさんでいいのかな?」
「なんなのよホント……まぁいいわ。確かにアタシはバルテリア・アインゴッズ・ドロストロデロン。長いしバルって呼んで」
「ならば私の事も香苗と呼んでくれ……ところで、此処はどこだい?」
突然脳内に湧き出した感情に心を揺さぶられていたため気づかなかったが、冷静になってみれば他に聞くべきは山ほどある。
拗らせた中学生がスケッチブックに描いてそうな世界観が周囲を埋め尽くしている現状、そして目の前にはこの場所に詳しそうなメドゥーサ、ならば仔細を聞くほかない。
「やっとそれ?優先順位おかしくない?……まぁ答えるけどさ」
呆れた目を私に向けながら、バルは数回指パッチンを行った。
すると何もない空間から見るからにフカフカの椅子が二つ現れ、ふわふわと私とバルの背後に移動すると、不安定な道路上に何故かしっかりと安定感を持って置かれた。
バルが椅子に座り、私も後を追って腰をかけた。
「もうわかってると思うけどここは異空間よ、地球じゃないわ。正確には多次元構造の虚空間を……ってこれは別にいいわよね。専門的な話してもわかんないでしょうし」
「うん、僕としてもこの空間の構成事情に興味はないよ。確かに風邪を引いた時の夢のような、R17個人制作グロ系フリーゲームのような、そんな世界観は気にはなるけど、私の好奇は今現在君に向いているのだからね」
「グロ系フリーゲーム……まぁ否定できないわね。アタシにとってはRPGツクールで一本ゲームを作って投稿するより、この空間弄る方が楽だからさ。思いついたアイデアとかは全部すぐさま空間に書き足していってるのよ」
「……メドゥーサもインターネットを見るのか。意外というかなんというか」
少し意外だと、私は思った。
異空間に住まうメドゥーサ、パブリックイメージから俗世に染まらぬ長命種を想像していたのだが、その口からRPGツクールなどという言葉が出るとは思ってもいなかった。
「なにそれ、偏見?イマドキ妖怪だって神霊だってネットは使うわよ。それに、こんな場所に一人じゃヒマでヒマで仕方がないでしょ?」
「それは確かに。すると君は此処にずっと一人でいるのかい?最近金髪の少女が来たりは?」
まさしくこれは私が此処に来た時からの疑問であった。
噂を流したのは私の親友である蘭子、ならば彼女もこの空間に来ている可能性が高い。
とはいえ、何か秘密があるようだがそれにしても五体満足で帰れているのだ、私も元の世界に戻れる可能性は高いだろう。
恋は盲目と言うが、帰る方法を聞くより先に彼女とおしゃべりしていたいと思ってしまうのは、これはまず間違いなく脳みそが普段通りの動きを可能としていないということだ。
うん、しかし可愛いなバルは。
そのようなことを思いつつ、残った理性で親友についての情報を得ようと彼女に尋ねる。
「あぁ、ホノカの事?もしかして知り合い?なら安心しなさい、特に危害を加えたりはしてないから。ちょっとゲームを持ちかけただけ」
「うん、親友だよ。それにしてもゲーム?……たしか君は初めに言ってたね、『このゲームはアタシの勝ち』だと」
「そ、別に三流デスゲームみたいに命賭けてるわけじゃないわよ?そのゲームにホノカが勝てば一つだけ願いを叶えてあげるってやつ。ありがちでしょ?」
バルの言う通り、それこそありとあらゆる作品で使い古されてきたネタだ。
だが彼女が言うにはホノカはゲームに負けたらしい、とするとこれから敗北者へのペナルティが課されるのだろうか。
私としては自業自得の可能性はあれど親友が何かしらの危害を被るのは望むところではない、交渉の余地があるのかはわからないがホノカの件についてバルへ掛け合うのが最良だろう。
「とすると、負けてしまったホノカはどうなるのかな?」
「別に、もう二度とここには来られなくなるってだけ。勝てば願いが叶うけど負けても挑戦権を失うだけ、良心的じゃない?」
「……あまりに美味しい話すぎて裏を疑ってしまうね」
「そうでもないわよ、願いが叶うのはこの空間でだけ。要するに『現実で億万長者になりたい!』ってのは無理、『ここで金を出して持って帰る!』も出来ない」
「成る程、大きな制限があるのか」
「そうよ、アタシにできるのはこの空間を弄る事だけ。少しは電脳空間には干渉できるけどリアル世界は無理ね。ちなみにホノカの願いは『多種多様なイケメンに囲まれて愛されたい!』ですって」
「ハハハ……あの子らしい。でも安心したよ、裏はなさそうだ」
少し呆れたが、それでこそホノカだと感心した。
普段からイケメンに囲まれたいとは言っていたが、たった一つに願いにそれを上げるとはなんとも彼女らしい行動だ。
バルの表情や声音から裏はないと推測したが、あったとしてこれ以上私に出来る事はない。
現実へ干渉できないというのがブラフじゃないのなら、どのみち私もホノカのバルに生殺与奪の権を握られている事になる。
わざわざ私相手に嘘を吐く意味も見当りはしない、疑いだけ無駄だろう。
それに、私個人の感情としてはバルを信じたいのだ。
仮にも惚れた相手であるのだから。
「それで、ゲームの内容はどういったものなんだい?私がここに来た時点でホノカの負けらしいけど」
「それはまだ秘密、アンタもやってみる?一応挑戦するのに条件はあるけど」
「へぇ……流石に条件はあるのか。どんなのかな」
「簡単な事よ。一週間私の遊び相手になる!それだけ!」
ビシッと指をさして、バルはドヤ顔で宣言した。
対する私といえば、あまりに拍子抜けなその条件に一旦は放心したものの、直ぐに笑いながら言葉を並べた。
「ハハッ。ただでさえデメリット無しのゲームに参加できると言うのに、その条件が初恋の人と遊ぶだって⁉︎私が得しかしないじゃないか!」
「……それで、どうするの?私と遊ぶの?」
答えは既に決まっている。
「喜んで」
それからというもの、時間を忘れて私とバルは遊んでいた。
彼女の話によればここは外とは違う時間軸に存在するため、いくら遊んでも元の時間に帰れるらしい。
となれば躊躇う理由は私にはなかった。
「ハッハッハ、私はス●ブラ歴10年なのさ!いくら相手がメドゥーサといえどパルテナで負けはない!」
「なんでアンタそんなにゲーム上手いのよ!」
時に海で、時に電子機器で、時に盤上で私達は遊戯に耽った。
「バンジージャンプなんて初めてだよ!」
「アタシは飛べるからこれの楽しみ方わからないのよね、この期にやってよっかな?……でも飛行設定OFFにするのは怖過ぎるわね」
その中には私の知らない遊びも存在した、それはチェスと将棋に似た賭け事の要素を持つボードゲームであった。
複雑極まりないルールだったが、覚える時間は無限に存在していた。
「いやー難しいねこれは。もう10連敗だよ。ギャンブルは好きだし得意なんだけど」
「まだまだ負けないわよ、これでも20年以上アタシはこれをやってるんだから」
楽しかった、心地よかった、現実へ戻りたくないと思ってしまうほどに。
「ふぅん、もうこんなに時間が経ってたのね」
「どうしたんだい?」
二人でエクソシストという映画を見ていると、前触れなくバルはそのような事を口走った。
「外の時間換算で二週間、アンタと私はその間ずっと遊んでたのよ。丁度ピッタリ条件時間ね」
「……そんなに?」
「えぇ、そんなに。いくらここじゃお腹が減らないからといってもまさかここまで時間の流れが速く感じるとは思ってなかったわ。アンタと遊ぶのは想像以上に楽しかったからかもしれないわね」
微笑みながら私との時間を楽しんでいたと話すバルは、いつも以上に美しく見えた。
楽しかったのは私もだと返そうとしたが、上手く口が回らなかった。
「さて、それじゃあゲームへの挑戦権を得たって事でいいかしら?」
「……私としてはもっと遊びたいんだけどね」
「うーん、アタシもそうだけど一度決めた事に反するのは能力のバランスが崩れるかもだからダメなのよね」
「そっか、じゃあゲームに参加するよ。また遊ぶためにね」
どこぞの少年漫画で見たような事情だと思いつつ、ゲームへの参加の意思を固める。
負ければ二度と此処へは来れないという事は、勝てばまた来れるのだ。
「じゃあ説明するわよ。ゲームの内容は『ここでの出来事と儀式の内容を五人以上に伝える事。その後二週間の間にアンタの影響で誰かが儀式を行わなえばアンタの負けよ、行われなければ勝ちね」
「それは……」
「安心しなさい、ここでの事は絶対に忘れないから『忘れちゃって伝えられない』なんて事はないわよ」
「五人、五人となると───」
「じゃあ、またね」
そう言い残して、緋色の空間は幕を閉じた。
再び瞬きをした後の私の視界には、自宅のテーブルが映っていた。
「……これは不味いね」
どうする、どうする、どうすればいい。
儀式の内容は簡単すぎる、単純に人に伝えたとして実践されないとは限らない。
勝率の低い賭けには出たくない。
だがバルには会いたい。
私、東堂香苗は人生最大級の逆境に立たされていた。
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