Episode.21 これが「キレる」という感情ですか。

 思わず絶叫しながら、それでも私はオルカの進行方向に風を吹かせ続けます。

 いや、やらないと落ちるだけですので。


 正直、私は落下してもいいんですよね。

 40階の高さから落下したらHPが0になって生き残るのか、それともHPを貫通して状態異常:負傷が致死レベルになって死亡するのかはわかりませんが。

 おそらくは後者のような気はします。

 ま、どうせ死んでも復活するだけです。別に失うレベルもありませんしね。


 でもマギドールは違います。


 落下ダメージでパーツが全損したら造り直さないといけないのです。


 ちょっとでも耐久が残ってくれれば【古式人形術】のアーツの中にあるマギドール用回復魔法で修理できるのですが。

 搭載している追加パーツの中には貴重なジーンロイの遺産(40階の私室に残してあった忠雅さんが集めていた資材)を使って造ったものもあります。もしそれが壊れたら最悪資材が足りなくて造り直せないかもしれません。


 結局何が言いたいかと言うと。


「こうなってるの全部あなたのせいで、死ぬ気でやらないといけないの全部あなたのためなんですよーーーっ!!?」

『……? さっきから何叫んでるん?』


 殴りたいこの言動。


 そんなことしてる余裕はないんですけどね。


「……前!」


 その時、異変に気づきました。


 魔法で吹かせていた風が、前方で見えない壁に当たったかのように遮られています。


 ……あ、いや。

 見えない壁ありました。


 このトルアドール、四方を壁で覆われているのですが。

 その上空は魔法の結界で覆われているのです。


「まずいっ!? 正面、街を守る魔法結界がある!」

『だーいじょうぶ! 反響定位エコーロケーションで気づいてるんよ』


 反響定位エコーロケーション


 現実のシャチも持っている、音波を発射してその反射音で前方の状況を把握する機能です。

 暗闇でも活動できるようになるマギドールの装備として、似たようなものがありましたのでわざわざ用意してつけてみました。おかげでジーンロイの遺産がこれにだいぶ食われましたけどね。


『じゃ、しっかり掴まってるんやで!』


 オルカがひと際大きく飛び跳ねました。


 そのまま体を傾けて腹側を結界の方に向け。

 尾ビレを反らした体勢になって推進装置を後方に向ける形でフルスロットル。

 結界に向かって超加速。


 ちょうど結界に着地するような感じで腹側から結界に激突しました。


 もちろん浮上用の風魔法をクッション代わりにして衝撃は緩和してますが。


『いぃぃやぁっふぅぅぅーーーっ!!』


 そのままノリノリで結界上をすべるようにオルカが爆走していきます。


 で、その時の私はどうなっていたかと言いますと。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 オルカは「乗ることができる」ような構造になっています。

 ただシートベルトのような体を固定できるものはついていません。


 それが、ほぼ90度横に傾いた状態で激しく揺れながら高速で走っているのです。


 ハンドル握って落ちないようにするので精一杯ですよ。


『だいぶ体の使い方、わかってきたで。よし、ここやな!』

「いや、もう、大人しくして……」


 オルカの腹部の浮上装置から強い風を吹き出しました。


 街の結界からオルカの体が離れて空中に投げ出されたような感じになります。

 一瞬、体が浮き上がって支えるのは握っているハンドルだけになったような、そんな感覚に襲われます。


 ああ、もう。

 その浮上装置の使い方が違う!?


『それでこうやって』


 オルカが体をひねって尾ビレを結界の方に向けて。

 なおそんなアクロバティックな動きをしたら上に乗っている人間がどうなるかはまったく考慮してもらえていません。


『GO!』


 尾ビレの推進装置を全開。

 推進装置から噴き出る風と風を結界にぶつけることで生まれる反発力による相乗効果により、オルカの体が急加速します。


「ちょっと!?」


 風の魔法は使えていません。


 さっきからオルカが何をしようとしているかわからないうえに動きも激しすぎてハンドルにしがみついているのがやっとなのです。


 今も尾ビレの推進装置は風を吹き出し続けています。

 このままだといずれ地面に激突……あ。


 気づいたら進路が街の道路に沿っている?


 いつの間にかちょうど飛行機が滑走路に着陸するような体勢になっています。


 入射角は……問題なし。

 浮遊装置と合わせれば地面に激突して大破、と言う状態にはならないはず。


 ただ、問題は。


 道路の行く先は広場になっていますが、その先は建物になっています。

 現在のスピードと建物までの距離を計算すると今のままでは、着陸はできても建物に突っ込むことになります。


『起動〈マナバリア〉』


 オルカの体が青白い光に包まれました。


 マギドールは標準装備らしくてパーツもあったので装備させていたマナバリア。

 ダメージを受けるとHP代わりにMPを減らすことのできる装備品が起動します。


「……オルカ?」

『いやぁ、すんまへん。ちょっと安全に降りるには距離足らへんかったわ。ハクも頑張って耐えてや♪』


 ちょ、おま。


 激突して耐えること前提かあああああああ!?


 来る衝撃に備えて、ハンドルをきつく握って頭を下げて目をつむりました。




 オルカが止まりました。


 思ったより衝撃はありません。


 建物の壁に激突して壁を破って中に突っ込むくらい想定していたのですがそんな感じもありません。


 恐る恐る目を開けると、こちらを覗き込むドーネルさんと目が合いました。


「大丈夫ですか?」


 がっしりとドーネルさんの両手がオルカの体を掴んでいます。


『いやあ、この兄ちゃんが受け止めてくれたおかげで安全に止まれたわ。おかげで助かったわ~』

「40階から飛び出した時はびっくりしてしまって……その後、慌てて後を追いかけたんですけど、間に合ったならよかったです」


 あのスピードのオルカを受け止めるってドーネルさんなかなか凄いですね。

 ま、私の【魔機工学】のレベルで造られたオルカでは。ドーネルさんから見るとかなり格下レベルになるでしょうから、それくらいはできるのかもしれません。


「そうでしたか。ありがとうございます」

『ちょっと大変やったけど、うちもこれでだいたいこの体の感覚はつかめたし。途中のハクとの連携も悪くなかったし、うちら結構ええコンビになれるんとちゃう?』


 ごんっ。


 金属を叩く鈍い音がしました。


『痛っ、何すんの!?』


 思わず目の前のこいつの頭を殴ってしまいました。


『うちが何したって言うんよ!?』


 ごんっごんっごんっごんっ。


『痛い痛い痛い痛い』


 なるほど。


 これが「キレる」という感情ですか。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



「まあまあ、2人……いや1人と1体? それが無事でよかったじゃないですか」


 無言でオルカの頭を殴っていたら流石にドーネルさんが止めに入ってくれました。

 だいぶ怒りも静まってきたと自分では思っていたのですが、私の顔を見たドーネルさんが何とも言えない表情をしていたのでよっぽどひどい顔をしていたのでしょう。


「もう今回みたいな無茶はしないでしょうし」

「……話をしているとまた馬鹿やりそうなんですよね、こいつ……」

「……それは、どうなんでしょうね……えーっと……」


 何かドーネルさんが悩んでいるようです。


「……この子って、名前はなんて言うんですか?」

「ああ。オルカですね」

『ちゃうで』

「えっ」


 特に考えることなく呼び名を伝えたらなぜかオルカからツッコミが入りました。


「オルカでしょ?」

『それは種族名やろ。それって人間の名前は『ヒト』って言うてるんと同じやん』


 オルカのくせに正論を言うとは生意気ですね。


「じゃあ、何て名前なんですか?」

『むしろ何で知らへんの? 見たらわかるやん?』


 見たら……?


 それでラズウルスさんの時に支配下のマギドールは【古式人形術】の管理画面でステータスが見れたことを思い出しました。



 名前:ヒメ

 種別:マギドール騎乗戦闘用魚型 レベル:65

 攻撃:C+ 耐久:B 感覚:B 魔力:B+

 HP:100% MP:26% VP:67%

 取得技能:

 【格闘術・特級】42LV【砲撃術】4LV【反響定位感覚・特級】38LV

 【神眼】11LV【エーテル親和】88LV【自在遊泳】69LV

 【MP最大値上昇・極大】17LV【MP回復上昇・極大】8LV

 【VP最大値上昇・極大】14LV【VP回復上昇・極大】6LV

 ボディパーツ:

 [頭(目/鼻/耳/口)][胴体][胸ビレ][背ビレ][尾][尾ビレ]

 装備:

 《92式マナキャノン》《92式マナキャノン》

 《マナバリア》《超音波センサー》《自動発声言語翻訳装置》

 《ホバー浮上装置》《風魔法推進装置》《風魔法推進装置》《風魔法推進装置》

 《風魔法推進装置》



 ステータス画面に表示される「名前:ヒメ」という文字。


「ヒメ……?」

『せやでー。ずっと名前呼ばへんから、嫌がらせされとんのかと思ってたわ』


 どうやら本当にヒメという名前のようです。


「何か意外にかわいい名前ですけど……姫って貴女のどこにお姫様要素あったんですか?」

『何でや。ちゃんとうちの目、赤かったやん』


 目が赤かった?

 あれ、どうでしたっけ?

 あの時は必死だったので、こいつの目の色がどうだったかまでは認識してませんでしたけど。


「ヒメ、て『姫』じゃなくて『緋目』ですか」

『さっきからそう言ってるやん?』


 というわけで、本名もわかったのでこれからはそれで呼ぶべきなんでしょうけど。


「何か貴女のことヒメって呼ぶの凄く嫌なんですけど」

『ええー。ハクも最初はヒメサンって呼ばれてたやん』

「だから嫌なんですよ……」


 私の我儘なのは理解できるのですけどね。

 ヒメ、という呼び名はどうしても昔を思い出してしまうので触れたくないというか。

 こいつだけはヒメと呼びたくないというか。


 自分で自分を御せないというのはこうも面倒なものですか。


「オルカでいいじゃないですか」

『え~。そこはちゃんと名前で呼んでよ』

「あの~」


 揉めているところでドーネルさんが横から声をかけてきました。


「それならまとめて1つの名前にしちゃうのはどうでしょう? 『ヒメオルカ』ってことで……それなら『ヒメ』でも『オルカ』でも呼び名としては正しくなるでしょうし」


 何と言う力技な提案。

 思わずオルカと顔を見合わせます。


「ま、まあそれなら私はいいかな……?」

『今のうちはハクの配下に生まれ変わったわけやし、ホンマはうちの命名権はハクにあるやろうしなあ……本名ヒメであだ名がオルカ、てことなら』


 それでいいのか? とも思いましたが。

 何となくそれでまとまりました。


「じゃあ【古式人形術】で登録名を変更しておきましょうか。あ、『ヒメオルカ』だと種族名っぽいしここはあえて漢字で『姫折華』とかどうです?」

『おお、何かかっこええやん』




 というわけで。


 「Dawn of a New Era」はキャラクター名はカタカナしか受け付けてくれないんですよね。世界観を守るためだそうですが。

 【古式人形術】での呼び名なら漢字が使えるかと思いましたが例外ではありませんでした。


 というわけで、結局名前は「ヒメオルカ」のままになりましたとさ。

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