鯨鳴
泣鬼 漱二郎
崩壊
「ごめんな、
今でも、鮮明に思い出す。一年前の夏の終わり。顧問からの落選宣告。高校に入って入部した美術部で参加した、初めての展覧会の結果発表。
美術部を選んだ理由は簡単だ。私は絵が好きだった。創作を、愛していた。自分の愛するものを、自分らしさで表現したかった。自分の世界を、人に知って欲しかったのだ。
しかし、そんな熱を持った状態で描きあげた私の処女作は、審査の段階で呆気なく駄作のレッテルを貼られた。世界が崩れた気がした。悔しかったのだ。落選の事実よりも、自分を否定された気がして。
「俺はいいと思ってたんだけどなぁ。あの発想はお前にしか出来ないと思うよ。友達の先生もお前の絵を褒めていたんだ。次の作品は、資料をしっかり集めてもっと細部まで時間をかけて描くといい」
忘れもしない。突き返された私の作品を見ながら話す顧問の、私よりも傷ついた表情。なんであなたがそんな顔をするんだ。辛いのは、悲しいのは私なのに。自身の世界を否定された私なのに。
悲しむ顧問に、私は嫌悪を抱いた。この男の謝罪が、私には社交辞令にしか思えなかった。才能のないものへの、せめてもの慰め。そんな、紳士的な大人の言葉に愚かな子供の私が選んだ返事は、笑顔だった。
「別にいいですよ、あんな絵で賞が取れるだなんて思ってませんでしたし。正直どうでもいいです」
今思っても青臭い言い訳。顧問の謝罪のような助言を、私は満面の笑みで、笑い飛ばしたのだ。
酷く吐き気がした。私は薄情だと、その時はっきりと自覚した。私は、自分のプライドのためなら、好きなものすら貶せるらしい。一番残酷なのは、私の脳がそれを虚勢ではなく、本音として処理したことだった。私は愛という情熱を込めた処女作に、何の思い入れも抱けなかったのだ。望まずに産み落とし、泣き叫ぶ赤子を迷惑そうに見下ろすような目で、ただ目の前の駄作を笑ったのだ。駄作は私の方だと言うのに。
その後の打ち上げでも、私はずっと笑顔だった。気まずそうにする部員一人ひとりの反応を、私は心から楽しんだ。傍から見れば私は、酷く醜い滑稽なバケモノのようであっただろう。だが、私はそれで良かった。バケモノに成り下がる方が楽だった。私はバケモノだ。薄情で、醜く、愚かなバケモノだ。
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