最終話 無理矢理救世主伝説
床や壁が仄かに明るい塔内部。
きょろきょろと周りを見ていた啓太の目に、壁にかかっている燭台が映る。
燭台を見上げていると、青白い炎が灯った。
炎は列をなすように、導くように奥へ向けて次々と灯る。
そして奥で一際明るい光が生まれた。
しばらく様子を見ていた啓太は、その光に向けて歩き出す。
「ようこそ、勇者啓太様」
歩いた先の部屋に、黒のスーツを着た七三分けの男がいた。
啓太はいぶかし気な顔をする。
「……サラリーマン?」
「いえ、この格好は我らが神の……なんというか……思いつき、でしょうか」
「……はあ」
啓太からのなんだこいつ的な視線に気づいた男は、一つ咳払いをして姿勢を正した。
「失礼。私は、我々は神の補佐をするものです。この度は啓太様を無事に元の世界へ返すため、少々強引な手段を取らざるを得ませんでした。申し訳ない」
「……神の補佐?」
頭を下げる男に啓太は疑問を持った。
「ええ、補佐であると同時に啓太様もご存じの名前で言いますと、我々は魔王軍幹部でした」
「え?」
啓太は戸惑った。
「ついでに言いますと、あなたが見ていた妖精と魔王は同一の存在です」
「はあ?」
啓太は驚いた。
「……どういうことなの」
「えー、まあ、説明をさせていただくわけですが」
男は一つ咳払いすると啓太を見つめた。
「啓太様はこの世界をどうご覧になりましたか」
「どうって……まあ、バカみたいな所だなって」
「その通りです……本当に、本当にその通りなのです」
男は何か絞り出すように声を出した。
「あのバ……あの方が作る世界は常に多大な問題を抱えて崩壊を繰り返していました」
男の表情に苦悩の影がさす。
「そこで我々とあの方で話し合い、安定している世界からアドバイザーを呼ぼうという結論になったのです」
「それで俺? なにゆえ?」
当然の疑問を発した啓太。苦虫を嚙み潰したような表情の男は口を開いた。
「本来は、安定している世界の賢者を呼ぶという事で話はまとまったのですが」
苦虫を噛み潰して味わっているような表情の男はさらに口を開いた。
「あの野……あの方が実際に召喚したのは啓太様、あなただったのです」
「なんで!?」
啓太は悲鳴のような声をあげた。
「分かりません。以前からあのボ……あの方は何を考えているか分からないところがありましたので」
「えっ、ということはアレなの? 俺に世界を修正させようとしてたの?」
「はい」
「無茶苦茶だ!」
「……はい」
唖然とする啓太と、沈痛な顔で微動だにしない男。
「そういえば、勇者は世界コンサルタントとかわけわかんない事言ってたな……あれ本気だったんだ」
啓太は在りし日の思い出を反芻していた。
「というか、世界の修正がなんで勇者と魔王なの?」
啓太の疑問に、黒衣の男はネクタイを直しながら答える。
「向こうの世界で流行しているコンテンツだ、これを取り入れて客人に俺Tueeeしてもらおうと仰っていました」
「全然強くなかったけど!?」
「いや、まあ、それで世界の修正は難しいのではと進言したところ俺Tueeeは無しに」
「……ああ、うん、滅茶苦茶になりそうだし」
「そういう事情でスキルとか無しの異世界ものになりまして」
「はあ」
「我々もいきなり魔王軍幹部に指名された挙句、世界をそれっぽくしろと言われても急にそんなこと出来るわけないだろクs……失礼」
男は何回か深呼吸をした。
「細かい事は置いておきまして、我らが神と啓太様に共に旅をしていただき、世界のおかしい所を指摘してもらおうというコンセプトで今回の企画は始まりました」
「企画とか言っちゃった」
話を聞くほど啓太の目が段々と冷たくなっていく。
「ということは、俺にツッコミさせるのが目的だったって事……?」
「異世界コントにお付き合いさせたことはお詫び申し上げたく存じます」
男は流れるような綺麗な仕草で頭を下げた。
その様子を見ていた啓太は、手を額にあてて空中を見あげた。
「はあ……そんなんで世界が良くなるわけないのに」
「いえ、それが」
男は顔を上げて、どこか困惑しているような表情を見せる。
「世界は良くなったのです。不可解ですが」
「不可解とか言っちゃった」
「今回我々魔王軍と対立していたという設定の王国がありまして」
「設定とか言っちゃった」
「これまでならば意味不明な滅び方をしていたのですが、今回は理屈で説明できる滅び方をしまして」
「はあ」
「それはつまり、この世界に“秩序”が誕生したということなのです」
「はあ」
「これはおそらく、我らが神が啓太様と触れ合うことにより、なんというかこう、いい感じになったのではないかと」
「雑」
男がろくろを回すような手つきにあわせて話した大雑把な結論に、啓太はシンプルに辛辣なコメントをした。
「さて」
一つ咳払いをした男は姿勢を正して啓太を見る。
「切っ掛けと経過はともかく、あなたのおかげで世界は変わりました」
男は深々と一礼をする。
「神を除く全ての存在を代表して、ここに心よりの感謝を」
「え、いや、あの……はあ」
眼前で頭を下げている男。そういうのに慣れてない啓太はあたふたと空踊りした後姿勢を正して男に相対した。
世界を変えたという言葉に、これまでの旅の記憶が、啓太の脳内から呼び起こされる。
拉致、遭難、野宿、氾濫、草、菌類、狂人、書類、料理……。
「実感がわかない……!」
「ははは、無理もないかと」
男は初めて笑った。
「まあ、そのような訳で、啓太様はこの世界の恩人なのです」
「あ、うん、そうなんだ……」
啓太は今一つピンとこなかった。
「その恩人を世界の解体に巻き込んでは我々としても立つ瀬がないといいますか」
「……その解体に巻き込まれてたらどうなってたの」
男の顔から笑みが消えた。
「解体の後再構成されて、我々と同じ世界の住人になるところでした」
「うわあ」
啓太の背筋に冷たいものが走った。
男はあごに手をあてて何かを思案している。
「それに関して分からないのが、あのバカが新世界の創造を今だと定めた理由です」
「オブラートが」
「啓太様から見た我らが神、妖精はどんな様子でしたか」
「うーん」
啓太は分かれる前の妖精の様子を思い出す。
「……そういえば、成長がどうとか言ってたような」
「成長……なるほど」
啓太の言葉に、男はまず眉間を指でつまんだ。
「なるほど」
その後に額に手をあてて遥かな空を見上げ。
「なるほど……!」
突然しゃがんでから頭をがりがりとかきだした。
「なるほどォ!」
「うわびっくりした」
男の奇声に啓太はびっくりした。
「あのクソ野郎、自分が成長したと思い込みやがったな!」
「オブラート、オブラート」
激昂していた男は深呼吸を何回か繰り返した後、髪を整えて背筋を伸ばし何事もなかったかのように啓太に向き直った。
「失礼。我らが神は今度こそ上手くいくと張り切って、いきなり世界創造に及んだようですね」
「報連相なしだったんだ……よく考えたら一度も無かったなそういうの」
啓太は過去の言動から納得した。
「さて、そろそろここも解体される頃合いでしょう。名残惜しいですが勇者啓太様には元の世界へとお帰りいただきます」
「勇者、かあ」
「実感がないのは理解いたしますが、我々からすれば世界を無秩序から救った、まさに救世主でございました」
啓太は照れくさそうに頭をかいた。
「いやあ、勇者ならすごい力でバーンと大活躍とかしたかったなあ、なんて」
「ふふ、いわゆるチートスキルですね。しかし啓太様には結構なチートがありましたよ」
「え、どんな」
男は柔らかく笑った。
「神を除く全ての存在があなたの味方だったのです。これは中々のものだとは思いませんか」
「ええ……うーん」
啓太はどこか釈然としない表情をしている。
「啓太様、この世界に来てから病気にかかったことは?」
「……いや、ないかな」
「そうでしょう。生水を飲んでもなんともなかったはずです。ですが、元の世界では危険なのでお気を付けを」
「ああ、そういう……」
呟く啓太のそばに、青白く光る長方形の空間が現れた。
「それでは啓太様、その扉に入れば元の世界……具体的にはここに拉致される前に寝ていたベッドへと戻ります」
「あ、はい」
啓太は光る空間に向き直り、一歩足を踏み出して。
「……」
一度、振り返った。
男は真っ直ぐに立ち、ゆっくりと頭を下げる。
「それではさらばです。どうかお元気で」
啓太は少し困ったような表情で。
「ええと、それじゃあ皆さんもお元気で」
そう言って光の中に飛び込んだ。
――――
「んあっ!」
ベッドの上で目覚めた啓太は、奇妙な声を出して跳ね起きた。
「ここは……?」
きょろきょろと周りを見渡した啓太は、そこが自分の部屋であることに気づく。
久しぶりにみた自分の部屋は静かで、窓から入る月の光が薄く照らしていた。
「帰って来たんだ……」
啓太は枕元にあるスマホを手に取る。
見覚えのある画面には、見覚えのある日付と、午前一時という時刻。
「そういえば明日は学校か……」
そのままごろりと横になって目を閉じた。
――――
朝、啓太は学校への道を歩いている。
久しぶりに、いつものように、朝の習慣をこなして家を出た。
ありふれた日常を何事もなく歩いていく。
ふと、異世界に行く時に見ていた夢を思い出す。
(山本さんと会うのも久しぶりな気がする)
その先の角を曲がれば学校が見える。
啓太は少しだけ足早に角を曲がった。
視界に入るのはどこまでも広がる草原。緑色の表面は風に揺られて波のよう。
はるか遠くに隕石が落ちるのが見えた。
ちょっと遠くでは草色のドラゴンが炎を吐いている。
目をそらした先には黒いドラゴンが地べたで横になっている。
振り返ると、いつもの道はどこかへ去り、全然知らない光景が広がっていた。
少し先に黒のスーツを着た七三分けの男がいて頭を下げている。
その横に女性と少年のような男性もいて頭を下げている。
もう一人は縛られて地面に転がっている。
呆然と立ち尽くす啓太の前に、天空から光が差してきた。
『勇者よ……なんか世界が上手くいかないので、なんとかするのです』
光は妖精の姿となり、啓太の近くに寄って来た。
啓太はこわばった顔をして妖精を見る。
「帰りたいんだけど」
『世界を救わないと帰さない』
無理矢理救世主伝説 おわり
無理矢理救世主伝説 〇 @marucyst
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