旧棟
赤城ハル
第1話
これは私が北海道の短大に通っていた頃の話だ。
私が通っていた短大には教養必修科目でインターンシップという授業があった。
大学ならインターンシップというと就活に関わる大切なものの一つだろうが、うちの短大ではインターンシップは職業体験程度のものだった。
そのインターンシップの授業に私は間違って他の学部生が多い時期に履習してしまった。
そのため、授業では肩身の狭いおもいをした。
授業は身だしなみやマナー、エチケット、言葉遣い、そして一般常識などで、長期休暇時にインターシップで仕事を従事するものだった。
そのインターンシップの内容はサービス業、ボランティアや福祉、町内会の手伝い、短大の隔月発行している学校新聞の編集といったものである。
学生は履歴書と希望職種を作成し、それを講師に提出。
講師はそれを元に学生達を派遣させる。
ここで私はその履歴書作成の際、間違った書き方をしてしまったため、再提出となってしまった。
さらに不幸なことに学祭が間にあったため、再提出が遅れてしまったのだ。
遅れたゆえに私の派遣先がなかなか決まらなかった。その頃にはどこも受付が終了していたのだ。
このままでは職業体験なしで終わりそうだった。もしそうなれば単位は得られない。
それは困る。
自由科目ならさほど痛みはないが、この授業は必修科目。必ず単位を取らなければいけない授業。
困ったと落ち込みぎみだったが、幸いにしてなんとか私の派遣先が決まり、私は冬の長期休暇期間中にとある病院の病棟にて、休みを除いて全七日間の仕事をすることとなった。
◯
病院ではなく病棟。
それもそうだろう。私は医師免許や看護師資格を持っていない。
だから病棟での夜勤の警備や、清掃、1階ストアのキャッシャーなどが学生達にあてがわれた。中には医療事務関係の資格を持つ学生には事務仕事があてがわれていた。
そして私は清掃の方に仕事が振られた。
けれど1日目から私には旧棟周辺の雪かきと施錠チェックを追加で任されてしまった。
増えた仕事に文句を言いたかったが、元々私は無理矢理ねじ込まれたため強く言えなかった。
あと、他学部の学生と仲がよくなかったのも原因である。
なるべく1人で仕事がしたかった。
だから、押し付けられても、まあ仕方ないかで済ませた。
◯
北海道には水落としという作業がある。この水落としとは水道の水が管の中で凍結するのを防ぐための行為。
旧棟のチェックの中にこの水落としが含まれていた。そして事務長から口を酸っぱく、水落としのチェックは重要と言われていた。
それは逆に言えば、それ以外は重要ではないということだろうか。
(まさかね)
旧棟は新棟から雑木林を挟んだ向こうにあり、つい3年ほど前までは使用されていたため、見た目は古くはなかった。
が、空が燃える夕陽をバックに聳える灰色の廃墟はどこか亡霊のようで見上げるだけで心が縮み上がる気分だった。
私は
まずは用具室でシャベルを手に取り、旧棟周辺の雪をどけた。
元々、朝と昼ごろにも雪かきがなされていたため、夕方の雪は少なかった。それでも周囲の雪を1人でどけるには大変で、終わった頃には額に汗をかいていた。
雪かきが終わるとまた中へ入って、シャベルを用具室に戻して、次は中の施錠と水落としのチェックを始めた。
旧棟は全5階建て。
電気は届いていないので、懐中電灯片手に施錠のチェックを始めた。
病室は誰もいないにも関わらず、どこか人の視線を感じ、背筋が冷える気分を感じた。
きっとそれは寒さゆえのものと俺は考え、足早に院内を移動してチェックをする。
全5階のため一つ一つの部屋をチェックするのはかなりの苦労があった。
手術室は普段では見られないものがあり、こういう時でなければ知欲が刺激されるが、暗闇の中では恐怖心が刺激される。
床には何も散らばってなく綺麗であった。
そしてあらかた部屋を見渡して、俺は手術室を出ようとした。
けれどドアが開かなかった。
手術室と廊下を繋ぐドアは両開き型の自動ドアで、電気が止まってからは開きっぱなしになっている。それなのに今はなぜか閉まっていた。入った時は開いていたのに。どういうことだ?
左右の2つの戸ががっしり噛み合い、まるでドアは施錠されているかのように
こじ開けようにも固く、隙間すら作れなかった。
困って溜め息を吐いた時に声が聞こえた。それは笑い声った。男性の。人を嵌めて喜んでいる声だった。
私は大声で怒鳴り、ドアを叩いた。
しかし、ドアは開くこともなかった。
スマホは仕事中は駄目ということで更衣室に置いているから手元にはない。
私は他に廊下もしくは部屋は続くドアはないかと調べた。
しかし、どこにもそういったものは見当たらなかった。
私はまたドアの前に戻ってきて、ドアを開いてみようと試みた。
もしこれで開かなかったら、思いっきり蹴り壊そうと考えていた。
そんなことを頭に考えつつ、ドアに手をやる。
するとどうだろうか、ドアが簡単に開いたではないか。
◯
旧棟の仕事を終えて、新棟の更衣室に向かい、着替えた。
着替え終わり、帰ろうとした時、事務長の片桐さんに声をかけられた。
「だいぶ遅かったけど、難しい点があった?」
「いえ。遅れたのは初めてのことでもありましたし、それに……」
「それに?」
「途中で閉じ込められたんです」
「閉じ込められた?」
片桐さんの反応は異変と当然が混ざったような不思議な反応だった。
「嘘じゃないんです」
「どこで? 誰に? イタズラ?」
「手術室で。誰かは
「男性。声を聞いたの?」
「はい」
「……そうか」
片桐さんは息を大きく吐き、目を閉じる。
私が何かを知っているのかと聞く前に、片桐さんは、
「ま、明日もよろしくね」
と肩を叩いた。
そして更衣室を出て行く。
片桐さんは明日もと言ったが、明日は休みであった。
◯
翌々日に来ると私が旧棟で怪奇現象に遭った話があれこれと尾ヒレが付き、学生達に知れ渡っていた。
「あれ? 今日はビビらずに来たんだ」
と茶化す者もいた。
「昨日は休みだボケ」
そして今日も新棟の仕事が終わり、夕方に旧棟へ向かった。
周囲の雪かきを済ませて、中で施錠のチェックを始める。
そしてあの手術室。
俺はドアが閉じないために廊下の椅子をドアの隙間に挟むことした。
そして中を確認した。
◯
しかし、今回は何も起こらなかった。
「一昨日のはやっぱり嫌がらせか?」
けれど、どうやってやったのか?
考えても答えは見つからないので、私は諦めて仕事に戻った。
そして3階の女性トイレで蛇口をチェックしてた時、ドアがバンと音を立てて閉まった。
風で閉じたというより、人の手によって強く閉じたみたいだった。
私は急いでドアに駆け寄り、開けようとしたが、一昨日と同じで施錠されたように固かった。
ドアには鍵はなかったはず。
それなのにどうしてか?
そしてまた聞こえる男の声。
「っざけんな!」
◯
そしてまた一昨日と同じ様にしばらくするとドアが開いた。
「どうなってんだよ」
ドアは確かに鍵穴がなく、施錠は出来ない仕様になっている。そしてドアは廊下側からは外開きとなっている。
なら考えられるのは一つ。外から物を置いて開けられないようにするしかない。
ないのだが──。
「……ない」
ドアを開けなくするための物は何もなかった。椅子もソファも棚も。
ならどうやって?
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