潜入してきた可愛い女スパイを泳がせてみたらザコザコだった件について〜スパイ、ヴェロニカさんのバレバレな嘘〜

小狐ミナト@ダンキャン〜10月発売!

プロローグ



 剣と魔法の時代から銃火器と魔法の時代に移り変わった。大陸には中央帝国を取り囲むように4国が存在している。


 はるか昔から互いに侵略や併合を繰り返してきたこの5国だが、中央帝国が「魔法銃」という魔法の力を込めた銃火器を発明して以来、圧倒的な魔法銃の戦力に他の4国は見事に敗北、属国の様な状態になっていた。


 中央帝国中央軍事施設前、軍人向けにサンドイッチを売っている小さな店がある。

 

 俺、ダレン・バイパーは元・皇帝直下所属の暗殺部隊に所属していた。戦乱の時代が終わったこと、その他紆余曲折あって、今は軍人を引退。

 今はこうして皇帝のお膝元で後輩の軍人たちにサンドイッチを売りながら生計を立てている。



 というのは、あくまでも表の理由。この中央軍事施設には「魔法銃の製造」に関わる重要な書類や研究室があり各国のスパイや暗殺者が偵察にやってくるのだ。それを未然に発見するのが俺の新しい任務。

 圧倒的な軍事力で中央帝国が他国を属国にしてからは戦乱は減り、平和になっていた。中央帝国以外が力をつけなければ戦乱の時代に戻ることはないだろう。

 スパイの侵入を防ぎ、その平和を維持するのが俺の役目……というわけである。


 

「ヴェロニカさんって北公国の出身でしたっけ?」


「いえ? 私のおじいさんのおじいさんのそのまた従兄弟のおばあさんが北の方の出身で……すなわち、わわわわ、私は純粋な中央帝国の出身でっす! ちなみに25歳です!」



 ——この女、嘘つきである。




 そんな俺の店に住み込み従業員として働かせてほしいとやってきたのはヴェロニカ・メレシナだ。夕日のような赤毛はツインテールに結い上げられていて、美しい翠緑の瞳はキラキラと輝いている。金色のまつ毛。ちょっと猫目で幼くふっくらした頬。

 身長はすらっと高くて手足が長いが胸元や腰回りはぽってりと厚い。

 名前の特徴からも見た目の特徴からも明らかに北公国の出身だし、年齢も俺と同じ歳くらいであれば情報が抜き出せると思ったのか逆鯖を読んでいるが、おおよそ20歳前後だろう。



 というか、この女……北公国のスパイである。



「そうだ、ダレンさん。ちょっと暑くないですかぁ?」

 

 と言いながらヴェロニカさんは最近仕立てた女用の制服のボタンを上から外していく。元々、色仕掛けをかけるつもりだったのかパツパツのボタンがパチンパチンと弾ける様に音を立てる。真っ赤に熱った顔、上目遣い。顔を見れば胸元を視界に入る様な画角……。 

 

「暑いからどうしたんですか」


「お客さまもいないですし……2人でイイコト、しませんか?」



 下手な色仕掛けだな……。死んだ様な目で数秒見つめてやると、ヴェロニカさんは明らかに目を泳がせる。そのまま顔をぐんと近づけて、自分のタイを緩めるそぶりをすれば彼女はさらに真っ赤になってぐるぐると目を回した。


(色仕掛けしておいてこの反応……)


「確かに、暑いですね。冷房を入れましょう」


 俺は彼女の後ろに置いてあったグラスを取ると一気に水を飲み干して氷魔法を応用して作られた冷房装置を作動させた。

 昼の営業を終えて、レストラン部分はクローズ。外売りで昼に売れ残ったサンドイッチや切れ端の甘揚げを置いてはいるがまぁ客は少ない。


 俺は自分で飲むためのコーヒーを淹れてカウンター席に座った。


「ヴェロニカさん、大丈夫っすか」


「ふぁい、大丈夫ですぅ」


 こうして俺に色仕掛けしてくるヴェロニカさんだが元暗殺部隊である俺には全く通用せず、むしろ男性経験がないのかスパイ経験が全くないのか……



(雑魚すぎる!)



 悔しそうにこちらを涙目で見つめながらボタンを留める彼女。真ん中のボタンがないのか慌てて探し出す。 

 そんな顔したらバレバレだった色仕掛けがさらにバレバレだろうが。と心でツッコミを入れ、床に落ちたボタンを拾って彼女に渡す。


「さ、午後のティータイム向けにお菓子の梱包をお願いしますよ」


「うぅ……はい」


「あ、それから。制服のサイズですが少し大きいものにしますか。ボタン、弾けてますし」


「だっ、だめです。だって少し小さい方が……」


 と本音をいいかけてハッと口を抑えるヴェロニカさん。小さい方が魅力的に見えて男を翻弄できる。と指示されたんだろう。


「き……着心地がいいんですもん」


 ぼそっと口を尖らせそう言っては見たものの明らかに嘘である。胸元がぎゅうぎゅうになっているシャツ、尻がぱつぱつのタイトなスカート。おまけに歩くのだって大変そうな踵の高いブーツ。

 どこをどう見たらこれの着心地がいいんだろうか。嘘をつくにももっと選びようがあっただろうが……。


「ヴェロニカさんがそれでいいならいいんですよ。さて、俺は仕込みに入るんでそこのクッキーを3つずつ梱包してくださいね」


「はーい」


 敵国の動向を探るためとはいえ、このデキないスパイのお守りをさせられてる俺の身にもなってほしいぜ。あぁ、この任務が終わったらしっかり給料上げてもらおう。




 

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