第8話

「ぱぱ、トロールさん!」


 キーファを肩車し、ダンジョンを疾走していると目の前に現れたのは身長3メートルはあろうかという2匹の巨人。

 青い肌と丸太のような腕を持ち、得物として巨大なハンマーを持っている。


 <は? 上層でいきなりトロール!?>

 <ダーク・アビスやべぇ>

 <さすがにヤバない? ドラゴンよりは弱いとはいえ……2体もいるし!>


 ざわつくコメント欄。

 ウチのフォロワーがキーファを驚かそうと大げさなコメントをするのはいつもの事である。


「さすがキーファは物知りだな!

 ほんで、コイツつよいの?」


 <知らんのかい!>

 <いつも通りパパ、モンスターに興味なさすぎで草>


「ん~~、ぱぱよりは弱いと思う!」


「おっしゃ!」


 にぱっと笑ったキーファの頭を優しく撫でる。


 <キーファたんかわよ>

 <トロールは弱くないよ? AAランクだよ?>

 <もしかして、キーファちゃんの判断基準ってパパなの?>


 盛り上がるコメント欄を尻目に戦闘準備を整える。

 弱いモンスターなら問題ない。


 俺はキーファを床に降ろすと、軽く構えをとった。


「まだまだボスは先だもふ! キーファちゃんの手を煩わせるわけにはいかないもふ! ここはケンちゃんに任せるもふ!」


「わ~い、頑張れぱぱ~♪」


 背中にしょったくまさんリュックからポンポンを取り出すと両手に着け、応援してくれるキーファ。


(うおおおおおおおおおおおっ!? 可愛すぎるぞキーファ!!)


 予備のドローンを使って、余すことなくキーファの応援を超高画質で記録する。

 これは俺の大切フォルダに永久保存しよう。


 <この子可愛すぎて草>

 <ドラおじの娘ちゃんなの?>

 <総合スレから今来た……って、カワイイが溢れてる!?>


 くくく……フォロワー共もキーファの愛らしさに骨抜きのようだな。

 いつの間にか視聴者数もいちじゅう……一万を超えている。

 良きかな良きかな。


 それじゃ、ザコモンスターをやっつけてどんどん奥へ行こう。

 気を良くした俺は、トロなんとかに向かって地面を蹴る。


 ブンッ


 <……え?>

 <速すぎない? 一瞬消えたぞ?>


「おらっ!」


 ドンッ!


 トロなんとかAに右ストレートを叩きこむ。

 一撃で半身が吹き飛んだ……やはり強くない。


 ガ、ガウッ


 慌てて獲物のハンマーを振り下ろしてくるトロなんとかBだが、右ストレートの反動を利用し、トロなんとかAの胸を蹴った俺は余裕をもってハンマーをかわす。


「これで、終わりだっ!!」


 トロなんとかBの懐に飛び込み、かがんだ俺はヤツの顎めがけて思いっきりアッパーカットを放つ。


「うらあっ!!」


 ドガッ!!


 トロなんとかBの巨体は天井にめり込み……あっさりと最初の戦闘は終わったのだった。



 ***  ***


「……ありゃ?」


 フォロワーの反応はどうなっただろうとスマホを開くと、

 <【書き込みが殺到したため、一時的に表示を制限しています。順次反映されますのでしばらくお待ちください】>

 との文字が表示されていた。


 なんだなんだ?

 配信システムのことはよく知らないが、サーバーエラーだろうか?

 トロなんとかばりに弱いサーバーである。


「まあいいや、順調に視聴者も増えてるようだし……このまま奥へ行こうか!」


「うんっ! やっぱりぱぱはスゴイな~!!」


「キーファの応援のお陰だぞ?」


 わずか数分で視聴者数が1万人を超えた……過去一順調である。

 俺はキーファを肩車しなおすと、ダンジョンの奥へと進んでいくのだった。



 ***  ***


「そ、想像以上ね……」


 目の前で繰り広げられる”ダンジョン配信”のありえなさに、めまいがしてくる。


 ドラゴンズ・ネストに潜るレベルの探索者なのだ。

 ドラゴンを倒したと言っても高価なデバフアイテムやデバフ魔法を使ったり……

 入念な事前準備をしたうえでの戦闘だと考えていた。


「まさか……力技での正面突破なんて!」


『ドガッ!!』


 今もまさに、グランキメラ(A3ランク)が”パパ”の拳に吹き飛ばされた所だ。


 彼らが利用していた配信サーバーはすぐパンクしてしまったため、サーバーの管理会社と交渉し、凛の権限で桜下プロダクションのサーバーにアドレスを転送した。


 ドラゴンを拳でブッ飛ばした噂の男が配信をしているという口コミは瞬く間に広まり、現在の視聴者数は100万人を超えている。

 日本国内だけでなく海外からのアクセスも多く、アーカイブ配信の依頼も桜下プロダクションへ殺到している。


「最上級の配信サーバーを押さえて! 最優先!」


「それと、権利関係の調整をお願いするわ。

 予算は青天井よ! 私の電子印を使っていいから!」


「プロモーションプランを考えておいて! 契約したらすぐ開始よ!」


 ……彼らは桜下プロダクションの所属ではないのだが、この配信を見てライバルたちも動き出すだろう。

 できるだけ迅速に動く必要があった。


「さて……」


 同僚や部下への指示を出し終え、一息つく凛。


 配信を見て分かったことがいくつかある。


 ケントは圧倒的な戦闘力を持っているが、戦い方は粗削りで魔法も使えない。

 過去の記録を漁ってみたところ、7年ほど前に起きたダンジョンブレイクの生き残りで探索者養成校への在籍記録はなく、どこかのギルドに所属したこともない。


「けど、ダンジョン協会への登録はされていたわね……」


 ダンジョンブレイクの直後、大屋ケントという人間が協会メンバーとして登録されていた。記録の更新はされておらず、膨大な記録の中に埋もれたままになっていたが。


「それに」


 彼は娘であるキーファを何よりも大切にしており、彼女のアピールに余念がない。


「”差”を付けるとしたら、そのあたりね」


 この配信が盛大にバズるのは分かり切っている。


 ケントとキーファの人となりを知るため、過去の配信動画を見始める凛なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る