「静かで、とてもいい場所ですね」そんなことを未来は言った。

 その未来の言葉通り、二人の周囲はとても静かだった。雨の音も、ほかに誰もいないから、人の話し声も聞こえない。


 まるで私たちは今、宇宙に放り出された宇宙船の中で、二人っきりで過ごしているみたいだと、未来は思った。未来がそんな連想をしたのは、この植物園に雨宿りに来る前に、未来は近くにある宇宙博物館(退役した本物の白黒のスペースシャトルがある。こちらが未来の本命だった)に寄っていたからだった。


「ここはいつも、ほとんど人がいないんです。だからこうして絵を描くのに最適な場所なんですよ」にっこりと笑って涙は言った。

「……絵、ですか?」未来は言う。

 涙は初めて見たときら、ずっとその胸の辺りに大きなスケッチブックを持っていた。手には鉛筆。体の横には小さな革の鞄が一つ、置いてあった。(未来はピンクの小さなリュックを背負っていた。そのリュックは今、未来の膝の上にあった)


「絵を描くのが、僕の趣味なんです」涙は言った。

「その絵って、見せてもらったりしても、いいですか?」未来は言う。

「別にいいですよ。よく、この場所で出会った人には、そう言われて、自分の描いた絵を見てもらうことがありますから」

 黒ぶちのメガネの奥で涙は未来を見てそういった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

 そういって、未来は涙のスケッチブックを受け取った。(その際、少しだけ指と指が触れ合って、未来は「あ」と思わず声を出して、どきっとしてしまった。涙は優しい顔で笑っているだけだった)


 未来がスケッチブックのページをめくると、そこにははじめに『晴れ渡った青空』を描いた一枚の絵があった。それはまるでプロが描いたような、素晴らしいスケッチと構図(学校の屋上から、空に手を伸ばすようにして、青空を見上げているような)をした絵だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る