第4話 きらわれのモーガンくん2

叡智と慈愛を閉じ込めた若葉色の瞳には、透徹した光が宿っている。細く、柔らかい黄金色の髪は、彼の栄光を象徴する様に眩しく、この場の全ての人間の羨望を一心に集める。均整の取れた美しさと、浮世離れした求心力。

絵に描いたような明君を前に、途端に自分の居場所がわからなくなってしまったような心地になる。


「兄様……」

「おや、ご機嫌ようロード・ユーチェスター。お会いできて光栄です」


僕の声に被せるようなマコトの声に、自らの言葉が届かない事を悟る。あまりに滑稽なのに、あまりに虚しい。浅ましい自己矛盾に吐き気がする。


「ロードはやめてくれ。兄弟なんだから、そんなに畏まらなくても良いのに」

「では、兄上」

「…………」


恭しく腰を折るマコトに、兄様は僅かに目を見開く。少し考えるように視線を巡らせて───、


「………っ、」


思わず、息を呑む。一瞬、一瞬であるが。

あの翠眼が、しっかりと僕を捕らえたように思えたからだ。

指先が震える。足が竦んで、とっくに途絶えたはずの呼吸が上手くできない。

そんなノロマを他所に、兄様はマコトを見ながら、俗っぽい所作で首を傾げた。


「療養はもう良いのかい。ネヴィも君のことを心配していたよ」

「はい、お陰様で。ネヴィ……ギネヴィア様にもどうか宜しくお伝え下さい」


廊下が──正確には、聴衆が俄に騒めくのが分かった。

当たり前である。建前とは言え、僕が──あの、モーガンがその名を口にしたのだから。

今すぐ背を向け、ここから立ち去りたい心地だった。

マコトが、約半年間『僕』について学んで来たと言うのは本当らしい。爵号はおろか、僕と兄様の立場までしっかりと理解しているようだったから。

だからこそ、度し難い。

それら全てを理解しながらなお、公衆の面前で、このように振る舞うこの男の悪辣さが。


『復学するだけでも驚愕だと言うのに』

『まさか、その口でネヴィ様の名を口にするとは』

『厚顔無恥とはこの事か』


──────妾の子が。


意図して遮断してきた周りの声が、一斉に押し寄せてくるようだった。姿が見えないのを良い事に、無様に膝を折り、相貌を伏せ、目と耳を塞ぐ。

何も見たくないし、聞きたくもなかった。


「ギャァッ!」


霞む視界の端で、青い炎が揺れる。

顔をもたげれば、男子生徒が、燃える頭を抑えてのたうち回るのが見えた。僕を『妾の子』と罵った彼だ。男子生徒に慌てて駆け寄るマコト。神妙な顔をしているが、僕にはわかる。あれは十中八九アイツの仕業である。


「ああ、ミスター・ドゥナツ!マッチ棒みたいで中々愉快……いや、大変だ!このままでは君の頭が陰毛のようになってしまう!今すぐこの僕手製の水を!」


さらに大きくなる炎と悲鳴。

…………マジでやめろ。

目眩だけでなく、頭痛までしてきた。真っ黒に染まった視界に、男だか女だか分からない悲鳴だけが、耳に届き続けていた。

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