10
それからの日常は、それ以降に変わることはなく、以前送り続けた日常のリフレインのようになった。
毎日毎日孤独な日々。図書館で借りた本を読んで変えるだけの日々。早くに帰っても、桜がそこにいるということはなく、僕独りだけが部屋に残される。僕自身の部屋だから、それがきっと当たり前なのだろうが、一度失われた関係を取り戻したからこその孤独の感覚はどうしようもない虚しさに襲われる。
あの時、ぼくはどうすればよかったのだろうか。
あの時、そのまま彼女の嘘を飲み込んでいればよかったのだろうか。
正義を掲げていた彼女の嘘を、そのまま無視していれば、それで僕たちの関係は報われたのだろうか。
……もう、取り返しはつきようもなく、また年月が嵩む。
中学校で彼女の姿を見かけても、関わることはない。一個上だから、尚更にその関係は紡がれることはなかった。
中学二年生になっても、変わらない。孤独が解消されることは学校であっても家であっても変わらない。
だからこそ……、孤独であるからこそ、周囲の声が耳に入ってくる。
その声は、上級生を対象として行われているというのに、どうしようもなく敵意を感じさせるような、そんな言葉の数々。どこか思い当たるような気もするけれど、その印象を振り払う。流石に、そんなわけがないと呑み込みながら。
でも、それが気のせいではないと思う一言が聞こえてくる。
幼馴染の……、桜に対する陰口。正義をかざすからこその敵意。そして、行われる所業に対して自慢をするような、そんな嘲た笑い声。
どうしようもない嫌な予感は革新へと変わっていく。
もしかしたら、あの時に休んでいたのは、あの時に僕と関係を紡いでいたのは。いろんな事情が目に見えてきて、半数をする。
……だとしても、僕はあの時にどうすればよかったのだろう。それ以上の答えが出ることがない限り、僕は今彼女にかかわることもできやしない。
──目の前に、いじめという環境を見聞きしているのに、それでも彼女にかかわる資格がないと、そうしてすべてを無視し続けた。
「最近桜ちゃんとどうなの?」
母からそんな声が聞こえてくる。
「別に普通だよ」
そういった答えしか返すことができない。仏も何も関係など存在しないのに、そんな嘘を吐くことしか僕にはできない。
「たまには、話してあげてね」
そう憂うように心配をする母の声は、どこか察しているような雰囲気でもあった。だから、不安が止まなくて仕方がない。
僕から彼女にかかわるべきかもしれない。未だに彼女の嘘に対しての答えを見つけることはできないけれど、その頃にニュースで見たいじめからの自殺が頭によぎって仕方がない。
行動をするべきなのだ。行動をしなければいけない。たとえ、それがいつも以上に、今まで以上の勇気を振り絞らなければいけない恐怖があったとしても、それでも僕は、彼女と関わらなければいけないのだ。
「……なんでいるの」
思い立ってからの行動は早かった。翌日、早く帰るなり、隣の家にお邪魔をする。
桜のお母さんは目に見えてやつれている様子。何をきっかけとしたのかはわからなかったけれど、僕の顔を見て、桜の母は少しばかり安堵をした様子を見せて、僕を桜の部屋に案内した。
「べつに、いいじゃないか」
言い訳を考えようとも思ったけれど、彼女に対して言い訳をするなんて無駄だ。彼女に対して誠実じゃないような気がして、適当な理由を作ることもしない。それこそが誠意だと思ったから。
「最近、学校の調子どうなの?」
「別に、普通だよ。何も変わらない」
彼女は無表情に嘘を重ねた。その言葉が嘘であることは、あらゆることを目撃したからこそ知っている。
部活動で正義を振りかざして、部員の人間に嫌われている様子。その嫌悪感は確実な敵意と進化をして、更に暴力や精神的な攻撃である暴言につながる。監督についても見ないふりを繰り返して。
「そんな部活なら、やめちゃえばいいじゃん」
僕は、彼女の嘘を飲み込んだうえで、そう話す。
「……どうせ、君にはわからないよ」
桜は、無表情に、死んだような声で呟いた。
「正しいことってなんなんだろうね。正しいのに、人はそれを嫌がるんだもんね。それなのに正しいことをしなければいけないっていうのはなんなんだろうね。私、もうわからないや」
諦めたような言葉を吐いている彼女の姿は、とても印象に残っている。
「桜は……、頑張ってるじゃん」
幼い頃から見てきた桜の一挙一動。その行動の裏には必ず正義があって、誰もがその正義に振り回されてきた。でも、それによって救われた存在もいる。僕という救われた存在が。
彼女がいなければ、僕は嘘をつくことを肯定し続けて、孤独に嘘を上塗りしつづけていたのかもしれない。彼女と会話を紡がなければ、僕はここにいないかもしれない。
彼女とここで話すことができるのは、彼女が僕という存在を受容してくれとぇいたから。だからこそ、僕は彼女の目の前にいるのだ。
──でも、そんな思いは、結局、自分勝手な気持ちにしかならなかった。
「いつまで頑張ればいいのかな。なんで頑張らなきゃいけないのかな。どうして私は頑張っているのかな。もう、疲れたよ。どうすればいいんだろうね」
諦めたような声を彼女は紡いだ。そこに嘘はなく、ただどんよりとした空気だけが空間に占有する。
何か言葉を紡がなければいけない。彼女のために、彼女が楽になるための言葉を。
いじめなんて、簡単に解消できるものでもない。だからこそ、僕は言葉を紡いだ。
「それなら、学校に行かなければいいじゃないか。休もうよ。頑張りすぎたんだよ」
──そうして、その声は虚に消えた。彼女は僕の言葉に何か言葉を返すことはなく、沈黙をただぶら下げている。
静かな空間。これ以上に何もない。僕と彼女がいるだけの空間で。
「かえって……」
彼女は弱弱しく言葉を吐いて、そうして布団に閉じこもる。
また、明日会おう。
彼女に救われた僕の恩を返すためにも、僕は彼女に向き合わなければいけないのだから。
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