11 冬告げの姫


 休憩を終えて、馬車を走らせているのはダニールだった。隣にはマルーシャが座っている。馭者台は狭いから、とミュシカは車内にラリサとイグナートとともに残っていた。これで話ができる。


「ミュシカは、冬告げの姫なんだ」


 ダニールは小声で告白した。あまりにあっさり言われてきょとんとするが、その意味を理解してマルーシャは思わずダニールの顔をのぞきこんだ。


「だってまだ、五歳でしょう?」

「半年前、継いだ時には四歳だったよ」


 ダニールは苦笑いする。まあ異例のことではあった。


「春の姫と似たような事情なんだ。継ぐはずだった妖精が亡くなってしまって。元の冬告げ姫はもう高齢。それで早いけど、仕方なくね」

「……そうなの」

「ミュシカは強い力を持っているし、きちんと導くためには早くから教育した方がいいという思惑もあった。さっきみたいに暴発すると困る」

「あれは、ミュシカの力?」


 自分は何をやらかしたのかと恐れたのだが、原因はミュシカの方だったのか。


「いや。ミュシカとは相性の悪い術だがあんなことにはならないと思う。マルーシャとぶつかったからだろう」

「う……」


 あっさり否定されてマルーシャはへこんだ。その反応にダニールがくすくす笑う。


「マルーシャからも力がほとばしるのを感じたよ。初めてにしては上出来だ」

「えええ……」

「制御できるようになればいいだけだから」

「簡単そうに言わないで」


 むくれるマルーシャを、ダニールは楽しそうに見つめる。その視線に照れて、マルーシャは景色に目をやった。さっき胸に甘えたことを思い出したのだ。


 野原はまだ続いている。森が少し近い。その木々を回り込んでいった先に次の町があるのだそうだ。

 木や草や、風の息吹。そんなものに包まれてマルーシャは、ふう、と息を吸う。気持ちいい。


「――ミュシカは、僕の弟ルスランの子だ」


 ダニールは淡々と続けた。


「新しい冬告げの姫はルスランの家族で、とても力が強いらしい。そうどこからか漏れたんだろうな」

「え、ちょっと待って。誰が四季の姫なのかは内緒なの?」


 驚かれてダニールは肩をすくめた。


「ああ。言ってなかったか」

「もう……大事なこと、ぜんぜん教えてもらってなくない?」

「ごめん。ファロニアでは当たり前のことだから」


 そうなのか。

 それにこの人に普通の会話力を求めてはいけないということもマルーシャは思い出した。妖精についての知識を得るのはなかなか難しいかもしれない。


「四季を告げる姫というのは影響力が大きいんだ。季節をあるべき姿で招く、ということは、あるべからざる季節をもたらすこともできるだろう?」

「あ、そうね」

「冬ではない時に冬を呼べば、農業に打撃を与える。あるいは冬を強めても、いっそ呼ばなくても。四季のすべてがそうだ」

「……なんてこと」

「それでルスランとリージヤは連れ去られたんだと思う。ひと月前だ」


 ミュシカの母リージヤは、勘違いされたのだろう。

 本当の標的は、冬告げの姫ミュシカ。

 まさかそれが幼すぎる娘の方だとは思わずにリージヤが狙われた。その時に妻を守ろうとしてルスランも巻き込まれたのだとダニールは考えている。


「冬告げ姫だと思われているのだからリージヤは絶対に無事だ。でもルスランは……わからない」

「だいじょうぶよ」


 弟の安否を思って言葉を詰まらせるダニールに、マルーシャは言った。根拠はないけれど、言わないわけにはいかない。


「夫に何かあったら言うことをきかせられないもの。丁重にもてなされてるでしょ」

「……だといいな」


 なるべくのんきにマルーシャが言ってみせたのがわかってダニールは笑い返した。


「――ミュシカを守るためにルスランたちは本物のふりをしているんだろう。そのことをミュシカは知らないんだ。内緒にしておいてくれ」

「自分のせいだって思わせたくないのね」


 幼い子にその罪の意識は酷だろう。絶対に秘密にするとマルーシャは約束した。


「ファロニアでミュシカを保護しておいてもいいんだが、どこから情報が出たのかわからないんだ――それに追跡のおまじないが効かなかった」


 迷子のユーリィを連れ戻した、あれだ。それが阻害されたらしい。ということは。


「妖精族の誰かがかんでいる。それが国内の者か、国外の者かもわからなくてね。ならばどこも安全じゃない。じゃあいっそ旅にと思って連れて来た」


 さらりと言われてあきれ返る。


「それは……いいの?」

「僕はそこそこおまじないが使えるし、イグナートはあれでファロニアの騎士だ。ミュシカには特別なを持たせてるから、何かあっても今度は追ってみせる。心配いらないよ」


 淡々と言うぶん決意が感じられた。してやられたことで専門家としての誇りが傷ついたのだろう。にしても。


「はああ……」

「マルーシャ?」


 大きなため息をついたマルーシャを、ダニールは心配そうに見た。それをチラリとして、マルーシャはわざとツンとそっぽを向く。


「……怒ったかい?」

「ちょっと」


 くちびるをとがらせてみせるとダニールがしょんぼりした。大人なのにかわいくて面白い。


「何が気にさわった? いや、いろいろ言い忘れだらけなのはその通りなんだが」

「ほんとよ?」


 むー、としてダニールをにらむ。


「私が訊かなかったのも悪いんだけど。じゃあルスランさんたちを取り戻したら、ミュシカはご両親のところに帰るんじゃないの。このまま私が育てるのかと思ってた。あんなにかわいい娘ができて嬉しかったのに」

「マルーシャ」

「……早く解決するといいな」


 両親と再会できたらミュシカがどんなに喜ぶか。それを思うと今のミュシカが可哀想でならない。

 うつむいたマルーシャに、ダニールは黙って片手を伸ばした。膝の上に置いていた手を取る。


「ありがとう」


 ぎゅ、とされてマルーシャは無言で握り返した。恥ずかしいけど、嬉しい。

 二人ですごす時間がとても心地よかった。ずっとこうしていたいマルーシャだったが、もうすぐそこに次の町、ラーツが見えてきていた。




 * * *




「ねえマルーシャ、あなた荷物が少なすぎない?」


 宿に部屋をとってカバンを運ぼうとした時、その軽さにラリサが眉をひそめた。


「えーと、元々たいして服も持ってないので」


 聞いてラリサは遠慮なくマルーシャのカバンを開ける。基本的なブラウスとオーバースカートが何枚か。古ぼけた外套一枚。それに下着と寝間着が最低限。櫛とリボン。

 男性陣には見えないようにそれらをササッとチェックすると、ラリサはバタンと蓋をした。


「女の子なんだから、もっとおしゃれしましょうよ」

「いえ、でも」

「だーめ。だいたい普段着だけじゃ困るわよ。お祖父さまに会うんだから」

「あ、うう……」


 マルーシャはあっさり言い負かされた。

 そうだった。これは祖父に会いに行くのが主目的の旅なのだが、その祖父とは侯爵サマ。堅苦しい相手ではないと父に言われたが、最低限の礼節は守りたい。


「ダニールったら、ベルドニッツでの買い物で新妻にカバン以外買ってあげなかったの? 何してたのよ」

「小麦粉かぶってたんだよ」


 ラリサの小言をイグナートが混ぜっ返す。その通りなので、ダニールもマルーシャも小さくなるしかなかった。

 力強くうなずいて、ラリサは宣言した。


「これから女同士、買い物に行くわ」


 うええ、とマルーシャの顔がひきつった。実はそこそこ疲れている。

 初めての馬車。初めてのダニールとの旅。そのうえ知らない町でお買い物?

 だけどミュシカは無邪気に「うわーい!」と歓声を上げた。お出かけする気まんまんだった。


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