第十六話 真の勇者(後編)
冒険、その言葉にひかれてろくでもない稼業に道を見出した者達がいる。
そんな人々が集う場所があった。そこには夢と希望の残滓が今もくすぶる。
ここは冒険者ギルド。料理勝負仲介斡旋所。
「そんな冒険者ギルドはない」
啓太はまず否定から入ってきた。
「いやあ、それが“冒険”ならやるよ。お金が入るならなおいいね」
受付の男が温厚そうな笑みを浮かべている。
『さあ勇者よ、がんばって料理するのです』
妖精は鼻息荒く意気軒昂にして他人事感全開。
「そういえば、さっきの人はどういう人なんですか?」
啓太は妖精をスルーする技術を身につけていた。
人は常に変化する。
望む方向に変化することを成長という。ならば、望まぬ方向への変化は――。
「ああ、彼は町長の息子さ」
「ああ……」
啓太はなんとなく察した。
「先代町長がまだ力を持ってて、孫を溺愛。現町長は婿養子っていったら大体わかるかな」
「なるほど……」
『今の町長はマ○オさんを苦労人にした感じでしょうか』
妖精は唐突にぶっこんできた。
「じゃあ、さっき言っていたおじいちゃんと言うのが」
「今も元気一杯、孫のためなら出費を惜しまない先代町長だね」
二人は妖精の言葉を受け流す。それが世界を守ると信じて。
『つまり甘めの波○と言うことですね』
「ちょっと黙っててくれる?」
啓太は妖精を抑えようとする。それが世界を守ると信じて。
「なんかやっかいな事に巻き込まれたなあ」
「まあ、冒険者をするなら厄介事なんていつもの事だよ」
『さっきのをカ○オとすると、勇者は中○ポジションになりますね』
受付の男は片目をつぶってつぶやき、妖精の一言一言は世界を崩壊へと導いていた。
「まあ過ぎた事はしょうがないや。この溝掃除やりたいんだけど」
「おっ、最初の仕事が決まったようだね」
『こちらのベヒモス討伐なんてどうです』
「名前だけで却下」
「そいつは百人単位の人数が必要だね」
受付で三人がわいわいやっていると、ギルドの建物に何者かがやってきた。
ドアの開く音に三人が振り向くと、そこには一人の老紳士が立っている。
一本の揺ぎ無い棒が背筋をまっすぐに貫いているような、人の身でありながら直線で構成されているような硬質な姿勢。白くなった髪を総髪にし、深い眼窩からは鋭い眼が前方の世界をとらえている。
「失礼、よろしいかな」
「ああ、セバスチャンさん、かまいませんよ」
受付の男の返事を聞いた老紳士はまっすぐ前を見たまま迷い無く直進、足元の段差にひっかかって棒切れのようにまっすぐ倒れた。
「えええ……」
『足元を見ないタイプですね』
啓太と妖精が見つめる中、機械を思わせる直線的な動きで老紳士は立ち上がった。
「失礼、こちらに偽勇者の方がいるとうかがっておりますが」
老紳士は鼻から赤い氾濫を垂れ流しながら、表情一つ変えることなくあくまで紳士的に訊ねてきた。
『偽とは失礼な! ここにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くも先の副将』
「あ、多分俺です」
啓太の声に、老紳士は赤く染まる口と顎を動かした。時々赤い風船が口から飛び立つ。
「偽勇者様、我が主よりの手紙でございます」
『偽勇者ですって! キィー!』
昔の漫画のお嬢様みたいな妖精を無視して老紳士は懐から手紙を取り出した。
紙とは思えない光沢を持つ白い手紙を、所々赤く染まる手袋で差し出す。
「どうも……」
あちこちに赤い染みのある手紙を受け取りながら啓太は曖昧に返事をした。
「料理勝負、明日となっております。町中心部の闘技場までおいでくださいますよう」
「明日! 早い」
驚いた啓太は受け取った手紙から顔を上げて前方の空間を見た。
老紳士は音も無く床にうつ伏せで横たわり、顔の辺りから赤い水溜りがじわじわと広がっている。
「えええ……」
「ああ大丈夫、いつものセバスチャンさんだから」
「えええ……」
『勇者よ、コテンパンにしてやるのです!』
「古ッ」
啓太はとりあえず手紙を開き、中の触れれば切れそうな位鋭い紙を開く。
そこに記してあったのは勝負の場所と時間、そして大胆な挑戦状。
“僕の料理でコテンパンにしてやる!”
「古ッ、えっ、流行ってるの?」
「明日かい、応援にいくから頑張ってね」
「あ、はあ……」
受付の男の笑みに、啓太は曖昧な返事をした。
「今ここに二人の戦士がそろったッ! セミテ主催アツアツ料理勝負一本勝負ッッ!!」
「おおおォー!!」
赤黄青の派手な衣装に身を包んだ男が叫び声をあげると、人々の熱狂が圧力のように周囲に響く。
啓太の世界で言う野球場を少し小さくしたような建造物。観客席は暇な人々で埋め尽くされて隙間も無い。
そこの中央の広場に、三人の男がいた。
奇抜な衣装に身を包んで大声を出す男、腕を組み自信に満ちた顔で斜め上45度を見上げるジョージ、そしてげっそりとした表情の啓太。
「何これ帰りたい」
『隠し味にカーテンの切れ端持って来ました』
「適当なアレンジする人は実家に帰ってて」
「ふははは、逃げずによく来たな! その勇気はほめてやろう!」
ジョージは全てを見下すようにふんぞり返っている。
『おのれ、偽りの勇者め……私も協力しますよ! 肉を燃料にして肉を焼きましょう!』
「普通に焼こうね」
「それでは選手の二人はテーブルへ!」
奇妙な衣装に身を包んだ男の号令で、二人はテーブルへと向かう。
食材が所狭しと並び、横には炭火がおこり、その上に網がおいてある。
啓太はテーブルの前に立ち、食材をチェックする。
「ナイフもある……あれ、野菜ばっかりで肉が無いな。野菜料理対決?」
「それでは食材の入場ですッッッッ!!!」
バカみたいな服を着た男の叫びと共に、広場に大きな何かが入ってきた。
牛を大きく、筋肉質にしたような青銅色の体、頭には大きな角が二本と一つの瞳。
重量感を感じさせる足取りで、悠然と広場へ足を踏み入れる。
「本日の肉料理のテーマッッ!! 特級モンスターのストーンカですッッッ!!!」
「うおおおおおお!!!」
観客達のボルテージはヒートアップ。
啓太は顔面ブルーフェイス。
「え、どういうこと? 馬鹿なの?」
『さあ勇者よ、打ち倒して食材にするのです!』
「無理だし! 生の食材というかモンスターだし! 馬鹿なの? いや馬鹿だろ!」
「ふははっははっは!! 真の勇者の剣技、見せてやろう!」
ジョージは颯爽とナイフを持ってストーンカに駆け寄った。
「喰らえ! 暗黒邪神逆流星流れ十字ぎぐわあああああ!!」
ジョージは突進するストーンカにはねられた。
くるくると宙を舞い、熟した実のように地面に落下。ピクリとも動かない。
「何なのあいつ」
『さあ、今こそ知恵と勇気でどうにかするのです』
「適当な丸投げしてる場合じゃないからね!」
ストーンカは荒い鼻息と共に、今度はすっごい派手でめっちゃ目立つ司会の男めがけて突進した。
「おっとお!! 食材がこちらに向かってきたあーッッ!! だがッ! 嫁姑の争いを回避してきた私のステップをもってすればぐはあああああッッ!!」
司会の男も放物線を描いて空を駆け抜ける。それはまるで人生という舞台に撃ち出された祝砲のように見えた。
鼻息荒く興奮状態のストーンカは、次に啓太の方に顔を向けた。
「うわあ」
『さあ勇者よ、知恵と勇気をふりしぼるのです』
「その他人事感、すっごいむかつくなあ」
啓太は周囲に視線を向ける。逃げる場所、戦う場所、逃げる方法、戦う方法。
ストーンカは頭を振りながら地面を何度も蹴りつける。
「ちょっとこれは逃げられないか……とりあえず!」
啓太は炭火のそばにあったトングのようなものを手に取り、赤くくすぶる炭を掴んだ。
「ぶごおおおお!」
ストーンカが咆哮をあげ、啓太に向かって走り出す。
啓太は掴んだ炭をストーンカに向かって投げつけた。
「ぶごっ!?」
ストーンカの顔に命中した炭は地面に転がる。
地面で赤くゆらめく炭をじっと見つめるストーンカ。
啓太は次の炭を掴み、視線を相手に固定する。
ストーンカは炭に顔を近づけると、そのままぱくりと喰らいついた。
「くっそ、ひょっとして炭を食べる奴だったのか……別の方法でなんとか」
啓太が次の手を考えていると、もっしゃもっしゃと炭を食べていたストーンカが突然叫び声をあげた。
「ぶごっ!? ぶごおおおおおお!!!」
そのまま地響きを立てながら横倒しになるストーンカ。
「……?」
『口内と咽頭に重度の熱傷を受けて死亡しました。さすがです勇者』
「……この世界はモンスターまで馬鹿なの?」
啓太は世界規模で侮辱した。
『さあ、肉を切り出すのです』
「解体したことないし無理」
「ふふふ……やるじゃない」
啓太が声の方を見ると、ジョージがよろよろと立ち上がろうとしている。
「それでこそ、僕のライバルだ……」
あちこちから出血しながら不敵に笑うジョージ。
「ぐふっ、まだ死ねない、死ねないのだッ!」
叫び声に振り向けば、司会の男がぼろぼろになった服をまとい、大地を踏みしめて歩いてくる。
「それではッッ!! 食材も準備完了ッッッ!! ごふッッッ!!! 勝負ッ! はじめえッッ!!!」
「おおおおおー!!!!」
司会の男のテンションあげあげに観衆の温度も急上昇。
「ふっ、料理では負けないよ!」
ジョージは身体を引きずるようにテーブルへと向かう。
啓太はふと思ったことを口にした。
「そういえば、勝敗ってどう決めるの」
「……えっ?」
世界は静寂に包まれた。
ジョージは信じられない物を見る目で啓太を見つめる。
司会の男は予想外の方向からの衝撃に口を開けたまま固まっていた。
「……えっ? ちょっと待って、決めてないの?」
司会の男はしばらく呆然と立ち尽くした後、現実世界へと帰還してきた。
「……えーとッッッ!! 町長ッッ! どうしますかッッッッ!!!」
司会の声の先には、周囲と比べて豪奢な席があった。
その席の横に立っている、どこかマ○オさん似の男性が隣の威厳のある老人に話しかける。
「あの、お義父さん、どうしますか」
老人は白く伸びた眉毛の下で、鋭い眼をきらりと光らせた。
「早くできた方を勝ちとする」
「早い者勝ちだァーッッッ!!!」
「うおおおおおおー!!!」
「負けないよ僕のライバル!!」
「なんなの!!!」
いやおうなく始まる早食いならぬ早作り競争。
二人の選手は野菜を切り野菜を切り野菜を切り。
『肉を焼きましょう』
「だから解体無理」
「あははっは! 肉は僕がいただく!」
ジョージは倒れたストーンカに足を引きずりながら近づき、何とか動く片腕でナイフを突き立てた。
鈍い音と共にナイフの刃先が欠け、ジョージの額に突き刺さる。
土ぼこりをあげながら地面を転がるジョージ。
「ストーンカは特級モンスターッッッ!! 並みの武器では傷一つつかないッッッ!!!」
「じゃあ料理できねーじゃねーかッ!」
さすがの啓太も強めに突っ込まざるを得なかった。
「ふふふ、さすが僕のライバル、やるじゃない」
「やってないし!」
勝負は泥沼の様相を呈してきた。
啓太は野菜を切りながら、自分が料理をしたことない事を思い出し、ジョージは鍋でなにか刺激臭のするものを煮込んでいる。
「だあああ、もうわかんなくなってきた!」
啓太はバラバラになった野菜の死体を適当に皿に乗せた。
「もうこれでいいや、野菜サラダ完成!」
「おっとォーッッッ! 先に完成したのはケイタ選手だッッッ!!! 町長ッッッッ!!!!」
「あの、お義父さん、できたそうです」
老人は白く伸びた眉毛の下で、鋭い眼をきらりと光らせた。
「審判がいないので没収試合とする」
「なんなんだよ!!!」
啓太は両手で地面をたたいた。
「ふははは、残念だったね! 僕のスープは完成したよ!」
ジョージは誇らしげに大き目の寸銅鍋の前で笑う。
「いや、没収試合になったし」
「ふっ、僕のこのスープを飲めばどちらが勝ちかは明らかさッ!!」
ジョージは鍋からお玉ですくい取ったスープを小皿にいれ、一息に飲み干した。
啓太が見守る中、ジョージの手からは小皿が滑り落ち、目からは光が失われ、口からは泡を吐き、ゆっくりと横向きに倒れて地面に横たわる。
「何を作った!」
啓太の叫び声が会場を震わせる。
そこへ会場の外から誰かが息せき切って走ってきた。
「大変です町長! 魔物の群れがすぐそこまで来ています!」
「えっ、困るなあ」
マ○オさん似の町長が狼狽している。
啓太は妖精に話しかけた。
「どうしたのかな」
『大規模討伐で、今この町には戦力があまりいないのです』
「そういえばそうだったね。どうするのかな」
啓太の見ている先で、町長は隣の威厳のある老人に話しかけた。
「あの、お義父さん、どうしましょう」
老人は白く伸びた眉毛の下で、鋭い眼をきらりと光らせた。
「ストーンカを倒した戦士を向かわせる」
「えっ?」
「うおおおおおー!!!」
「特級モンスター討伐した戦士ッッッ!! 今ここに立ち上がるッッッ!!」
「えっ?」
『さあ勇者よ、今こそその力を見せる時です!』
「えええ……」
周囲は大盛り上がり、啓太は進退きわまった。
「いや、俺一人じゃ無理だし」
老人は白く伸びた眉毛の下で、鋭い眼をきらりと光らせた。
「勇気あるものよ、かの物に従い、魔物を撃退せよ」
「うおおおおおおー!!」
周囲は大盛り上がり、啓太は進退きわまった(5秒ぶり2度目)。
「ああああもう! 武器も扱ったことないのに! 町長の息子が行けばいいの……に」
啓太はジョージが倒れた場所を見つめた。
刺激臭のある液体が、ぼこぼこと地獄の釜のように蠢いている。
「だああああもうやけだ! そこの勇者汁をみんなでモンスターにかけまくろう!」
「おおおおおおおおお!!」
こうして勇者啓太の発案による勇者汁ぶっかけ大作戦が発動。
白い割烹着の戦士たちがお玉を持って勇者汁を魔物にかけるという地獄のような絵面が展開。
魔物を撃退することに成功した。
一方、勇者汁を煮込んだジョージは、一週間寝込んだ。
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