鮫に喰われたい少女 2人台本

サイ

第1話

水月:私、鮫に喰われて死にたいんだよね。


凪斗:?!(むせて咳き込む)





水月:だ、大丈夫?


凪斗:大丈夫…な、なんて言ったっけ…。


水月:「鮫に喰われて死にたい。」


凪斗:聞き間違いじゃなかったか…なんでそんなこと唐突に。


水月:私にとっては唐突じゃないんだけど。


凪斗:考え込んで、その結果なんだ。


水月:そうだよ。いっぱい考えた結果。


凪斗:そ、そう…じゃあ、何をどう考えたらそういう考えに至ったか聞いてもいい?


水月:私、余命宣告されてるんだよね


凪斗:?!(再び咳き込む)


水月:風邪?


凪斗:この咳は水月のせいだからな…。


凪斗:余命宣告なんて…初めて聞いたんだけど。そもそも病気だったの?


水月:そっか、通院し始めたとき、凪斗はすでに東京へ引っ越してたもんね。


水月:中学時代にね、ちょっと重い病気が見つかっちゃって…しばらく通院して治療を進めていたんだけど、薬があまり効かなかったみたいでさ。


水月:こないだ、余命を宣告されたの。


凪斗:……。


水月:でも私は、病床でただ弱りながら死んでいくのは嫌なの。


水月:どうせ死ぬなら、せめて何かの糧になりたい。


水月:なら、鮫が手っ取り早いかなって。


凪斗:…ごめん、情報量が多すぎてついて来ない。


凪斗:もう、治療法はないってこと?


水月:そうだね、もう手は尽くした、って言われた。大きい病院で言われたし、セカンドオピニオンとかは…難しいかも。


凪斗:だから、余命を。


水月:宣告されちゃった。もって1年ってとこみたい。


凪斗:そうか……。


凪斗:で、鮫の話は…なんだって?


水月:灰になって壺の中で眠るより、何かの糧になって、たとえ病気の身であっても、誰かのためになりたいんだよね。


凪斗:…それこそ、他に方法はいろいろあるんじゃないのか。臓器ドナーとか…。


水月:臓器ドナーは条件が揃わないとできないのよ。それに、活用できない臓器だってたくさんある。


水月:鮫なら、丸ごとペロリでしょ?


凪斗:…どう返していいかわからない。


水月:凪斗にはどんな鮫に喰われるといいのか、どこだと鮫に食べられやすいのか、調べて欲しいなぁって。


凪斗:無茶だろ、さすがに…。


水月:凪斗しかいないんだよ、こんなこと頼めるの。


凪斗:俺に頼まれても困るけどな…。


水月:嫌?


凪斗:嫌かどうかじゃなくて…なんて言うんだろう、荷が重いっていうか…。


水月:まぁ…そうか。


水月:…でも、私の命が長くないことに変わりはないんだよ。


水月:凪斗と過ごせる時間も、けして、長くない。


水月:残り少ない時間を、凪斗と一緒に過ごしたいんだよね。


凪斗:いいように言うけどな…。


水月:うーん…いや!もう決めた!凪斗!自由研究だと思って私の夢を叶えるために手伝って!


凪斗:…拒否権は。


水月:ないね。


凪斗:(m)こうして、俺と水月の、長くて短い夏休みが始まった。







凪斗:(m)あの日の言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡り、どうしたものかと悩んでいると、メッセージアプリの通知音が連続してけたたましく鳴り響いた。


水月:「緊急招集!」「駅前まで来て!」「1時間後!」


凪斗:緊急と言いつつ、ちゃっかり自分が支度する時間は用意しているんだな…。


凪斗:(m)俺はセイウチのように、のそのそとベッドから出て、支度を済ませる。


凪斗:(m)嫌になるような日照りの中、駅へと向かった。







水月:お!おはようさーん!今日もお日様があっついねー!


凪斗:…もしかして太陽とSUNをかけて言ってる?


水月:さすが!幼馴染はよくわかってくれる!


凪斗:なんか今日…底抜けに明るいな。


水月:ふふん、今日は夢への第一歩を踏み出す記念すべき初日だからね!


水月:あれから、人喰い鮫について調べたんだけど、


凪斗:どんな鮫に喰われるといいのか調べろって俺に言ってなかったっけ。


水月:自分でも調べなきゃなと思ったのよ。でね、いいのが見つかったの!


水月:それは!


凪斗:…それは?


水月:歩きながら説明します!


凪斗:(ため息をついて)助かる。もう干上がりそうだ。


凪斗:(m)俺は水月に連れられてどこかへと歩き出した。







水月:鮫の種類の一つに、Man eater sharkっていう俗称がついているものがあるの。


凪斗:そのまんま、人喰い鮫だな。


水月:そう。これは絶対ベストだよ。もうこれしかない。


凪斗:鮫側は自ら喰われにやってくるなんて驚きそうだが。


水月:飛んで火に入る夏の虫みたいな?


凪斗:その流れだとお前虫になっちゃうけど。


水月:さすがの鮫も虫では満足しないだろうし、食べてくれなそうだから勘弁かな。


凪斗:そういう問題かよ。


水月:…でね、その人喰い鮫の名前は、ホオジロザメっていうの。


凪斗:なんか聞いたことあるな。


水月:そう、サメと言えば!って感じのあれ。あれにしようかと思うんだけど、


凪斗:レストランで料理を選ぶような軽さだな。


水月:やっぱ、何の前知識もなくいきなり海に飛び込んだって出会えるかどうかわからないじゃない?


水月:だから、まずホオジロザメの生態を詳しく知るべきかと思って。


凪斗:じゃあ、水族館にでも行くのか?


水月:うーん、最初は私もそうしようかと思ったんだけど、実はホオジロザメの飼育ってかなり難しいらしくて、今ホオジロザメを飼育している水族館はひとつもないのよ。


凪斗:ほう、それは知らなかった。


水月:だから、別の手段を取ります。


凪斗:別の…?


凪斗:(m)水月は立ち止まると、眩しいくらいの笑顔で、右隣にある建物を指した。







凪斗:…なんでわざわざレンタルDVDなの。


水月:しょうがないでしょ、リアルホオジロザメは見ることができないんだから。


凪斗:百歩譲って映像作品を見て勉強しようという気持ちはわかる。だったら別に映像配信サービスでもいいだろ。なんたらTVとかさ。


凪斗:それにお前…


 凪斗は喋りながら視線を上げる


凪斗:ドキュメンタリーならともかく、フィクション映画のコーナーじゃないか、ここ。


水月:そのほうが迫力あるでしょ!あと洋画半額クーポンがちょうどあったの。期限はないけど…私的にはここ1年以内で使い切らないと損だし。


凪斗:…わかったから、手っ取り早く借りて帰るぞ。


水月:あ、帰りにスーパー寄ってお菓子とジュースも買う。


凪斗:ただの映画鑑賞会じゃないか。







凪斗:(m)見慣れたリビング。テーブルには大皿にお菓子数種類と、グラスに氷と炭酸飲料が涼しげな音とともに注がれた。


凪斗:で、なんでウチなんだ。


水月:凪斗の家のテレビおっきいし。


凪斗:なんで食器勝手に出してきてるの。


水月:そこにいいのがあったから。


凪斗:(m)そのうち俺の家は水月のものになるのかもしれない。ヤドカリのように平然と、自分の家にしてしまうんだろう。


凪斗:借りてきたのは…映画2本か。


水月:うん、違う種類のやつね!違った角度からホオジロザメの生態を見られるかと思って!


凪斗:CGに生態も何もないと思うけどな…。


水月:よし!じゃあまずこっちから見てみよう!ワトソンくん、再生してくれたまえ!


凪斗:誰が名探偵のサイドキックだ。えっと、このDVDか。……ほい。再生押すぞ。


水月:うん!!


凪斗:(m)リモコンを構え、再生ボタンを押した。しかし、


凪斗:うん…?


水月:どうしたのかね、ワットソンくん。


凪斗:某FPSゲームに出てくる電気技師でもないからな。再生ボタンを押してるんだが…反応しないな。


水月:えー、なんで…?


凪斗:んー…盤面にキズがいくつもあるな。もしかしたらキズのせいで再生できないのかも。


水月:うそー…こっちは?


凪斗:こっちもまぁまぁキズがあるな…どれどれ……だめだ、再生できない。


水月:えぇぇ…。


凪斗:(m)水月の頬がハリセンボンのように膨らむ。


水月:ちぇ…今日はお菓子食べながらネットサーフィンでもするかぁ。


凪斗:(m)ハリセンボンはタコのようにぬるぬるとソファから降りてスマホを見始めた。いささかサーフィンをしそうな勢いは見受けられない。







水月:はぁ…ぱっくんちょくん、何かいい情報はあったかね。


凪斗:ぱっくんちょされたいのはお前だろ。だいたい、ホオジロザメに喰われて亡くなる人って随分少ないらしいぞ。


水月:その記事見た。怪我する人はいても、亡くなるまではいかないって…。もっとこう…丸呑みしてくれたりしないのかなぁ。痛いの嫌だしなぁ。


凪斗:…あのさ、ひとつ聞いていいか。


水月:…なにかね。


凪斗:鮫に喰われて糧になりたいって、本当に思ってるのか。


水月:……。


凪斗:本気で思ってるなら悪いが…ちょっと話がぶっ飛びすぎているような気がして…。


水月:…中学時代にさ、近くの海へ釣りをしに行ったの。まだ病気が見つかる前。


水月:友だちと、友だちの家族と一緒に。


水月:朝は天気が良かったんだけど、昼から急に雲行きが怪しくなって、風も吹いてきて。


水月:急いで片付けて帰る準備をしていたんだけど、私、突風で足を滑らせて、海に落ちたんだよね。


水月:波にもみくちゃにされて、いっぱい水飲んじゃって。


水月:薄れていく視界の中で、見たんだよ、私。


水月:人魚を。


凪斗:……人魚?


水月:うん…次に起きたときは病室で…そのときの記憶はそれぐらいしか残ってないんだけど…。


凪斗:人魚に助けてもらった、って言いたいのか?


水月:信じてもらえないのはわかってる。でも、私見たの。


凪斗:…一旦そうであるとして、それと鮫、一体何が関係あるんだ。


水月:凪斗、「鮫人こうじん」って知ってる?


凪斗:鮫人…?なんだそれは。


水月:鮫に人と書いて、鮫人ね。中国版の人魚みたいな感じなの。


水月:あそこの海は、昔から鮫と共に、鮫人が出るって言われてるのよ。


水月:真珠の産地でもあるんだけど、その真珠は鮫人の涙でできているって言われてるらしくて。


凪斗:つまり…その鮫人に会いたいってことか。


水月:お礼が言いたいの。でも鮫人は鮫と一緒に暮らしてるって言い伝えを聞いて…じゃあ鮫を探すしかないのかなって…。


凪斗:じゃあ、喰われるわけにはいかないな。


水月:お礼が言えたら、別に喰われても…


凪斗:いいやだめだ。それだけは絶対に許さない。俺はそんなの認めない。


水月:協力してくれたのに?


凪斗:たいして何もしてないけどな…。俺は…水月に1秒でも長く生きていてほしい。


水月:でも、どうせもうすぐ死ぬよ?


凪斗:だとしても。俺はもっとお前と一緒にいたい。鮫なんかにくれてやったりしない。


水月:…いまの、告白的な何か?


凪斗:…やっぱ鮫に喰われちまえ。







ー後日ー


凪斗:もしもし?


水月:もしもし、凪斗?どうかした?


凪斗:こっちでも鮫人について調べてみたんだけどさ。小学校の近くの海岸に、鮫人を祀る祠があるらしいんだよ。引き潮のときにしか行けないみたいなんだけど…行ってみるか?


水月:一緒に行ってくれるの?


凪斗:乗りかかった船だからな。


水月:ありがとう!!そうと決まればいますぐ、


凪斗:今何時だと思ってんだ。とっくに潮が満ちてる時間だぞ。


水月:うっ……。


凪斗:行くなら明日の朝早くか。早起きできそうか?


水月:起きる!頑張って起きるよ!だから一緒に行こうね!







凪斗:(m)翌朝、海岸に水月は現れなかった。


凪斗:(m)帰り道にすれ違った救急車に不安を覚え、急ぎ水月の家を訪ねた。


水月の母が部屋の前へ案内する。


コンコンコン…


凪斗:水月、入るぞ。


ガチャ


水月:あー…ごめんねぇ。今日行けなくて。


凪斗:そんなことより、体調大丈夫なのか。


水月:うん、ちょっとね…。今日は調子があまりよくなくて…明日病院で診てもらってくるよ。


凪斗:そうか…。


水月:祠、行ってみた?


凪斗:いや、行ってない。


水月:そっか…連絡できればよかったんだけど…楽になったのがさっきでね…。ごめんね。


凪斗:仕方ないだろ、病人なんだから。また日をあらためて行こう。


水月:そうだね。よし!私諦めないよ!死ぬまでに絶対会う!それで、助けてくれてありがとうございました、って言うんだから!


凪斗:その気合い、長生きすることに使ってほしいんだけどな…。


水月:ちなみに、すっごい美人だったよ。


凪斗:……そんなのでなびいたりしないからな。


水月:あら?やっぱりこの間のは本気?


凪斗:…いいから寝てろ。







凪斗:(m)翌日受診した水月は、その日のうちに入院することになった。


凪斗:(m)俺が思っていたより病状はひどいようで、退院の目処は立っていないのだという。


凪斗:(m)それを知ってか知らずか、水月からは頻繁に鮫人についての話がメッセージアプリを通して飛んでくる。


凪斗:(m)実はあれから個人的にいろいろ調べてはいたんだが、真珠を高く売るための脚色であるとか、ただの昔話であって目撃情報はないとか、水月が見たら落胆しそうな情報ばかり上がってきた。


凪斗:(m)存在しないものだとして、じゃあ水月が見たものは何だったのだろう。


凪斗:(m)西洋人がマナティーを見て人間と見間違えたように、何らかの海洋生物を鮫人だと思い込んだのか…。


凪斗:(m)ため息をつきながらインターネットの海を漂っていると、水月から連絡が来た。







水月:もしもし?突然連絡しちゃってごめんね。今大丈夫?


凪斗:大丈夫だけど。どうしたんだ。


水月:ちょっと渡したいものがあってさ…次いつ会えそうかなって。


凪斗:渡したいもの…?なんだよいきなり。


水月:まぁ、ね…。会ったらわかるんだから、別にいいでしょ?それより予定よ、予定!


凪斗:予定か…そういや明日から3日間、中高の友だちに会いに上京するんだったわ。


水月:え、明日?なのに忘れてたってこと?何の準備もせずに?


凪斗:何の準備もせずに。


水月:私が言うのも何だけど…大丈夫?疲れてる?


凪斗:大丈夫だよ。別に問題ない。友だちの家に泊まるから荷物なんてたいして無いし…あっ。


水月:えっ、何?


凪斗:新幹線のチケット、取れるかな…。


水月:はぁ……取れるといいわね。


凪斗:この後すぐ買わないとな…。水月に会いに行くのは東京から帰ってきた後でもいいか?


水月:あー……うん、大丈夫だよ。


凪斗:なんだ、急ぎだったら全然予定変えるぞ。


水月:ううん、久しぶりに会う友だちでしょ、ゆっくりしておいでよ。


凪斗:そうか。じゃあ帰ったらそっち行くわ。お土産はあそこのマドレーヌでいいか?


水月:いいよ…看護師さんに見つかったら怒られちゃうし。


凪斗:ほう、甘い物好きの水月が珍しい。


水月:うっ…


凪斗:本当は喉から手が出るほど欲しいんじゃないのか?


水月:…箱で持ってきたらバレるから…2〜3袋持ってきてくれる?


凪斗:わかったよ。2〜3と言わず大量に持ってきてやる。そして見つかって叱られろ。


水月:そ、それだけは勘弁してよ!担当の看護師さん、怒るとめっちゃ怖いんだって…!


水月:……あ、はーい!そろそろご飯の時間だから、一旦切るね。


凪斗:わかった。じゃあ、また今度な。


水月:うん。


水月:……あのさ、凪斗。


凪斗:どうした?


水月:……ありがとうね。


凪斗:ああ。必ず退院して、一緒に海に行こう。そして鮫に…鮫人に会いに行こう。


水月:うん…そうね。




凪斗:(m)その力無い返事が、俺が聞いた水月の最後の声だった。







凪斗:(m)東京から帰ったその足で、水月のいる病院に行ったが、病室は空になっていた。


凪斗:(m)水月の家に連絡をすると、水月の母曰く、連絡をとったあの日の晩に突然容体が急変したそうだ。


凪斗:(m)俺はすぐ向かいますと伝えて、水月の家へと走った。







凪斗:この度は…お悔やみ申し上げます、おばさん。


凪斗:すみません、急に押しかけてしまって…。


澪:いえ、いいの…。こちらこそごめんね、連絡してあげられなくて。バタバタしていたのと、なかなか気持ちの整理がつかなくて…。


凪斗:いいえ、そんな。


澪:本当に急なことだったから、病院に着いたときには…いつもよりいろんな管が繋がれていて……。


凪斗:……そうだったんですね。


澪:水月から聞いたわ、人魚伝説について一緒に調べてくれていたんですってね。


凪斗:はい、水月からお願いされて。


澪:あの日…お友だちの親御さんから、水月が海に落ちたって聞いたときは気が気じゃなかったわ。


澪:でも、奇跡的に潮の流れなのか、砂浜に打ち上げられた水月が見つかって。しかも病院に搬送された後、意識を取り戻して。


澪:そのときはもう、神様っているんだ、って思ったわ…。


澪:でも水月は、人魚のおかげだって言うの。人魚に助けてもらったんだ、って。


澪:そのときのことを一緒に調べてくれていたの?


凪斗:はい…助けてもらったお礼が言いたいって…。


澪:そう……、水月はお礼が言えたのかしら。


凪斗:いや、海岸にある、人魚…鮫人を祀る祠があるっていうことまではわかったんですが、一緒に行こうとした日に、水月が体調を崩してしまって…。


澪:そうだったのね。…じゃあ、これはその祠に供えるためのものなのかしら。


澪は凪斗に小さな貝殻を手渡す。


凪斗:これは…?


澪:水月から預かったの。凪斗くんに渡して欲しいって。


凪斗:貝殻、ですか。


澪:水月が海から戻ってきたときに握りしめていたものなの。お守りみたいにずっと大事に持っていたものなんだけど。


澪:よかったら、その貝殻、水月の代わりに祠にお供えしてやってくれないかしら。


凪斗:わかりました。


澪:あと、これも。


ルーズリーフが2つに折り畳まれ、青いマスキングテープで留められている。


真ん中に、「凪斗へ」と書かれている。


凪斗:手紙…ですか?


澪:そうだと思う。つらいかもしれないけど、よかったら読んであげて。


凪斗:…ありがとうございます。








凪斗:(m)そのあとおばさんと軽く話し、俺は自宅へと帰った。


凪斗:(m)まだ、水月がいなくなった気がしない。忘れた頃に、メッセージアプリの通知が来るような、そんな気がしてならない。


凪斗:(m)あまりに、急すぎやしないか。


凪斗:(m)深くため息をつきながら、ベッドに腰を下ろし、おばさんからもらった手紙を広げる。


凪斗:(m)ところどころ水滴で濡れてシワになった紙には、こう書かれていた。







水月:凪斗へ。


水月:これを読んでいるということは、私はついに鮫人に会うことなく、祠にも行けずに死んだということでしょう。


水月:私は今、生きているから手紙を書いているわけで…死んだ後のことを想像して書くって、すごく違和感があるけど。


水月:まず、面倒なことにつきあわせちゃってごめんね。


水月:鮫に喰われたいとか、いきなり言われても困るよね。そりゃあそうだ。


水月:でも凪斗は、付き合ってくれたね。ありがとう。


水月:鮫人に会いたかったのは本当。会って、お礼がしたかったのも本当。


水月:でも、鮫に喰われたいと思ったのも、嘘じゃないの。


水月:凪斗にお願いする前から、ずっと投薬治療を続けて、


水月:入退院を繰り返して、楽しいスクールライフも送れず、友だちも数える程度、


水月:挙げ句の果てには余命宣告までされて、正直つらかった。


水月:私のこれからの人生、良いことなんて何一つなくて、


水月:今がピーク、これからどんどん下り坂なんだって思ってた。


水月:体もつらくなる一方で、いっそ鮫に喰われてしまえば楽でいいのにって思ったんだ。


水月:でも凪斗と一緒に過ごした時間は、すごく楽しかった。


水月:病気のことも忘れるほど。


水月:ずっとこんな日が続けばいい。


水月:鮫人に出会えなければ、私たちはずっと、このまま…。



(このあたりからところどころ水滴で文字が滲んでいる)



水月:なんて思ったから、罰が当たったんだね。


水月:私が、わがままになったから、いけなかったんだ。


水月:でも、最後に、最後に一つだけ、わがままを言わせてください。




水月:私の大事な宝物を、鮫人に捧げてくれませんか。







凪斗:(m)週末、俺は貝殻を持って海へと向かった。


凪斗:(m)鮫が出てくるとは思えないほど、静かで、穏やかな海だ。


凪斗:(m)インターネットでの情報を頼りに、祠を探した。


凪斗:(m)岩場のかげを探していると、大きな岩の根元に小さな洞窟があり、その奥に、たしかに祠があった。


凪斗:(m)俺は貝殻を祠に置いた後、しばらく岩に腰掛けて海を眺めていた。




凪斗:(m)''鮫''に命を救われ、''鮫''に祈りを捧げた少女の思いは届かず、泡となって消えていった。


凪斗:(m)もう、ひぐらしが鳴き始めている。

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鮫に喰われたい少女 2人台本 サイ @tailed-tit

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