幼馴染の妹が可愛い

常夏真冬

幼馴染の妹と距離を縮めよう

幼馴染の妹が来た

「王手です」


 ふむ。どうしてこうなった。

 ほとんど駒がとられた将棋盤を見る。

 目の前には髪をショートボブにした後輩の姿。

 俺に勝ったことが嬉しいのかむふー、と頬を膨らませている。


瑠斗りゅうとさん。もう一戦しましょう」


 既に五連勝しているのに何が楽しいんだか。

 せっせと将棋の駒を直す後輩の姿を見てそう思った。

 遠くで呑気に鳩が鳴いていた。


 一時間前。

 休日なのでダラダラとネトフリでアニメを見ていたことだった。

 ピンポン、と少し音の割れた音が家に響いた。


「はーい。どちら様ですかー」


 アニメを止めて玄関に向かう。

 古めのドアを開けるとそこにはトートバッグを肩にかけた少女がいた。


「えっと、優香ゆうかちゃん。どうしたの?」


 俺の幼馴染の妹がいた。俺の一個下だから優香ちゃんも幼馴染と言っても良いのかもしれない。


「ゆっちゃんならいないよ?」


 ゆっちゃんとは俺の幼馴染のあだ名だ。本名は結城ゆうきという。


「遊びに来ました」

「へ……?」

「兄は家に捨ててきました」


 捨ててきたって。あいつシスコンだけど大丈夫かな。


「とりあえず家上がって」

「お邪魔します」

「飲み物は麦茶で良い?」

「はい」

「その髪留め可愛いな」


 優香がつけている髪留めを指差す。雪の結晶の形をした髪留めは優香の雰囲気にあっていた。


「ありがとうございます」


 その頬は少し赤らんでいた。


「……」

「……」


 気まずい。原因は分かっている。俺が無用心なことを言ったからだ。


「ごめんな。ちょっとキモかったか?」

「そっそんなことありません!」


 勢いよく否定してくる優香。そのとき少しだけ手が触れてしまった。


「……はふぅ」


 ぼふん、と頭から湯気が出そうなほど顔を赤く染める優香ちゃん。


「ごめん。優香ちゃん……」

「いえ……大丈夫です」

「……」

「……」


 遠くからカラスの鳴き声が聞こえてきた。

 よし、仕切り直そう。年上の余裕を見せるのだ。


「優香ちゃん。なにかやりたいものある?」


 そう言うと優香ちゃんはゴソゴソとトートバッグ漁り始めた。


「これ、やりたいです」


 それはパッケージに将棋と書かれたものだった。

 将棋は小学三年生の頃じいちゃんに捕まってやったきりだ。それから高校二年生になるまで一度も触れていない。

 でもせっかく持ってきてくれたのだ。


「わかった」


 そして現在に戻る。



「王手だよ。優香ちゃん」


 八回目。次は俺が勝つ番だった。

 優香ちゃんはわかりやすくしょぼんとしていた。


「攻めがワンパターンなんだよ。もっと増やさないと」


 優香ちゃんは矢倉しか使ってこなかった。なので七回も対局したら対処法も分かってしまう。


「むうぅ。悔しいです」


 ほっぺたの片方をフグのように膨らませる優香ちゃん。どうやら負けず嫌いのようだ。

 この後優香ちゃんが俺に勝てることはなかった。

 日が西に沈みかけて空が綺麗なグラデーションを作っていた。


「次は絶対勝ちますから」


 むくれっ面で言う優香ちゃん。


「俺も勉強しとかないとな。将棋」

「瑠斗さんは頭がいいからダメです」

「そこまでよくないって」

「むー」

「優香ちゃん。俺と遊んで楽しかったか? 同級生との方が――」

「楽しかったですよ。私が来たくて来たんですから」

「そっか。ありがとう優香ちゃん」

「では。今日はありがとうございました」

「うん。じゃあね」


 数歩進んで優香ちゃんは立ち止まった。

 無言でこちらに振り返る。


「どうしたの?」


 とととっ、と小走りでこちらに来た。そして手を握られる。

 そのときふわりと花の匂いがした。

 優香ちゃんの手は小さくて陽だまりのように暖かくて、柔らかかった。


「ふふっ」


 そして俺の手を握って笑う彼女の姿に目を捕われてしまった。

 横顔が西日に照らされていてよかったと思う。

 顔の赤さを優香ちゃんに知られることがないから。


 優香ちゃんを見送った後、妙な胸騒ぎがしたためスマホを取る。

 スマホの電源をつけるとLINEに通知が来ていた。

 恐る恐る画面をタップする。


『お前、優香に手ぇ出したら絞める』

『明日屋上来いよ』


 あっ、終わった。

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