第二話 魔王軍四天王登場!

 啓太は神に選ばれた勇者だ。

 今、彼は滅びつつある世界におりたつ。

 その世界を……救うために。



「ここどこ!」


 木々の茂るうっそうとした森の中、啓太は途方にくれていた。

 とりあえず歩き回ってみるも、どこに行っても同じような風景。


「え、いきなり遭難?」


 啓太の心に不安の雲がわきたつ。しかしそこへ救いの声が!


『勇者よ……安心するのです』

「この声は!」


 啓太が空を見上げると、雲の隙間から光の筋が地上に向かって伸び、ものすごく遠くの山の頂上を照らした。


『さあ、この光に触れるのです』

「遠すぎる!」


 叫ぶ啓太の視線の先では、光の筋の中で何かが空に向かって上っていく。

 光の中の何かは、じたばたともがいているように見えた。


『んん、あれ? あっ、間違えた』


 光の筋はかき消すように消え、空に取り残された何かは地面に向かって落下していった。


「なんか落ちた!」

『勇者よ、この光に触れるのです』


 啓太の前に空から光の筋が荘厳な雰囲気をまといながら降りてきた。


「嫌」

『痛くしないから』

「絶対嫌」

『……やむをえませんね』


 啓太の前にある光が輝きを増し、風が強くなると同時にきらきらと光の粉が舞い、だんだんと輪郭をあらわにしていった。

 一際強い輝きが周囲を白く染める。あまりのまぶしさに腕で顔をガードした啓太。

 周囲が静かになったのでおそるおそる目を開くと、そこには全身が淡く光る小さな妖精がいた。


『あなたがわがままいうので実体化しました』


 啓太の周りをふわふわと飛び回る妖精。その軌跡には光の破片がキラキラと輝く。


『さっそくですが、この近くに魔王軍四天王の一人、遥かなる天のミザがいます。倒しましょう』

「は?」


 何言ってんだこいつ、という啓太の視線を受け流して妖精は言葉を続ける。


『さあ勇者よ、その力を示すのです』

「ちょっと質問」

『……なんですか』


 いい感じの流れを止められて不機嫌そうな妖精。


「魔王軍四天王ってなに」

『この世界を滅ぼそうとしている魔王軍の幹部です』

「魔王って?」

『この世の悪しきものが集まり形を成した存在です』


 啓太は腕を組んで考え込んだ。


「ファンタジー?」

『Yes、fantasy』


 妖精の発音はとてもnativeだった。


「帰りたいんだけど」

『魔王を倒して世界を平和にしたら帰ってもらいます』

「言い方」

『さあこっちこっち』


 意気揚々と浮遊する妖精。啓太はため息をついて、とぼとぼと後を着いていった。



 森はまるで果ての無いように、同じような風景が、見分けのつかない風景がいつまでも続く。

 二人がしばらく歩いていると、突然前方の茂みから何かが飛び出した。


「うわっ」


 啓太が驚いて飛びのく。飛び出した物を改めて眺める。

 足二本に手二本、胴体と頭一つ。


「描写が雑」


 それは人間だった。薄汚れた服を着て、手には小ぶりの斧を持った中年の男性。


『注意してください。山賊です』

「山賊がいるんだ」

『しかも囲まれています』


 妖精の言葉に啓太が後ろを振り向くと、背後の方にはナイフを持った男がゆっくりと近づいてくる。

 左右からも武器を持った男達。


「……どうするの、これ」

『勇者よ、その力で奴らをぎゃふんといわせるのです……』

「古っ……いや、俺喧嘩したことないんだけど」

『大丈夫です、彼らもありません』

「ないのかよ」


 ゆっくりと包囲を狭めてきた男達。斧をもった男がにやにやと笑いながら啓太に近づく。


「へっへへ、兄ちゃん、金目のものを出しな」

「……えーと、ありません」

「そうかい、へへへ」


 男達はにやにやと笑いながら距離をとり、そのままどこかへ行った。


『勝ちました』

「何が!?」

『勇者はレベルが上がった』

「何の!?」


 叫びながら啓太は虚空に手刀を一閃。


「え? ここレベルがあるの?」

『ありません』

「なんなんだよ!」


 啓太が両腕を地面に叩きつける。


『雰囲気がでるかと思って』

「いや、いらない、そういうのいらないから早く帰して」

『では先を急ぎましょう。世界を滅亡から救うのです』


 妖精はふわふわと漂うように進んでいき、啓太はそのあとをうなだれながら着いていくのであった。



『魔王軍四天王の一人、遥かなる天のミザはこのあたりによく出没するようです』


 うっそうと茂る森の中、二人はふらふらと進んでいる。啓太は一つため息をついた。


「はあ……強いの?」

『四天王最強と言われています』

「……そんなのと戦うのか。スキルとかないの?」

『ありません』

「魔法は?」

『存在しません』

「武器は?」

『銃刀法で規制されています』

「……なんで銃刀法? ここ日本じゃないよね」

『そちらの世界の銃刀法を参考にしました。武器はあぶないですからね』


 妖精の言葉に目頭を押さえていた啓太は、頭を一つ振ると顔を上げた。


「色々言いたいことはあるけどもういいや。勇者特権で武器を使えるとかは?」

『ありません』

「じゃあどうやって倒すの」

『勇者の武器はいつだって知恵と勇気です』


 啓太は眉間にしわを寄せ、渋い顔をした。


「いや、自分で言うのもなんだけど、俺そんなに知恵があるわけでもないし、勇気も無いよ」

『勇者に選ばれたからには、それにふさわしい知恵と勇気を出してもらいます』

「考え方がブラック企業」

『世界を救うというやりがいがあれば全ては可能です。不可能というのは嘘つきの言葉です』

「ブラック世界だ。もう滅んだら?」

『あなたは何を言っているのです』

「それはこっちの台詞だから」


 穏やかに談笑をしながら、森の中を歩く。

 和やかな雰囲気の中、二人は山のふもと辺りにたどり着いた。


「だいぶ歩いたけど、どこに向かってるの」

『四天王の一角、遥かなる天のミザを探しています』

「そういえばそんな事言ってたなあ。どんな奴なの」

『そうですね……足を使って歩いたりします』

「大雑把すぎる」

『あとは年下の女性の排泄物に興味を持っているようです』

「何でそういうところだけ細かいの。というかそういうのはそっとしときなよ」

『戦いにおいて情報は千金の価値を持ちます』

「その情報で戦う方法が思いつかないんだけど」

『女装してうんこしてみては』

「なんでだよ!」

『背も小さいですし、きっと似合いますよ』

「背の事はいうなあ!」


 二人がおしゃべりを楽しんでいると近くの茂みから、がさり、と不審な音。


「何かいる!」

『隠れても無駄です……出てきなさい』


 妖精の声に答えるように、茂みから出てきたそれは、全身血まみれで手足がなんか変な方向に曲がって鼻血と口血を垂れ流しながらよろよろと歩いてきた多分人間。


「ごふっ、我が名は遥かなる天のミザ……ふふふ、医者を呼んでもらえるかな」

「うわっ大怪我だ! ん?」


 啓太がボロボロのミザを目を凝らして見る。


「この人さっき光の筋に空に持っていかれて落とされた人だ」

「ふふふ、いかにも……よく分からないが、地面は、硬かっ……た」


 遥かなる天のミザはそういうと、大量の吐血をして倒れ、そのまま動かなくなった。


『四天王の一人、遥かなる天のミザを倒しました』

「なんなの」


 妖精は倒れたミザの上に行くと、光の粉をまき始めた。

 光の粉は大地に横たわるミザの身体に積もっていき、光で覆っていく。


「これは?」

『浄化の光です』


 光で覆われたミザの身体は、少しずつ消滅していった。


『さすがです勇者、さっそく魔王軍に打撃を与えました』


 ふわふわと飛び回る妖精はご機嫌のようだ。


「いや、俺何もしてないし……そうだ、他の連中も空から落とせばいいんじゃない?」

『それは駄目です。世界を救うのは勇者の手でなくてはなりません』

「え? でもさっきこの人落としたの妖精さんだよね」

『……』


 妖精はしばらく一箇所で浮遊した後、その場でくるくると回転してから啓太の前に移動してきた。


『間違えました。さっきのは一般人です』

「いやそれだと一般人殺しちゃってるし! もっと駄目じゃん!」


 啓太の手が虚空を鋭く切り裂く。


『じゃあさっきのは事故です』

「事故!」

『遥かなる天のミザは、うっかり空中から墜落死。よくある話です』

「ねえよ!」


 舞うような啓太の手刀がびっしいー、という感じで大気を分断する。


『それでは先を急ぎましょう。次の目標は狂える赤い炎のゼンです』


 全てを受け流し、何事も無かったかのように妖精は淡く光る。


「はあ」


 ため息をついた啓太の頭上では、空が茜色に染まりつつあった。

 太陽の時間が終わり、夜の闇が近づく。


「……どこで寝るの」

『少し歩けばラストダンジョン近くの村があります、今日はそこで休むとしましょう』

「ラストダンジョンなんてあるんだ」

『ありません』

「……うん、なんとなくそんな気はした。固有名詞とかそういう感じなんでしょ」


 妖精はふわふわと移動しながら啓太の方をふりかえりつつ答える。


『ラストダンジョン近くというのは、この世界の古語で“都会の暮らしは合わなかった”と言う意味です』

「なんでそんなちょっと切ない名前を村につけるの」

『さあ行きましょう、この世界を救うために!』


 人の話を聞かない妖精は鼻息も荒く進んでいく。

 啓太はとりあえず今夜の寝床を確保するためしかたなく着いていくのであった。

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