第7話 魔王、始めました
「……」
緊張で、手が震える。口の中がカラカラに渇いて、喉がチクチクと違和感を訴える。
思い出すのは、翔ちゃんに屋上に呼び出されたあの日の事。でもあの時と違って、嬉しいドキドキは全くない。
「大丈夫です、アイラ様。何かあればこの不肖ダンタルク、命に代えてもアイラ様をお守りします」
隣に控えるダンタルクさんが、真面目な顔でそう言う。気持ちは嬉しいけど、それでも緊張は全く消えない。
だって、私は今から——。
新しい魔王として、魔族達の前に出ないといけないのだから。
きっかけは、三日前のダンタルクさんの提案だった。
「私のお披露目をしたい……ですか?」
私がこの世界で目覚めて、五日ほどが過ぎた頃。部屋にやってきたダンタルクさんは、私にそう言った。
「はい。本当はアイラ様の記憶と力が蘇るまで、待ちたかったところではありますが」
「何か理由があるんですか?」
「はい、情けない話ではありますが……アイラ様が亡くなられて長い年月が経った事で、魔王軍の瓦解が始まっているのです」
そう告げ、ダンタルクさんが目を伏せる。眉間には、深いシワが刻まれていた。
「アイラ様亡き後も我ら家臣は、魔王軍の秩序を保とうと努力してきましたが……最近では、好き勝手に人間を襲い始める者も多く……」
「……それで、私を?」
「はい。アイラ様が復活したとなれば、彼らを抑える事も出来ましょう」
その言葉に、また不安になる。自分にそこまで強い影響力があるなんて、とても思えない。
だって前世はどうでも今の私はただの女の子で、ただの人間だ。もし反発した魔族達が襲いかかってきたら……。
「ご安心下さい。アイラ様の身は、絶対にワタクシが守り抜きます」
「ダンタルクさん……」
「ご無理を言っている事は承知の上です。しかしアイラ様なくして、魔族に未来はないのです」
そう言われると、困ってしまう。すごく怖いし、不安だけど……今まで落ち着いた生活をする事を許してくれたダンタルクさんがこう言うって事は、本当に困ってるんだと伝わってしまう。
それにせめて翔ちゃんが見つかるまでは、大人しく魔王やってみるって決めたし。そんな状況なら、人間に優しいルルベルも無事じゃ済まないかもしれないし……。
「わ……解りました。怖いけど……」
「おお! 何と言う優しさ! やはりあなた様こそまさしく、アイラ様の生まれ変わり!」
私が恐々頷くと、ダンタルクさんは感激したように涙を流した。何かと言うとこういうオーバーリアクションが返ってくるので、だんだん対応にも慣れてきた。
「と、とにかく……具体的には私、何をしたらいいんですか?」
「ひとまずは、他の魔族達の前に姿を見せる事。そして再びの魔族統一の宣言。後の事は、私が何とかしますので」
「わ、解りました。やってみます」
こうして私は魔王として、みんなの前に姿を見せる事となったのである。
「……よし」
いつまでも、ここで立ち往生してる訳にはいかない。それに一度やると決めたものを無責任に放り出せば、後で絶対にモヤモヤする。
緊張に固まっていた足を、ゆっくり一本ずつ動かす。それを繰り返せば自然と、体は前に向かって動いた。
そのままバルコニーに出て、広場を見下ろす。広場には、人間じゃないと一目で解る、たくさんの魔族達が蠢いていた。
「おお! 魔王様がお見えになられたぞ!」
「いや待て、あれは……確かに顔立ちは魔王様そっくりだが、人間じゃないか?」
私の姿を見た魔族達が、ざわざわと戸惑ったような声を上げる。うっ……やっぱり人間だから、怪しまれてるんだ……。
ここは、ダンタルクさんのフォローに期待するしかない。お願い、ダンタルクさん……!
「静まれ、皆の者!」
その願い通り、脇に控えていたダンタルクさんが、今までに聞いた事のないような厳しい声でみんなを一括する。まるで雷が落ちたみたいなその声に、辺りは一気に静まり返った。
もちろんすぐ側にいた私も、反射的に耳を押さえた。うう……確かにこのぐらいの大声じゃなきゃ、みんなに聞こえなかったとは思うけど……。
「……皆も知っての通り、アイラ様は憎き勇者との激しい戦いの末、勇者を討ち取るのと引き換えにその命を落とした!」
静かになった広場に、ダンタルクさんの演説が響く。私も、魔族達も、その演説を黙って聞いていた。
「死したアイラ様の魂は時空を越え、ここではないどこかの世界に辿り着いた! そこで人間へと転生ししばしの時を生きたが、我らが呼びかけに応え、今ここに帰還なされたのだ!」
その言葉に、また辺りがにわかにざわつき出す。視線が一斉に私に集中して、ただでさえ強い緊張が更に増した。
……逃げ出したい。部屋に引っ込みたい。でもそれをしたら、絶対に後で後悔する……!
「雌伏の時は過ぎた! 魔族達よ、今こそ再びアイラ様の元へ集え! そして我らの、真の自由を手にするのだ!」
「そうか……人間になってまで、魔王様は我々の元に戻って来て下さったんだ!」
「魔王様が、魔王様が帰ってきた……!」
ざわめきはだんだん喜びの声に変わっていって、辺りの熱気も増していく。ここにいるみんなが、本当に魔王を望んでたみたいだ。
「アイラ様、皆にお言葉を」
そこでダンタルクさんが打ち合わせ通り、私に発言を促す。言うべき言葉はここに立つ前に、メモを渡され一生懸命暗記した。
「すう……はあ……」
深く深呼吸。こんなに大勢の前で話した事なんて、もちろんない。でも大丈夫、ここではただ暗記した内容を喋ればいいだけだから……!
暗記……暗記……あれ?
「……あ」
そこで、やっと気が付いた。
暗記したはずの内容が、この緊張で、全部頭から飛んでいた。
(……どっ……!)
どどど、どうしよう!? 頭の中、完全に真っ白になってるんだけど!?
みんな、私が何か言うのを待ってる。と、とにかく、もう何でもいいから何か言わなきゃ……!
よし……せーの!
「せ、精一杯頑張りまひゅ!」
……………………あ。噛んだ。
完全にやってしまった私に、辺りには、さっきまでと違う妙な沈黙が降りたのだった。
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