元勇者に育てられた転生魔王、邪神を滅ぼす為にちょっと本気出す~思った以上に強くなり過ぎたので、世界を救った後は仲間と一緒に趣味の魔法具を作りながらのんびり暮らそうと思います~

五月 和月

第1話 シャルロット

「クリネアロ……ごめんね」


 最初に意識が覚醒した時、物凄い美人から謝られた。顔が近い。


 白金の髪と金色の瞳。前髪は汗で額にへばりついているし、顔全体が上気しているが、少しだけ幼さの残るその顔は超の付く美人だと思った。そんな超美人さんが、泣き笑いのような表情で俺の頬にキスを落とす。


「母を許してね」


 うん、何となく分かってた。俺、赤ん坊だわ。スケール感がおかしいもの。そしてこの超美人さんが母様かあさまだ。


(母様、泣かないで。謝らなくていいよ)


 懸命に伝えようとするが、俺の口から出るのは「あー」とか「うー」という意味を成さない言葉だけ。言葉を知っていても、それを発声する器官が未発達なのだ。

 声を発さなくても魔法は使えるはず。母様に俺の思いを伝えるため、記憶を頼りに何か使える魔法がないか考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。





 次に覚醒した時、俺は母様に抱かれながら盛大に揺れていた。


「ハァ、ハァ」

「待て! 待てと言っているのが分からんのか、シャルロット!!」


 母様は俺を抱えながら鬱蒼とした森を全力で走っていた。シャルロット、というのが母様の名前なのだろうか? そうだとしたら母様に似合いのとても可愛らしい名前だと思う。

 誰かが母様に「待て」と呼び掛け、母様はそれに応じず走り続けている。時折後ろを振り返っている様子も見えるし、何かから逃げているようだ。


 母様は透き通るように肌が白く、腕も細い。森を走り慣れてなどいない事はたどたどしい足取りで直ぐに分かった。抱かれてる俺はまるで荒波に揉まれてる感じ。恐らく少し前に飲んだと思われる母乳が喉にせり上がって来るほどだ。


 クソ。どうせなら授乳の時に覚醒したら良かったのに。


 そんなクズっぽい考えは脇に置き、あまり動かない体を精一杯動かして周囲の様子を窺う。すると森の奥に5~6人の人影を見付けた。かなりのスピードでこちらに迫っている。


 あれは――魔族か? 俺の知識では魔族に見える。真っ白い髪、警戒色である赤色に光っている瞳、頭部から突き出した1~2本の鋭い角。全員黒っぽい外套を着ている。


「シャルロット! その子供を置いて行け。置いて行かねば攻撃する!」


 何やら物騒な声が聞こえた。これは一体どういう状況なのだ? 母様は先程の声を無視して躊躇いもなく走り続けている。


 後方に注意していると魔法陣が展開された。あの色は風属性、魔法陣の特徴から「風刃」だと分かった。俺は咄嗟に「抗魔法アンチマジック」の術式を構築し、飛んで来た風刃に向けて放った。森の中で明るい緑色の光が煌き、風刃が光の粒になって無効化される。


「なっ!? 何だ今のは!?」


 ん? 抗魔法アンチマジックを知らないのか?


 一瞬だけ疑問を抱いたが、木々の間に6つの魔法陣が展開されて意識を戻す。今度は風、水、土、火の4属性か。抗魔法アンチマジックは属性と攻撃の種類によって異なる術式を構築しなければならない。瞬時にそれぞれの魔法を見極め、対となる術式を組み上げて攻撃に当てていく。


 この程度の攻撃魔法なら抗魔法アンチマジックで相殺するのは難しくないが、このままではジリ貧だ。赤ん坊の体では魔力もあまりないだろう。まだ魔力があるうちに、俺は反撃する事に決めた。


(世界を象る深淵の紅、最初の火よ、我が敵の血肉を糧に燃え盛れ。『原初の炎オリジン・フレイム』)


 森の上空に巨大な魔法陣が縦に4つ重なった。次の瞬間、地上に向かって炎の滝が降り注いだ。


 俺が編み出した魔法、原初オリジンシリーズの中で比較的簡単なものだ。全盛期には魔法陣を20重ねて放ったものだが、赤ん坊の魔力ではこんなものだろう。


 母様の背後が火の海と化す。まだ少し距離はあるが、迫り来る熱を避ける為に母様は走る速度を上げた。突然の出来事にきっと驚いていると思うが、腰を抜かしたりせずに走り続ける母様は凄く強い人だ。俺は追っ手が炎に呑まれて塵と化すのを見届けた。安心したと同時にどっと疲れを感じる。


(――あっ、もうダメだ)


 魔力が枯渇したのが分かり、俺はそのまま意識を手放した。





 次に覚醒した時、母様は大きな樹に背中を預けて座り込んでいた。森の様子が変わっている。追われていた時より木々の間隔が広がって陽の光が差し込んでいるのが分かる。


 周囲の変化と同時に、俺は血の臭いに気付いた。母様の脇腹が血でぐっしょり濡れている。


(なんてことだ……)


 俺が魔力枯渇で意識を失っている間に何かに襲われたのだろう。


「クリネアロ……ごめんね。あなたが成長していく所、見ていたかった……あなたをこんな風に産んだ母を許して。ああ、クリネアロ……愛してるわ」


 そう言って、母様は目を閉じてしまった。


 クソ、クソッ! 治癒の術式――いや、それじゃ間に合わない。時間逆転の術式――ああ、魔力が足りない! 転移で――ダメだ、転移先が分からない!


 母様の温もりがどんどん失われていく……なんて事だ。1000年の時を魔法研究に費やし、数多の新たな魔法を開発して、世界の半分を支配した魔王だった俺が、たった一人の母様を救う事すら出来ないと言うのか。


 ダメだ! 誰か居ないのか?


「うぅぅ……うぎゃぁ、おぎゃぁぁあああー!」


 俺は赤ん坊の体で出来る唯一の手段を取った。即ち、精一杯の声で泣き叫んだ。その間にも母様の命が零れていく……本当は声も出さずにじっとして、魔力の回復に専念すべきかも知れなかった。だがじっとなどしていられなかった。


「おぎゃぁぁあ、ほぎゃぁぁあああー!」


 喉が張り裂けんばかりの声で泣き続ける。10分も経っただろうか? 草を掻き分けるガサガサという音がして、そこから大きな人影がぬぅっと現れた。


「こんな森に赤ん坊? と、これはいかん!」


 日に焼けた壮年の男だった。ほとんど白くなった髪を短く刈り上げ、眉間には深い皺が刻まれている。60歳はとうに超えていると思われるが、隙の無い体の動かし方から、相当鍛え上げているのが分かった。


 その男が母様の傍に膝を突き、脇腹の上に掌をかざして詠唱を始めた。


「癒しの神よ、傷ついた者に祝福を与えよ。『治癒ヒール』」


 男の掌から金色の光の粒が溢れ、母様の脇腹を包む。

 男はどう見ても人間だが、魔法が使えるようだ。しかし治癒ヒール程度では母様を助けられない――。


「出血は止まったが危険だな。坊主、お前の母さんを村に連れて行くぞ? 助けられるか分からんが、出来るだけの事はする」


 男はそう言って俺を胸に抱いている母様をそっと抱き上げた。母様の胸はゆっくりとだがまだ上下している。俺は残り滓のような魔力で保温ウォームの魔法を使い、母様を温めた。危なげなく母様を横抱きにした男の足が森を抜けた所で、また意識が闇に落ちた。

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