私と幼馴染みは、前世で殺し合った魔王と勇者だったらしい。

由希

第1話 その日、私の世界は変わった

 心臓の音が、ずっとうるさくドクドクと鳴り響く。

 落ち着かなくて、胸の辺りを握っている両手は、時々微かにプルプル震えている。

 秋も終わりに近付いた放課後の空は、青とオレンジが混ざった不思議な色合いをしていて。何だか夢みたいだなあと、現実逃避のように思ってしまう。

 そう、夢みたい。夢みたいなのだ。だって——。


 私、九条くじょう愛奈あいなは今、好きな人に呼び出されてこの屋上にいるのだから。



 翔ちゃん。はざま翔太郎しょうたろう。ずっと好きだった、私の幼馴染み。

 翔ちゃんとは家が隣同士で保育園からずっと一緒で。その「好き」が特別な「好き」だと気付いたのは、十年前の七歳の時だった。

 いつも優しい翔ちゃん。困った時は「しょうがねえなあ」って言いながら、いつも助けてくれる翔ちゃん。

 好きなのに、ずっと言えなかった。言わなきゃいつか後悔するって、本当は解ってたのに。

 けど、今日。「話したい事がある」なんて、急に屋上に呼び出されて。

 こんな都合のいい事が、あっていいのかな。翔ちゃんも私の事が好きかもしれない、なんて事。

 もしかしたら、告白されるかもなんていうのはただの勘違いで、「恋人が出来たから報告したい」なんて言われる可能性だってあるけど……。


「……まだかな。翔ちゃん」


 誰に聞かせる訳でもない言葉を、ぽつりと呟く。そうでもしないと、自分がどうにかなってしまいそうで。

 永遠に感じてしまうくらいの時間。本当は、ほんの十数分ぐらいなのだろうけど。

 とにかく、気の遠くなりそうな時間を待って——その人は、姿を現した。

 少しクセのある、自然なままの髪。私より頭半分高い、細身の体。

 見間違えるはずのないその人に、私の目は釘付けになった。


「お待たせ」

「……翔ちゃん」


 やって来たその人の、名前を呼ぶ。いつになく真剣なその表情は、いつもの翔ちゃんとはまるで違っていて。

 反射的に、体が固まる。今までの関係が、間違いなくこれから変わるのだ——そんな予感が、胸の中で膨れ上がっていく。

 無言で、一歩ずつ、翔ちゃんがこっちに近付いてくる。その歩調に合わせるように、心臓の音はどんどん大きくなって。

 そして翔ちゃんが私の目の前に立った、その時。


 唐突に、空が、裂けた。


「……え?」


 翔ちゃんと二人、思わず空を見上げる。青とオレンジの混じった空に紙を破ったみたいな穴が開いて、逆さまになった緑豊かな大地を映し出す。

 異様な光景に、目が離せない。それはさっきまでの空気よりもよっぽど、よっぽど非現実的だった。

 ふと、風が吹いた。それも、下から上に吹き上げるように。

 私達がそれに気付くと同時に、風はどんどん強くなっていく。まるで空の穴が、私達を吸い込もうとするかのように。


「キャッ……!」


 激しくなっていく風に、やがて私の体が浮き上がった。そしてみるみる、空の穴に引き寄せられていく。


「愛奈!」


 翔ちゃんが必死の表情で、私に手を伸ばす。けれどそんな翔ちゃんの体も、ふわりと浮き上がってしまって。


「翔ちゃんっ……!」


 せめて手を繋ごうと、私も一生懸命手を伸ばす。いっぱいまで伸ばした指先に、ほんの少し、翔ちゃんの指が触れる。

 でも、それだけだった。それを最後に私と翔ちゃんは、それぞれ逆方向に引っ張られていく。


「クソッ、愛奈、愛奈っ……!」

「翔ちゃん、翔ちゃん……っ!」


 どんなに名前を呼んでも、翔ちゃんの姿はだんだん遠くなっていく。同時に意識が、急激に遠のいていくのを感じた。

 ああ、こんな事になるなら——。


「……やっぱりちゃんと、私から告白するんだった、な……」


 その呟きを最後に。私の意識は、深い闇の底に堕ちた。



 ——こうして、昨日まで当たり前にそこにあった私の世界は、突然に終わりを告げた。

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