第3話 オオカミの群れ

ふと、通りがかった自動販売機に目が行った。公園の出口に近い場所にあった。

いつもなら彼女はそんなことはしなかった。すぐに帰ろうとしただろう。

でも彼女はその日、卒業したのだ。大人の入り口が目の前に見えているタイミングでもあった。子どもの出口を出たばかりの、微妙な期間だった。


彼女は、自動販売機でコーヒーを買って、飲み終わってから帰ろうと思った。思ってしまった。

道路には車が滅多に通らないくらい遅い時間だった。


自動販売機の前に立ち止まって、彼女はコーヒーを買った。がこん、と缶が落ちてくる音だけがやけに大きく響いた。屈んで缶を取り出した。

風が強く吹いた。冬の終わりの冷たい風だった。

スカートが捲れた。下にはタイツを履いているから別にいいかと気にしなかった。

こんな時間に誰もいるはずがない。いても、こんな暗闇じゃ見えるはずがない。彼女はそう思って、何も気にしなかった。

買ったコーヒーは、あっという間に空になった。


帰ろうと出口に向かおうとした時のことだった。どこからか唸る様な音が風に乗って聞こえてきた。

獣が唸る様な音だった。

彼女は思い出した。


『公園にある石像たちは、夜中になると動き回る』


体を強張らせた彼女はすぐに出口へ向かおうと振り向いた。

その時、暗闇の中に浮かぶ光る目を見つけてしまった。その二つの目は、はっきりと彼女を捉えていた。


オオカミだ!!!


彼女の手から空の缶が滑り落ちて、コンクリートの地面に落ちた。カラン、と高い音が場違いに響いた。


暗い草むらの中からオオカミが高く吠えた。







逃げなくちゃ! 公園から出なきゃ!


彼女は出口へ向かって足を踏み出した。だが前に進むことはできなかった。

出口のすぐ近くには、別の目がきらめいていた。オオカミは一匹ではなかった。

出口からは出られない。混乱した彼女は入り口の方へと踵を返して走り出した。

後ろから遠吠えが聞こえた。


出口はすぐそこだった。だから、反対に入り口は遠かった。冷静に考えられればわかったはずだ。冷静ではなく、混乱している彼女にはそんなことはわからなかった。

彼女はとにかく公園から出たかった。ただ、その一心だった。


横の木々の間から吠える声が聞こえた。

別のオオカミだった。

背後から追い込むようにオオカミの声が迫ってきた。出口の方にいたオオカミだろうか。

声と足音は近づいてくる。


彼女はコンクリートの道を外れた。

公園の外へ出る道から外れてしまった。


彼女は慣れた公園だからと、夜の公園を侮ってしまった。夜の公園はオオカミたちの絶好の狩場だった。


オオカミたちは道を外れた彼女を楽し気に追い込んだ。一匹、二匹、三匹とオオカミの群れは大きくなった。暗闇で何匹集まったのかはわからない。光る目と吠える声、迫る足音だけが彼女に恐怖を与えていた。


彼女は泣いた。公園なんて通らなければよかったと後悔した。

手には携帯電話が握られていた。しかし、それを使って助けを呼ぶことなどできなかった。

彼女は暗闇で足元が見えていなかった。石につまずいて転んだ。タイツが破れて膝から血が滲んだ。

それを見たオオカミたちは喜んだ。


オオカミたちは彼女を自分達のテリトリーへと追い込むくせに飛びかかってはこなかった。獲物が怯える様子に興奮していた。


彼女は立ち上がって逃げた。小さく母に助けを求めたが、風と木の葉の擦れる音で掻き消された。

オオカミたちは追った。近付く度にギャンギャンと吠えたて、離れるとわざと草や葉を揺らして音を立てた。

彼女を恐がらせる為に、暗闇の中から姿を見せることはしなかった。




彼女は夜の公園を逃げ惑った。

オオカミたちに追われ、夜の暗闇を駆けた。彼女は気づかない。オオカミたちが追いやる先には深い闇が広がっていることに。


彼女は、暗闇の奥へ奥へと逃げていった。


オオカミたちの声が暗闇の中、深く響き渡っていた。

彼女の悲鳴は誰にも届かないまま、消えていった。


そして彼女は、



















どうなった?

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