報酬は甘いもので ~出張先は苦味がきいていますので~

翳 暗鳴(かげ・あんな)

第1話

 その日だけは、キャサリンはうきうきしていた。誰かの誕生日を祝えることほど嬉しいことはあるだろうか。

 今夜はキャサリンは親戚の子供の誕生日パーティーに出席する予定なのだ。


 今は8月22日金曜日の午後1時。

 プレゼントは午前中に買ってある。


 午後は着ていく服に迷い中。


 キャサリンの両親は入院中で親戚の子供たちには会えないが、キャサリンがその分たっぷりお祝いすればいいのだ。


 午後2時。数あるワンピースの中から選んだ1着を、キャサリンは買った。


 帰りの電車の中も、バスの中も、まだコロナを警戒してか、マスクをしている人がちらほら居る。


  最寄りのバス停で降りて、アパートのエレベーターに乗って3階で降りて自分の家へ漸く帰ってこれたのが午後3時だった。


  内鍵を施錠し、自分の部屋のベッドの上に荷物を置くと、キャサリンは玄関に戻って、今日買ってきた服に合う靴を1足選んだ。


  その後はキッチンで紅茶を淹れ、ゆっくり、少しずつ飲む。


 午後4時になると自分の部屋のベッドで寝る。

 起きたのは午後5時半だった。


  買ったばかりの服に急いで着替えると、子どもたちへのプレゼントが入った紙袋と肩掛けポーチを持って向かいの棟のいとこの住んでいる部屋へ向かう。


 その時、キャサリンは気にも留めなかったが、見知らぬ男2人組とすれ違った。


 玄関前でブザーを鳴らすと、茶髪で小柄な女性――レイチェルが出迎えてくれる。レイチェル=コルバンズこそがキャサリンの従姉であり、今日のパーティーの主役である2人の子どもたちの母親なのだ。


「いらっしゃい!」

「おじゃまするわ、レイチェル」


 メンバーが揃い、いよいよ誕生日パーティーが始まる。

 キャサリンはレイチェルの双子の男女にそれぞれ色鉛筆と無地のノートをプレゼントした。


「「ありがとう、ミス・キャサリン」」

「どういたしまして」


 その後はレイチェルが焼いたアップルパイをおすそわけしてもらいながら、周囲を見回す。


 そこにはコルバンズ家と他の顔見知りの親戚たちしかいない。先刻すれ違った男たち2人組の姿はなく、キャサリンは安堵した。


 しかし、それでも今は何故だか動悸がしていて落ち着かない。

 明日になったら精神科へ行こうか。キャサリンはそんなことを思った。


 それにしてもどうしてこんなに動悸がしてくるのだろう? せっかく楽しいパーティーに招待してもらえたのに。


 レイチェルが声をかけてくる。


「どうしたのキャサリン? 顔色が悪いわよ」

「大丈夫よ、レイチェル」


 先刻までは気にならなかった、見知らぬ男たち2人組のことが、今では気になって気になって仕方がなくなり、不安感にとなってキャサリンの胸のうちでぐるぐると灰色の渦になっていくのをキャサリン自身、強まり、大きくなっていくのを感じていた。


 子供たちが寝る時間が近づいた頃にパーティーはおひらきになり、コルバンズ家以外の親戚たちが帰っていく。


  キャサリンも椅子から立ち上がり、子供たちとコルバンズ夫婦に手を振って帰る。

 

 

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