冷蔵庫の男
満月 ぽこ
倉庫
かつては夜も多くの人で賑わっていた喫煙所で、男は一人煙草に火をつけた。暗闇の中、煙草の火だけがぼんやりと光っている。倉庫が乱立する中で、働いているのは男だけだ。数十年前は市場として動いていたのだが、ボヤ騒ぎが起こり今は廃墟に近い。
もはや機能していない喫煙所で、わざわざ煙草を吸うのは律儀だからでは無い。そう教えられて育ったからだ。男は火のついた煙草を灰皿に捨て、のそのそと職場に戻った。遠くで金属が落ちる音がしたが、いつもの事と気にせず歩いていった。
「戸所冷凍」と直接マッキーで書かれているドアを開ける。電気をつけ、部屋を1周見回した。ホコリの被ったカウンター、数冊の帳簿が入った棚、来客用の簡素な椅子とテーブル。その上に茶封筒が1枚置いてある。中身はいつもの依頼書だった。
「025-0706Y 引き取り 2200
020-0810Y 新規 2200」
番号を確認し、作業用のコートを羽織る。カウンターの奥は巨大な冷凍庫となっており、依頼された物の冷凍保存を行うのが男の仕事だ。ガラガラと重い扉を開ける。
目の前に見慣れた黒い袋の群れがいる。中身は死体だ。けれど、男には関係の無い人間だ。袋のファスナーにつけた番号から依頼書と一致する番号を探し、フックから降ろす。代車に乗せ、腕時計を見るとまだ21時半だった。
「まだ早いか…」
そのまましゃがみ、天井を見上げた。黒い袋は空調で少し揺れる。いつかは自分もこの中に入るのだろう。だが、それも悪くない。死んでも一人でいる方が苦痛だ。22時になるまで、男は冷凍庫で過ごした。
冷蔵庫の男 満月 ぽこ @antares08
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