暗殺スキルで守りたい~暗殺者の息子、父から教わった技でもう誰も失いたくない~

えうの むとさ

第1話 プロローグ

例えば、自分に対してとても優しい父親が暗殺者だということを知った子供は、どう思うのか?




 失望するだろうか?

 受け入れるだろうか?



 僕の場合はどちらでもなかった。



 ただ、もう一度会って話がしたかった。

 なぜ、その仕事をしているのか、理由が知りたかった。

 なぜ、僕を捨てたのか。

 なぜ……


 


 そんなことはもう二度と、叶わないのだけれど―――




 ---





 幼い頃に、父から教わったことといえば足音の消し方、敵の背後の取り方、ナイフの使い方などそんなことばかりだった。


 あの頃はこれが普通の家庭だと思っていた。


 母は僕が生まれてまもない頃に亡くなっていたし、家は山奥にあったため、父以外の人間と会話をする機会なんてほとんどなかった。 




 きっと、どの家庭でも僕と同じように、父がいる日は訓練をし、いない日は一人山の中で遊び回っているのだろうと考えていた。 




 父と過ごす日は楽しかった。

 もちろんトレーニングはきつかったけど、上手くできれば褒めてくれた。


 


 なりより、普段仕事で何日も帰って来ない父と会話をし、いろんなことを教えてもらい、一緒にご飯を食べれることが、とても嬉しかった。




 この生活に不満はなかった。 

 けれど、そんな生活も永遠には続かなかった。



 


 僕が10歳になる頃、父は知り合いのフルスト家に僕を預けようとした。




 僕はもちろん反対した。今の生活を気に入っていたし、父から教わることもまだまだあった。


 そんな反対を押し切ってまで、父は僕を今の生活から切り離そうとした。


 あのときのことはきっとこの先も忘れない。




 


 


 「父さんと一緒にいたらいつか危険な目に合うかもしれない」


 何が危険だ。今まで何事もなく暮らしてきたじゃないか。


 「父さん以外の人間と関わりを持った方がいい」


 二人だけでも十分楽しかった。他人と関わる必要なんてない。 


 「この家から離れて、もっと広い世界を見るべきだ」


 別に見なくてもこの家でずっと過ごせばいい。




 数時間の言い合いになったが、結局何を行っても父の決断は変わらなかった。


 加えて、これは僕の気のせいかもしれないが、父は僕を預ける一番の理由を隠しているように思えた。


 


 それも相まって、僕はとても辛かった。




 殴るように、扉を閉め自分の部屋に籠もり泣いていた。 

 その日は眠れなかった。


 


 父に捨てられるのか、と思った。




 僕が、何かしらで父を失望させたのだろう。

 何が、いけなかったのだろう。 


 最近の出来事を、一つ一つ思い出していった。


 できる限り鮮明に。 


 


 一時間以上考え続けた。


 けれど一向に原因となる出来事を見つけることはできなかった。


 どの思い出にも決まって、父の笑顔があった。


 何で……何でなんだ。

 考えても答えは見つからない。


 


 でもきっと僕のせいだ。


 僕が何かしたに違いない。

 そうだ。

 とりあえず、謝ろう。


 今なら、まだ許してくれるかもしれない。


 


 まだ整理できていない頭で、衝動的にリビングへ向かった。 


 蝋燭の明かりが、ドアの隙間から零れ出ていた。


 どうやら父もまだ起きているようだ。 




 息を整え、ドアノブを握る。




 恐る恐る、ゆっくりと扉を開けた。 


 父はこちらに背中を向ける形で椅子に腰かけていた。 


  


 普段はたくましく見える父の背中も、なんだか、その日ばかりは小さく見えた。 


   


 目線を下げ、今にも震えてしまいそうになる声で呟いた。


 


 「……ごめんなさい」




 驚いた表情をした父がこちらを振り向いた。




 「……どうしてルカが謝るんだ」




「悪い所があったなら、今すぐ治すから……もっといっぱい、いっぱい頑張るから……もっと―――」




次の言葉を遮るかのように、父に抱きしめられた。




 「違う!……違うんだ。悪いのは全部父さんなんだ……俺に力がないから……」




じゃあ何で!どうして僕を―――




 両手に力が入り、父はさらに強く僕を抱きしめた。


 


 「ごめんな……ごめんな……」




 そう繰り返す父の前で、その先の言葉は言えなかった。


  


 父の温かい胸の中で、心の中に抱えた切なる思いが、涙となって頬を伝っていった。 


 次第にそれは量と勢いを増し、 


 我慢していた嗚咽の声も漏れ始めた。


 


 涙とは痛い怪我をしたときに流れるものだと思っていた。




 悲しくて泣いたのは初めての経験だった。




 






 そして僕の10歳の誕生日の日、僕はフルスト家の一員になることとなった。 


 別にもう二度と父と会えなくなるわけじゃない。 


 そう自分に言い聞かせ、目の前の運命を受け入れた。 




 3人家族だった。


 ギルフ・フルスト。


 妻のテイラ・フルスト。


娘のシエル・フルスト。


 始めは、少し怖かったが、彼らは快く僕を迎え入れてくれた。


 


 「これからはルカ、お前も僕たち家族の一員だ。」


 


 優しく、そう言ってくれたのはギルフさんだった。




 何日か暮らして行くと段々この家族のことが分かってきた。




 ギルフさんは猟師をやっていた。


 狩りの腕は村一番で、比較的収入も多かった。 


 男気があって、皆が嫌がる仕事を率先して引き受け、村中の人からとても信頼されていた。




 テイラさんは料理がとても上手かった。 


 彼女の作る料理はどれも絶品だった。


 穏やかで、優しく、最初馴染めなかった僕を色々気遣ってくれた。




 シエルは僕より年下で生意気な奴だった。


 彼女は露骨に僕を嫌っていた。


 どうやら仲良くするにはまだ、時間が掛かりそうだった。




 新しい生活を送っていくつか気づいた事があった。




 まず、この家では基本家族みんなでご飯を食べる。


 たまにギルフさんの仕事が長引いて、帰りが遅くなる事があるが、そんな日を除くと毎日家族四人で食卓を囲んだ。




 次に村の子どもたちは、親からトレーニングを受けていなかった。


 朝から晩まで外で遊び、疲れたら家に帰る。


 そんな生活を繰り返していた。




 この頃から、自分が今まで送ってきた生活の異質さに気が付き始めていた。




 村の人達を見ても、みんなのんびり暮らしていた。


 これが普通の生活なんだろうか?


 そう疑問に思うことが徐々に増えていった。




 だが、この暮らしも悪くはなかった。


 ゆっくりとではあったけれど、ギルフさんやテイラさんと打ち解け合い、シエルとも口をきくようになっていった。






 ---




 


 この家に来て、数か月が過ぎ、自分もフルスト家の一員であることを実感し始めた頃、ギルフさんからこう伝えられた。




 「…………お父さんが亡くなった」




すべてが順調に進んでいたときの急な出来事だった。


 


 


 ---






 自分の父が暗殺者だと知ったのは、父の葬式の日だった。


 ギルフさんから伝えられた。


 正直、驚きはなかった。


 


 父は僕に仕事の話をしなかった。


 僕は何度か父の仕事について聞いたことはあったが、いつも同じようにはぐらかされていた。




 「ルカ、お前がもっと大きくなったら教えてやるよ」




僕も深くは聞こうとしなかった。


 知ってしまったら、なんだか今の関係が崩れてしまうような気がしたからだ。


 僕は毎回




 「うん!」




と元気よく返事をしていた。 


 年相応にしては、割りと察しのいい子供だったと思う。




 けれど、こんな形で、知りたくはなかった。


 ある程度予想はしていたけれど、きちんと父の口から説明して欲しかった。




 父の死は突然だった。


 なんの心の準備も、できていなかった。


 葬式が終わったときでさえまだ、受け止め切れずにいた。


 


 人の死とは不思議だった。


 頭の中はとても冷静だった。


  


 


喪失感が心の中を覆い尽くし、涙は止まることを知らなかった。




結局、その日はひと晩中涙が途切れることはなかった。










 顔色が悪く、食欲が湧かない日が何日も続いた。


 何もしたくなかった。


 


 ベットの中で何も考えず、うずくまっていた。


 ただ、そうしていると、父との思い出が走馬灯のように脳裏に現れては消えて行き、それがより一層僕を辛くさせていた。


 


 眠りに落ちても、見る夢は一人闇の中をさまよい続けるものばかり。


  


 


 そんな中、フロスト家のみんなが僕を支えてくれた。




 正直、沢山嫌な言葉を浴びせてしまった。 


 目の前の相手に当たっても意味がない、頭の中では必死に言い聞かせていた。




 けれど、彼らはずっと諦めず僕の味方でいてくれた。


 


 ギルフさんは明るく僕を励ましてくれた。


 テイラさんは何も言わず、大きな優しさで僕を包んでくれた。


 普段生意気なシエルもその時ばかりは大人しかった。




 最初は分からなかった。 


 血のつながっていない赤の他人のためにそこまでする理由が。 


 本当の家族でもない僕なんかのために。 


 


 そもそも家族ってなんだ? 


 この時から『家族』という言葉に疑問を抱くようになった。 


 


 「家族って何ですか」 


 


 ふとそんなことが口に出ていた。 


 


 「そうだなぁ」 


 


 近くにいたギルフさんが数秒考えたあとに話し出す。 


 


 「死んでも消えねぇ鎖みたいなもんだ」 


 「……」 


 「自分と相手の心と心を繋ぐ鎖だ。決して壊れず、誰にも引き裂けない丈夫な鎖。すでに俺は、いや、俺たちはもうその鎖お前に繋げちまってるぜ。家族ってのは血で決まるもんじゃねぇ。心で決まるんだ。誰とでも家族になれる、俺はそう思ってる」 


 「……まだ僕と父さんは繋がっていますかね」 


 「ああ。絶対繋がってるさ」 




 力強く答えてくれた。 


 


 素敵な考え方だ、と思った。


 そっかまだ繋がっていたのか。 


 同時に新しい鎖も増えた。




 失ったものばかりではない。 


 


 そう考えると少し心が軽くなっていった。


 新たな愛情が僕を包み込み、徐々に心の傷が癒えていくのを実感出来た。 


 


 −−−


 


 時間は掛かったけれど、再び笑うようになっていった。


 


 彼らがいなかったら、僕はもっと酷い状態になっていただろう。


 立ち直れなかったかもしれない。


 とても感謝している。








 顔を洗って、ご飯を食べ、数日ぶりに外に出た。


 澄んだ空気が体中に広がり、真っ青な空の中で、凛と輝く太陽に手を伸ばす。


 


 もう誰も失いたくない。


 


 父から教わったこの技で、目の前のみんなは絶対に守ってみせる!!!




 そう強く心に誓った。


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