第22話 再会
母様が一人で部屋に入って来て、俺は固まってしまった。
「ああ……アロ……アロ!」
母様の大きな目から大粒の涙が溢れる。母様はゆっくりと近付いて来て、両手を俺の頬に添えた。
「アロ……私のアロ……こんなに大きくなって!」
「か、母様……」
母様の両腕が俺を包んだ。昔は抱きしめられたら頭が胸の下くらいだったのに、今はほとんど身長が変わらない。ヒールの分だけ、母様の方が高いみたいだ。
おかしな事を考えながら、俺も母様の背に腕を回した。
「ああああ! アロ、ごめんなさい……これまで会いに行けなくてごめんなさい!」
「……いいんです……母様が元気で幸せだったら、それで十分です……」
母様の腕の中は、昔と変わらず柔らかく、温かくて良い匂いがする。
いつの間にか、俺の頬も濡れていた。
母様は俺の事を忘れてなどいなかった。それどころか、さっきは取り乱さないようかなり頑張っていたらしい。
「母様……俺のさっきの態度、母様を悲しませたんじゃ……」
「そんな心配はしないで。あなたの顔が見れただけで幸せなのだから」
俺達は、それからしばらく泣きながら抱き合っていた。
ようやくお互いに落ち着いてきたのか、母様の口から「ふふふ」と抑えた笑いが零れる。俺と母様はソファに腰を落ち着けた。
「アロ、あなた自分の事を『俺』って呼ぶようになったのね?」
「あ」
「いいのよ。男の子はこうやって成長していくのね」
母様が俺の頭を撫でてくれる。もう忘れかけていた優しい感触。胸が温かくなって凄く心地いい。
「アロの隣に居た可愛い子がミエラさんね?」
「はい、そうです」
「あなたの事を凄く心配して……私があなたの事を忘れたと思ったのでしょう。とっても怖い目で睨まれたわ」
「ちゃんと後で叱っておきます」
「いいえ、叱ってはダメよ。 あの子は本当にアロの事を大切に想ってるのね。大事にするのよ?」
「……はい」
それからしばらくお互いの事を話す。手紙のやり取りはしていたが、直接話すのはやはり違う。
じいちゃんの事、ミエラの事、マルフ村の事。冒険者になって、今はシルバー・ランクになった事。
「ところで、さっき一緒に居た大人っぽい女性の方は、前からの知り合いなの?」
「あー……グノエラですね。……前からと言えば前からなんですけど」
前って言うか前世だからな。何と説明するべきか。
少し逡巡していると、「コンコンコン」と控え目なノックの音がした。
「そろそろ良いだろうか?」
ヴィンデルさんが遠慮がちに扉から顔を出した。気付けば、結構な時間が経っていたようだ。母様と顔を合わせてお互い照れたような笑みを浮かべる。
「ええ、お待たせしてしまったようね。どうぞ、お入りになって」
「ああ、ありがとうシャルロット」
俺は頭を回転させ、この状況について考える。ヴィンデルさんが俺を私室に呼び、そこへ母様が一人でやって来た。そして5年ぶりの再会を喜んだ訳だ。
これは……ひょっとして……。
「ヴィンデルさん、もしかして――」
「ああ、アロ。話に夢中で肝心な事を知らせてなかったわ。ごめんなさい。実は、夫には全て話したの」
「全て……」
「ええ。だから何も隠す必要はないのよ」
「えっと、しかしそれは――」
「アロくん、心配しなくていい。私が知った事は君達の許可なく絶対に漏らさないと誓おう」
ヴィンデルさんの瞳には誠実さと固い決心が見て取れた。母様はこの人を心から信頼しているのだろう。だったら俺も信用しよう。
「アロくんがシャルロットの息子である事、そして魔族との混血である事。妻から事情は聞いているよ。とは言っても、聞いたのはついさっきだがね」
母様は王都のアルマー子爵邸に住んでいるのだが、ワンダル砦の危機を耳にして居ても立っても居られず、降嫁したとは言え第三王女の権限を振るって騎士団本部の転移陣を使い、ここまで来たそうだ。それが今朝早くのこと。
母様が俺に気付いたのは、南側の問題を片付けて砦に戻って来た時。ワーデル副団長が直々に出迎えてくれた際、砦の窓から俺の姿を認めたらしい。母様はその場で泣き崩れてしまったそうだ。
「これまで妻とは良い関係だったのだが、妻はいつも何かを胸に秘めているような感じだった。君の姿を見て泣き崩れた時にピンと来たんだ。妻は寝言でよく君の名前を呼んでいたからね」
それで、ヴィンデルさんは母様に秘密は絶対守ると誓い、泣いている理由を優しく尋ねたらしい。
「私は嬉しかった。妻が誰にも言えないでいた秘密を打ち明けてくれた事が。それだけ私を信頼してくれた事が嬉しかったんだよ」
ヴィンデルさんは、騎士団入団当初に偶然見かけた母様に一目惚れしたそうだ。
母様が行方不明になっても王国がずっと捜索を止めなかったのは、国王の娘に対する想いは勿論だが、ヴィンデルさんが捜索隊を編成し、その指揮を執っていたからだった。
「しかし、君と妻が離れ離れになったのはある意味私に責任がある。その罪滅ぼしと言っては何だが、アロくん、アルマー家の養子になってくれる気はないだろうか?」
それは考えた事もない突然の申し出だった。
「君は来年王立学院を受験するそうだね。どうせ王都に来るのなら、私達の屋敷で一緒に暮らしても良いんじゃないかと思ったんだよ」
ヴィンデルさんは心からの善意で言ってくれている。母様も期待するような目で俺を見ていた。
アロ・
お願いすれば、ミエラやじいちゃんも一緒に住めるかな。グノエラも絶対ついてくるって言うだろうし。もしかしたらアビーさんも。みんなで一緒に穏やかな暮らしが出来ればいいなあ。
……あいつさえ居なければ。あいつさえ復活しなければ。
「母様、ヴィンデル騎士団長。本当に身に余るお申し出、心から感謝します。ただ、お返事をする前に聞いていただきだいお話があるのです」
俺は二人に転生の事と邪神の復活について打ち明けた。
「アロ……要するに、あなたはその邪神を滅ぼす為に1500年前から転生したという訳なのね?」
「ええ、簡単に言うとそうです」
俺が20分くらい掛けて話した事を、母様が一言で要約してくれた。さすが母様。
そもそも、俺(とミエラ)が王立学院に入ろうとしているのは、学院の地下に迷宮化した
宮殿とは俺が前世で世界各地に作った、所謂隠し倉庫のようなものだ。1500年の間にまさか迷宮になるとは思っていなかったけれども。
「アロくん、それで前世では何という名だったんだい?」
「シュタイン・アウグストスです」
「シュタイン!?」
「アウグストスだと!?」
え、なんか不味かった?
「あの『大賢者シュタイン』様なの!? 現在でも再現不可能と言われる数々の魔法を生み出した、伝説の賢者様!?」
「古文書で語られる『アウグストス大帝国』の祖なのか!? 戦乱を平定し、全ての種族が公平に扱われ、豊かさと平和を謳歌したと言われる伝説の国の皇帝だと!?」
え、俺の知らない所でそんなことになってるの? てか母様、ヴィンデルさん、顔が近い。圧が強いです。
それはそうと、母様達は転生の件をあっさりと信じたな……。普通はもっと疑うものじゃないのかな? 誰かにコロッと騙されそうで、俺ちょっと心配。
「俺の前世がお二人の言う人物と同じかどうかは分かりません。同姓同名の別の人の事かも知れません」
「いいえ、間違いなくアロは『大賢者様』の生まれ変わりよ! さすがは私の息子だわ!」
母様の鼻息が荒い。うん、母様が喜んでくれるならそれでいいか。
「シャルロット、落ち着こう。……アロくん、王立学院の入学は、その迷宮化した『
「そうです」
「それならば……入学せずとも力になれるかも知れない。今の学院長はボイド・アルマー侯爵、つまり私の父なんだ」
「っ!?」
正直言って、王立学院自体にはあまり興味がない。入学しなくても宮殿に入れるなら12歳になるまで待つ必要もないし、その方が良いかも知れない。
「それは……大変助かります」
「うん。入学するかどうかは後で決めたら良い。ただ、学院への立ち入りを申請するためにも、家の養子になってくれると話が早い」
うーん。母様も望んでいるみたいだし、俺としては否やはないのだが、やはりミエラやじいちゃんとも相談するべきだろう。
一人で決めて後から文句を言われるのも嫌だし。
「あの、一つお聞きしたいのですが……もし王都のお屋敷に住まわせて頂くことになったとして、ミエラやじいちゃん、他にも何人か一緒に住むことは出来ますでしょうか?」
「全く問題ないよ。小さな屋敷だが、部屋はたくさん余っているから」
ヴィンデルさん、良い人過ぎない? 凄く助かる。もうお義父様って呼んじゃおうかな。
「一応、相談したい人がいるので……お返事は明日まで待って頂いても?」
「明日!? そんなに早く相談出来るの?」
びっくりした母様も可愛い。
「あ、はい。転移魔法が使えるので」
「「転移魔法」ですって!?」だと!?」
今度は二人とも驚いた。転移ってそんなに珍しいのかな?
「転移魔法は精鋭揃いの王国魔法師団でも一人しか使えない特殊な魔法だ」
「王国中探しても、使える人はたぶん5人もいないと思うわ」
そうなのか。魔族も使ってたけど、あれは珍しいのだろうか。
「バレないように気を付けます」
それからしばらく3人で話をしてから、文官のベニーさんに案内してもらって別室で待っているミエラ達の所に向かった。
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