仮想世界の人形姫

xissmint

メインストーリー:仮想世界の人形姫

01.VRMMO「Dawn of a New Era」

プロローグ 私の知らないあの人のことを、知りたい。

 そもそもの始まりは何だったか、と思い返してみると。

 それは私の所に来た1通のメッセージでした。


『ましろちゃんへ

 普段使わない倉庫を片付けてたら、ましろちゃん宛の荷物が出てきたのよ~。

 たぶん、忠雅ただまさが置いていたんだと思うんだけど、どうしようかしら? 

 ましろちゃんの所に届ける?』


 のんびりほんわかした文章ですが、送り主は陣内沙織じんない さおりと言って某有名企業の元社長夫人、そういう階級の方々の間ではそれなりに知られた淑女レディです。もっとも、それは表向きの顔で身内には割とお茶目な人ですが。

 私にとっては血のつながっていない義理の祖母、という関係になります。色々といわくつきな私ですけれど、「子供も孫も男の子ばっかりで、女の子の孫は初めてなのよ~」と何かにつけてかわいがってもらえています。本当にありがたいことだと思っています。


 メッセージを受け取ってすぐに私はオンラインで回線をつなぐと、「陣内沙織」の名前を選び呼び出しコールを行いました。


 しばらく画面上でアイコンがぐるぐる回っていましたが、画面が切り替わり頬に手を当てて困ったように微笑む品のいい老婦人の姿が映し出されました。


『こんにちはです、お祖母さま。何か私宛の荷物があると聞きましたけど』

「あら~。ましろちゃん、そうなのよ~。普段使わない倉庫の奥に、隠してあったのよ。たぶん忠雅がましろちゃんにサプライズでプレゼントするために見つからないように隠していたんでしょうね。ほんとに、あの子は……」

『そういうことが、好きな人でしたから』


 陣内忠雅じんない ただまさ


 彼女の3番目の息子であり、私の養父にあたる人です。


 私にとって唯一の家族であり、それ以上の存在であった人です。

 恋愛感情とは違うと思うのですが……いつも一緒にいてそれが当たり前だった、あえて説明するならそんな風に感じていた人です。


 今は、もういません。


 1年前、不慮の交通事故で帰らぬ人となったからです。


 あまりに突然の死、別れだったからでしょうか。今でもあの人の名前を聞くと、ちくちくと針を刺されたような、何とも言えない気持ちが湧いてきます。いい加減、いつまでも引きずっていないで……と、思ったりはするのですが、その辺はどうもままならないもののようです。


「ただね~。中身がどう考えてもましろちゃんあての荷物じゃないのよね~」


 私が感傷(?)に浸っていると、何やら話の様子が変わってきました。


「だから、実は忠雅から何か聞いていたりしないかしら~、と思って」

『……思い返しても特に心当たりは出てきませんが。それで、中身は何だったのでしょうか?』

「それがね~。VRフルダイブ用のアクセスチェアなのよ~。しかも『Dawn of a New Era』専用の」


 「Dawn of a New Era」


 確か、最近話題になっているVRMMOゲームのタイトルです。


 徹底的にリアリティにこだわり、既存のゲームと一線を画するグラフィック、まるで自分の本当の身体のようにずれなく動かせるゲーム内アバターの操作性、匂いや風までもはっきりと感じられる感覚の精密性、高性能AIを搭載しまるで本物の人間のような反応をかえすゲーム内キャラクターたち……と、今までのVRゲームとは「レベルが違う」と評価されていたように思います。

 その代わりに専用の椅子型のVRフルダイブ機材一式が必要ですし(しかも結構高いです)、安くはない初期ソフト代と毎月の月額費用も必要なので、結構お金のかかるゲームでもあったはずです。


 私宛の荷物というのはどうやらこの「Dawn of a New Era」を遊ぶための専用の椅子型のVRフルダイブ機材のことのようです。


『……それは確かに私宛のものとは思い難いですね』

「でしょ~?」


 私はゲームはやりません。


 VRゲームはもちろん、非VRのゲームも何度か触ったことはありますが、特に楽しかったり面白かったりもしませんでした。ゲーム自体は個人の趣味、あるいはスポーツとして社会的地位を得ていますが、少なくとも私は興味がありません。

 当然、あの人もそのことは知っていましたから、私にゲームを遊ぶことにしか使えないVRフルダイブ機材一式(この場合は言ってしまうとVRゲーミングチェアと呼ぶべきような品でしょうか?)をプレゼントするとは考えにくいのは当然のことです。


「私もそう思ってね。チェアに登録されているアカウント番号を運営に問い合わせたのよ~。そうすると、確かに『陣内じんないましろ』名義でアカウント登録されているそうなのよ~」

『えっ。私名義で、ですか……?』

「ええ~。問題なく『Dawn of a New Era』をプレイできる状態、だそうよ~」


 驚きで思わず変な声が出ましたが、「陣内じんないましろ」とは私の名前になります。つまりこのVRゲーミングチェアは正式に何の問題もなく私のものである、と証明されているようです。

 しかし、自分で買った覚えも、もらった覚えもないものがいきなり出てきた挙句に自分の名義として正規に自分のものになっている、しかもかなり高価な品物が……と考えると、変とかを通り越して不気味に感じられますが。


「それで、どうしようかしら、と思って連絡したのよね~。ましろちゃん、どうするかしら? どうせ使わないでしょう? 処分する?」


 少し考えて、私は返答しました。


『そうですね……お手数をおかけしますが、そのアクセスチェア、私の所に送ってもらえないでしょうか?』

「あら、ましろちゃんも『Dawn of a New Era』やるのかしら?」


 私の返答にすごく意外そうな顔をする沙織お祖母さま。

 確かに、普通ならこんな胡散臭いものは処分するのが良いのでしょう。

 しかも、私自身はゲームをプレイすることに意義を見出せない性分ですし。


 けれど。


『状況を考えると、やはり忠雅さんが私宛に残したものだと思います。と、なると、私にこのゲームをやらせようとしていた、ということになるかと思います』

「ん~、そうね~」

『なら、そこには何かしらの意味があるのではないでしょうか。忠雅さんが何を考えて、何を目的として私にこのゲームをやらせようとしていたのか。知らなくてはいけない、と思います』


 ……本人に確認できれば、本当によかったのですけれどね。


 でも、あの人はもういません。


 なら、遺されたものを調べ、それに沿って動き、実際にやってみることでしか、何を目的としていたのか、何を考えていたか、それを知ることはできないでしょう。


 それに何より。


『それに……そうですね。知らなくてはいけない、と考えていますが……それ以上に、何よりも、私は。『知りたい』のです』


 知りたい。


 死ぬ間際に、あの人が何をしようとしていたのか。

 私の知らないところで、何をしようとしていたのか。


 私の知らないあの人のことを、知りたい。


 その望みが願いが、私の中で止まらないのです。


「んふふ~、そうね~」


 気づいたら、画面の向こうで沙織お祖母さまが、すごくいい顔で笑っておられました。何か楽しいことでもあったのでしょうか?


「ましろちゃんがその気なら、任せて~。すぐに送る手配をするわ~」

『はい。よろしくお願いします』


 最後に沙織お祖母さまが手を振って、通話は終了しました。


 さて。まずは「Dawn of a New Era」の情報を集めることから始めましょうか。幸い時間はたくさんあります。できればゲームの攻略に関する情報も集めたいところですね。


 ただ、先ほどのやり取りの中には出てこなかった、気になることが1つあります。沙織お祖母さまが気づいていない、と言うことはないと思うのですが。


 あの人が交通事故で亡くなったのが1年前。


 「Dawn of a New Era」の正式サービスが開始されたのが4カ月前。

 その2カ月前に人数限定でクローズドβテストが行われたそうですが、それでも半年前です。


 あの人はどうやって、私名義のアカウントと一般には販売もしていなかったはずの専用フルダイブアクセスチェアを手に入れたのでしょうか……?

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