第7話 仕返し

ふとした出来事が窮地を脱する手がかりになる。 


  


 


 ワイルドボアは鼻が良い。 


 そのことを思い出した。 


 ゴブリンやオークなど鼻の悪い魔物しか倒したことがない俺にとって、においを利用するなんて言うことはしたことがない。


 


 ワイルドボアは鼻が良い。 


 普段の俺ならそれがどうした、と思うだろう。 


 もし何か自分の物を落としたらワイルドボアに、俺のにおいを覚えられ近づいてもすぐに見つかってしまう。 


  


 そう考え、その情報を頭の中から消していただろう。 


 しかし、その瞬間。 


 頭の中から消去する直前。 


 


 俺の視界に、月明かりでキラキラと輝く青色の水晶が映り込んだ。


 同時にその水晶、もといその水晶がついた首飾りを受け取った時の出来事がフラッシュバックされる。


 


 『俺が普段身に付けているちょっとしたお守りだ。……』


 


 確かギルフさんはそう言って俺に首飾りを渡してきた。 


  


 『普段身に付けている』


 


 その言葉で、はっと閃いた。


 今回の策略が。 


 すべてが上手くいく未来が。


 


 改めて作戦を振り返る。


 


 ワイルドボアが疲れてきた所でギルフさんのにおいが付いた首飾りを落とす。 


 足が止まったワイルドボアに対して挑発し、体力が回復しだい俺を追いかけるように仕向ける。 


 ワイルドボアは首飾りのにおいを覚え、そのにおいがする方へ向かう。 


 そのにおいが俺のにおいだと勘違いするだろう。  


 


 


 つまり、ワイルドボアをギルフさんのいる所へ向かわせる。 


  


 森の中では人間の足音、痕跡は見つけられなかった。 


 ギルフさんのことだ。 


 決して俺を置いて帰ったりはしない。 


 


 おそらくギルフさんは森を抜けた平野で俺のことを待っている。


 


 ギルフさんは俺を信頼している。 


 俺がワイルドボアを倒して無事で帰ってくると思って安心して仁王立ちしているだろう。 


 


 だが甘い!! 


 


 俺はやられたらやり返す男。 


 


 ギルフさんの元へは怒り狂ったワイルドボアがご登場。 


 


 フフフッと軽く微笑んだ。 


 シナリオは完璧だ。


 


 


 ---


  


 




 ワイルドボアが休憩している間、俺は落ちていた木の枝と自前のナイフを使い、槍を作っていた。


 長く、鋭いもの。 


 ギルフさんが持っていたものをイメージする。 


 多分あれはワイルドボア専用の槍だろう。 


 それと同じようなものを作ればいいはずだ。 


 


 丁度槍が完成した頃。 


 森の中からワイルドボアが再び動き出す音が聞こえた。 


 


 明らかに森を抜ける方向に進み始めた。 


 


 


 よし。 


 おそらく作戦は成功したようだ。




 俺もその後を静かに追い始めた。


  


 




 ---


  


 




 遅いなあ…… 


 ギルフは森を抜けた平野でルカの帰りをじっと待っていた。


 


 あれから約一時間ほど経過しただろうか。 


 


 依然として森の中は静かなままだ。


  


 何かあったのだろうか。 


 時間がたつに連れ、不安が増していった。 


 冷たい風が背筋をゾッと刺激した。 


 


 


 ……まさかな。 


 


 ルカは強い。


 ギルフはルカがもうすでに自分より強いということを自覚していた。 


 一対一で戦っても、もう勝てないということを分かっていた。


 


 だから安心して今回の行動を実行したのである。 


 少しでも経験を積ませてやるために。


 


 だが誰しも万が一ということがある。 


 ルカはまだ子供だ。 


 暗い森の中で一人泣いているかもしれない。 


 


 まさか緊急事態が起きたのか。 


 途中で足をつったのではないか? 


 足を滑らせて崖から落ちたのではないか? 


 


 悪いことばかり想像してしまう。


 


 さすがにそろそろ探しに行った方が良いのではないか。 


 そう考えている矢先だった。


 


 森の中からこちらの方に何かが全速力で向かってくるのを感じた。


 やっと来たか!! 


 


 ギルフは極度の不安からか、その正体がルカであるということを疑わなかった。


 


 やっぱり俺は信じていたんだ。 


 ルカならできるって。 


 にしても何でこんなに時間がかかったんだ。 


 


 ……まあいいか! 


 


 こうして無事に俺のいる所に向かってきているわけだし。  


 


 ドタドタとこっちに向かう足音は大きくなっていく。 


 


 もうそろそろだな。 


 ギルフは両手を広げて待っていた。


 


 かわいい子供を迎えるために。  


 森のなかで一人は寂しかっただろう。 


 まずは抱きしめてやろう。


 


 一歩森の方へ踏み出した。


 


 ―――――直後 


 


 「ルカ…………ちょっ……あれれれれえええええええええええええ!?」


 


 


 森の中から怒りに駆られるワイルドボアが顔を出した。 


 


 『ブオオオオオォォォォォ』


 


 やっと見つけたと言わんばかりの雄叫びを上げ、目の前で急停止した。 


 


 ギルフはその勢いと威勢に驚き尻もちをついた。 


  


 やばい…… 


 腰が抜けた…… 


 動けない……


 


 いつ襲いかかってきてもおかしくはない状態で俺のことをじっと見ていた。


 


 ゴクリ。 


 と唾を飲んだ。


  


 何かを考えているのだろうか。 


 もしかしたら襲ってこないかもしれない、そういう考えが頭の中をよぎった。


 


 だがあまかった。 


 


 怒りに満ち溢れたワイルドボアはこの際誰でも構わないという表情で俺に突進を開始した。 


 


 『グモオオオオオォォオオオオ!!!!』


 


 やばいやばいやばい!!


 襲われる!!


 


 


 


 ---


 




 ワイルドボアがギルフさんに突進を開始した瞬間 


 


 俺は木の上から飛び降りた。


 


 狙うは急所。 


 首の血管だ。


 


 ワイルドボアがギルフさんに触れる寸前――――


 


 うおおおららあああああ。 


 


 渾身の力を込めて槍を突き刺した。 


 


 『グワワワァァァァァァァァァァ!!』


 


 鮮血が当たり一面を血の色で染めた。


 


 


 ドスンッ


 


 力を失ったワイルドボアがぐったりと倒れこんだ。


 


 


 「ル…………カ……」 


 


 ふん。 


 これでギルフさんも少しは痛い目を見ただろう。 


 


 


 「ルカーーーーーーー!!うわわわわぁぁぁぁぁん!!!」


 


 ギルフさんは泣きながら俺に抱き着いてきた。


 


 「……っ、俺はこいつに食われちまうのかと思ったよおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 


 あ、あれ。 


 少しやり過ぎたかもしれない……。


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