Episode.06 自分の名前、意外と覚えられないですよね。
熊の人が私の目の前で土下座しています。
いや、別に私がやれ、と言ったわけではなくてですね。
自発的にやっています。
個人的には、申し訳ないというか、見知らぬ人に土下座させてると考えると心労が嵩むので止めて欲しいのですが。
はあ。
しかし、今さらながらラズウルスさんが言っていた「私は素質がない」という意味を実感させられるとは思いませんでした。
正直な所、私の素質のなさというのは肉体を持たないことに起因しているのだと思っていました。現実のロボットも生物と同じ動作をさせようとすると物凄く手間がかかって大変です。人間が「動く」ということは極めて高度で洗練されたシステムによるものでありそれを持たない私では動くことで普通の人間に勝ることはほぼ不可能である、そう考えていました。
しかし、そういうことではなく。
私は人間ではなく、現実の肉体を持たないAIです。
だからこそ
それはつまり、思考と動作が同一線上に存在すると言えます。
これが何を意味するかと言えば、何か物を考えながら体を動かすということが非常に難しい、ということになります。
ざっくばらんに言ってしまうと。
「考える」ことが優先されると「体を動かすこと」が止まってしまうわけです。
先ほどのやり取り。
私はエーテルブレードで斬りつけましたが妙な手応えではじかれて効果がありませんでした。
私はその知らない奇妙な事象に対して原因が何かを考察し始めてしまいました。
その結果、動きが止まってしまい熊の人に投げ飛ばされそうになりました。
本当の実戦なら私は投げ飛ばされて地面に叩きつけられて結構なダメージを受けていたでしょう。
本来、戦闘中にあってはならないことです。
もちろん、敵の正体や能力に秘密があって、それを解き明かさないと敵を倒せないような状況もあるでしょう。けれどその時でも思考を巡らせながら体は動かし続けなければいけません。
普通なら当たり前のことなのですが、私にはそれが難しい。
剣の素振りでいちいち動作を確認しながら剣を振ったように。
体を動かすことにいちいち自分の体をどう動かすかを考えて指示を出さなければ動けない。
私が人間ではなく、人間のやるようには体を動かすことができませんから。
「……あの」
「……え、あ、はい」
考え事に浸っていると、熊の人から声をかけられました。
「本当にすみませんでした。あなたがここのフィールドを所有しているプレイヤーですよね? 勝手に入るつもりはなかったんですけど」
「あー……はい。それは構いませんです」
「それで、すみません。何かずっと『許可なく他のプレイヤーの所有フィールドに侵入しています』て警告メッセージが出てまして……よかったら許可をもらえないでしょうか。あ、別に変なことはしませんし、指示には従いますから」
「はぁ、そうでしたか。すみません、すぐに許可を……許可?」
「はい。許可」
「……」
「……」
「……許可、てどうやるんでしょうか……?」
「……さあ……?」
「……」
「……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
プレイヤーが所有するフィールドについて。
プレイヤーが所有するフィールドは他のプレイヤーの侵入に対してシステム的な設定を行うことが可能です。
デフォルトでは「全てのプレイヤーが侵入可能」「侵入したプレイヤーに警告メッセージを送る」となっています。
それ以外にも「プレイヤーは侵入できない」「フレンドのみ侵入可能」「フレンド・所属組織メンバーのみ侵入可能」を選択することができます。
ただし、所有するフィールドの規模で選択できる設定は限定されます。
庭付き一軒家くらいなら全ての設定を選択できますが、村規模とかになると「全てのプレイヤーが侵入可能」しか選択できなくなります。
これらの設定も含めて所有フィールドに対する設定はプレイヤーズブックの専用ページで行うことが可能です。
ページを開いて所有するフィールド名を選択することで設定ウィンドウが開きますので、そこで変更を行います。
……と、いうことをですね。
最終的にはGMに問い合わせて教えてもらいました。
マニュアルがないからわからないんですよ!?
プレイヤーズブックに一応、所有するフィールドに関するページがある所まではわかったんですけどね。
ほんと「Dawn of a New Era」は不親切です……ゲーム世界内で調べないとわからないようにしてあるせいか、システム部分まで公式HPで説明されてないものが多いですし。
まあ、だいたいは「プレイヤーズブック」を開けばできる、という意味ではUI自体は優秀だと思うんですけどね。
「いや、本当にお手間をかけました」
「いえ、お気になさらず……全部、『Dawn of a New Era』が不親切なのが悪い」
何とか「廃都トルアドール」の設定から「侵入したプレイヤーに警告メッセージを送る」をオフにすることができました。
「ところで……」
熊の人は自分のプレイヤーズブックを取り出して、ページをめくっています。
「ドーネル・ブリッツヴォルト、と言います」
「……はい?」
「あ、いや、僕の名前なんですけど」
別に怒ってるわけではないですし、急によくわからない単語を言われたので聞き返しただけなのですが、何かすごいびくびくされてますね。
最初、遭遇した時に物凄い気迫からするとまったくの別人で、落差で風邪を引きそうになるのですが。
「ああ。私は……」
とは言え、名乗られたのでしたら名乗り返さないのは失礼ですね。
ええっと。
「……」
「……」
プレイヤーズブックを取り出して、ステータスのページを開きます。
「……ハク、です」
「ハクさんですね。よろしくお願いします」
い、いや、ちょっとど忘れしてただけですよ。
というか自分のキャラクター名って今までほとんど使わなかったんですよ。
ラズウルスさんは私のこと「姫さん」としか呼ばなかったですし。
そもそも熊の人……ドーネルさんもプレイヤーズブック見てたじゃないですか。
「いやあ、自分の名前、意外と覚えられないですよね。僕もオートでつけたらこんなごつい名前でいまだにちゃんと覚えられず……」
「……そうですね。私もプレイヤーの方と会うのは初めてで、NPCと一緒にいたんですけど、その人はあだ名でしか呼ばないから自分の名前を使う機会がなく……」
「ああ、僕もずっと人に会わない状態が続いてたから自分の名前を使う機会がなかったのはありますね」
力なく笑いながら頭をかいているドーネルさん。
こうして見ると温厚で悪い人ではなさそうです。
「ところで、どうやってここまで来たんですか? ここって空飛ぶ島なんですけど」
「ええっ、空飛ぶ島!?」
凄く驚いていたので、創神ジーンロイと廃都トルアドールについてと私がここの地下からゲームスタートしたことについて教えました。
「なるほど……空飛ぶ島ですかぁ……そう来たかー……」
「あれ、何か思っていたような反応ではないですね。何か心当たりでもありましたか?」
「そうですね。それはここに来るまでに高さ100階の塔を登ったので」
「100階の塔!?」
今度は私が驚かされる番でした。
あ、でも、確かに100階の高さの塔を登った結果として空飛ぶ島にたどり着いたのなら、高度的には正しい流れなのかもしれません。
「はい。ああ、最初の質問はどうやってここまで来た、でしたっけ。とりあえず上手く説明できるかはわかりませんけど……」
と、ドーネルさんがここに至るまでのことを話し始めてくれました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ドーネル・ブリッツヴォルト。
種族、ワーベア。
大陸北部のごく普通のワーベアの部族の出身で、戦士の家系の生まれ。
ワーベア部族に代々伝わる専用の流派格闘術を習得させられ、格闘士としてゲームスタート。特にその生まれた環境を疑問に思わず、プレイ時間のほとんどを流派格闘術の修練にあてた。
プレイヤーキャラクターのだからかはわからないが。
ワーベア内で流派格闘術の格闘士としての大会に優勝。武功もあげたことで流派格闘術の最高位の称号を得た。
そして最高位の称号を得たことで。
新年の祭祀で彼はワーベアの部族が奉じる「神」と戦うことになった。
その神とは。
五祖神が一、第四の神「闘神」カリッジ。
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