第2話 日常

父の死から約三年が経過していた。


 


 「行ってきまーす」


「はーい。行ってらっしゃい」




俺はテイラさんに挨拶をし、勢いよく家を飛び出す。


 毎朝俺は体力作りのためにランニングをしている。


 


 この村も大きくなったな。


 俺が初めて来たときと比べると1.5倍程デカくなっていた。




 毎日村を一周すると決めているのだが、距離が年々長くなっていく……




 それでもまだまだ小さな村だ。 


 弱音を吐いては入られない。


 俺は考え事をやめ、走ることに集中する。






−−−




 


 走り終え、家に戻ると、台所の方からいい匂いがした。


 テイラさんが朝食を作ってくれていたのだ。


 


 「ルカ、シエルを起こして来て。」


「はーい」




 俺は今すぐにでもテイラさんの手料理を食べたい気持ちをぐっと堪え、階段を上がった。


 


 シエルの部屋の前で立ち止まり、3回ノックした。


 応答がなかったので、そのままドアを開ける。




 「ご飯だぞ。起きろー」




 俺がそう言うと、ベットの中から寝癖全開で、まだ眠たそうな顔をした妹がゆっくりと出てきた。




 「……お兄ちゃん、おはよ〜」


「おはよう」




 最近、シエルは俺のことをお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。


 そればかりか、かなり懐かれている。


 ギフルさんやテイラさんの言うことに反対しているときでも、俺が一言言うと素直に聞き入れる。


 


 思えばここまでの道のりは長かった。


 初めはあんなに嫌われていたというのに……


 純粋に嬉しい。




 せっかく、ここまで育て上げた好感度だ。


 台無しにしたくない。


 これからは妹を幻滅させないためにも、もっと頑張らなくちゃな。


 


「早く顔洗ってきなよ。ご飯冷めちゃうぞ」


「……わかった」




 寝ぼけた声でそう返事をした。




 シエルが洗面台に行くのを確認すると、俺は先に席に座った。


 目の前には美味そうな料理が沢山並んでいる。


 シエル、早く席に着いてくれ。


 まるで飼い主から、おあずけを喰らっている犬の気分だ。


 


 数分後、顔を洗って目を覚ましたシエルが席に着いた。




「「「いただきます」」」




三人で声を合わせて合掌した後、一斉に食べ始める。




 「今日、お父さんは?」


 「今朝、村の近くに魔物がでたらしいのよ。それで朝早くから討伐に向かったわ」


「ふ~ん」




ギルフさんは時々こうして朝っぱらから魔物討伐に出かけることがある。


 今日も俺より早く家を出ていた。


 どうやら大人は大変らしい。 




 「ルカも明日から魔物討伐に参加させてもらうんでしょう。くれぐれも気をつけてね」




 テイラさんが心配そうな声でそう言った。




 「分かってるよ。無茶はしない」




 しっかりとテイラさんの目を見て答えた。


 


最近、村の近くに出没する魔物の数が増えている。


 


 それに加えて、魔法学院への試験を約一ヶ月後に控えている俺は、試験への訓練ということで明日から魔物討伐に本格に参加できる手筈になっている。




本当はもっと早くから、参加したかったがテイラさんがギリギリまで許可をくれなかった。


 しかし、試験前に怪我でもしたら元も子もない。


 無理をするのはやめておこう。 


  


 「ごちそうさまー」 


 


 いち早く食べ終わり、食器を台所に運ぶ。 


 


 「それじゃあ、夕食までには帰ってくるから」 


 


 靴を履き、すぐに家を飛び出す。 


  


 田畑が広がる道を一直線にかけて行く。 


 温かい日光が降り注ぎ、村のみんなを照らしていた。 


 


 今日ものどかだなあ。 


 こんな日には何も考えずゆっくり、ひなたぼっこでもしたい気分だ。 


 


 だが、今の俺にそんな余裕はない。 


 魔法学院の試験まで、残り間もないのだから。 


 


 本命の国内最高といわれているラドフォーリア魔法学院に加えて、滑り止めとしてあと1校の魔法学院を受ける予定だ。 


   


 日々の積み重ね、そして今からの追い込みが大切になってくる。 


 何としても第一志望は譲れない。 


  


 しばらく走り続けると村周辺を囲む柵が見えてきた。 


 1.5メートルはあるだろうか。 


 それを楽々と飛び越え、村の外に飛び出る。 




 そこから数分程走り、人目が無くなったところで俺はいつもトレーニングを行っている。




 「さて、今日も頑張りますか」




と言っても、魔法の練習をする訳では無い。




 魔法学院の試験は主に2つ。


 はじめに筆記試験、次に実技試験がある。




 ほとんどの魔法学院では筆記試験を重視しているため、別に実技試験があまり出来なくても、合格することは可能である。




 それにテイラさん曰く、魔法は学院に入学してから正式に教わるため、多くの受験生は入試の段階ではあまり魔法を使うことができないらしい。




 だから、実技試験ではあまり差がつかない。




 俺も筆記試験の勉強を重点的に行っている。




 しかし、筆記試験だけでは合格さえできるものの、特待生にはなれない。




 特待生とは、実技試験で良い成績を収めたものが選ばれ在学中の学費が全て免除されるという、ありがたいものだ。




 テイラさんとギフルさんは、お金のことは気にするな、と言ってくれているけれど、俺としては家庭の負担は少しでも減らしたいと考えている。




 だからこうして、実技試験の為のトレーニングも怠らない。




 まぁ、それで魔法学院に落ちたら意味ないのだけれど……




 


 筆記の勉強は順調だ。




 テイラさんが元教師だったということもあり、とても教え方が上手い。




 だが、実技、主に戦闘訓練を教えれる人はこの村にはいない。




 魔法学院の実技試験は、対人戦だ。


 


 ギルフさんは猟師、つまりモンスターを専門にして狩りをしているため、対人戦闘はあまり得意ではないそうだ。




 父さんがいたらなあ。


 ふと、そんなことを考えてしまう。




 だめだ。


 ないものねだりなんてしていては前に進めない。




 


 そうこうしている内に、準備体操が終わった。




 俺はいつも目印にしている、少し周りよりも背の高い木に向かう。




 その木の根本に、落ち葉で隠してある箱から一本のナイフを取り出す。




 これは昔から使っている物だ。




 もうだいぶ古い物だが、切れ味は衰えていない。




 俺はナイフを右手に構え、静かにその場にとどまる。




 風が吹き、木々が揺れ、


 頭上から落ちてきた一枚の葉っぱを―――




 ――――スッ   




 音もなく。


 素早く。




 ナイフに突き刺す。




 「ふぅ」




 俺はこれを毎日100枚こなしている。


 態勢を変え、目をつぶりと様々な方法で行う。


 


 トレーニングをしようにも一人では限界がある。


 基本的には、ナイフのトレーニングばかりをしている。




 魔法の練習も本を読んで見様見真似でやってみたことはあるが、あまり上手には出来なかった。




 まぁ、魔法は学院に入ってからきちんと教わろう。




 今は自分の出来ることに集中しよう。




 そう思い、再びナイフを構える。


 




 とその時―――




 「ん?」




数十メートル離れた先に、何かの気配を感じ取った。


 何かが動いている。


 空気が透き通った静かな森の中で、あたりに緊張感が漂う。


 その方向に全神経を集中させる。


 


 視覚を凝らし音のする方を睨みつける。


 まだ、少し遠いな。


 目では認識出来ない。


 


 次に耳を澄まし、足音から情報を読み取る。




 二足歩行。


 数は1。


 少し短めの歩幅。


 そこから考えて、身長は約160センチ程。


 


 人間ではないな。


 加えて、この、地面を強く踏みしめて歩いている音。 


 荒々しい呼吸音。 




 間違いない。


 ゴブリンだ。


 


 よしっ!!


 俺は小さくガッツポーズをする。




 久々の実戦だ。




 俺はナイフをしまい、足音を消しながらその方向に真っ直ぐ走り出した。


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