後悔の意味
森本 晃次
第1話 大失恋
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和4年4月時点のものです。
今年、30歳になる湧川陽介は、最近、
「自称:大失恋」
をしたという。
付き合っていた女から、
「もうあなたはいらない」
とまで言われたのだ。
湧川は、田舎の大学を卒業し、都会の会社に就職した。都会と言っても、東京、大阪ほどの大都市ではないが、一応県庁所在地で、それでも駅前一体は、商業ビルや、ショッピングセンターが建ち並んでいるが、商店街を抜けると、幹線道路が通っている程度で、次第に田舎の光景が広がってくる。
この街に住み始めて、2年が経った。仕事は最初営業だったので、他の支店を数年間、短い周期で渡り歩いていたが、
「支店の仕組みが分かっている若手を、本部のシステムにほしい」
ということで、湧川に白羽の矢が立ったのだ。
最初、システム部など、まったく畑違いだと思っていたので、当時の支店長に、転勤の辞令を受け取った時、
「何をするところですか?」
と聞くと、
「よく分からないけど、マスター登録する部署なんじゃないか?」
と言われた。
まあ、そもそも、営業という仕事に対して、そんなに執着があったわけでもないので、二つ返事で、了解した。了解しないと、クビも同然だからである。
この会社の本部がある街であり、地元企業としては、大きな会社ではあった。
「入社式以来だな」
と思って、本社が入っているビルに向かった。
今は全国展開の大企業ともなれば、都心部に支社や支店を構えているところは少ない。郊外に物流センターなどの拠点を作って、そこに機能を移行したりしているからだ。
そういう意味で、都心部のビルは、結構空きがあったりしていた。特に駅前の商店街は、昔ほどお賑わいはない。それこそ、郊外の幹線道路沿いに、大型商業施設ができたりして、客はそっちに取られるという時代があったことで、昔からの商店街は、すたれてしまっていた。
あれだけ都会に集中していたオフィスも一気にクモの子を散らしたように、なくなってしまった。
駅前には、百貨店や大型スーパーがいくつもあったのに、今もあるにはあるが、都市開発とも重なって、次第に縮小傾向にあった。
駅前のビルは次第に老朽化していき、最初に開発した頃から、時期的に半世紀ほど経ったビルがほとんどとなっているので、一気に建て替えを余儀なくされたのだった。
地域ごとにビルを潰して、立て直し、さらに次の地区へと移行するという形での都市開発になるようだった。
この街の市長というのが、とんでもないやつで、一時期流行った、
「タレント議員」
と言われる中の一人で、この男は、元アナウンサーだった。
結構長い間、市長に君臨しているが、アナウンサー時代からいろいろなウワサのあったやつで、
「なんでこんなやつが、市長なんかできるんだ?」
と思っていた。
正直、
「他に誰もいないんだろうな?」
としか思えなかったのだ。
確か計画名は、
「ビッグなんとか」
というような名前だったような気がしたが、よくよく考えてみれば、この計画は最初からばかげている。
そもそもこの計画は、
「都市開発と老朽化の両面から、都市を活性化させるために、企業のオフィス誘致を行う」
というのが、大きなものだった。
だが、考えてみれば、いまさらどこの企業が、都市部の家賃の高いところにオフィスを設けようというのか?
昭和の終わり頃から、バブルが弾けた時代にかけて、家賃の高い都市部のオフィス街から次第に郊外の物流の拠点に移りつつあった流れによって、今は都市部に事務所を借りる会社はほとんどいなくなったではないか。
しかも、今の時代は、
「オフィスを持たない」
というノマドウォーカーであったり、貸事務所を一人用として借りるのであれば、まだいいが(ひょっとすると、そういう計画なのか?)、もしそうでなければ、誰が借りるというのか、さらに、今の時代は、会議であったり、商談など、ネットを使ってにリモートが増えてきている。
元々推進はしていたが、なかなか軌道に乗っていなかったが、それが、数年前のパンデミックにより、有無も言わさずのリモートワークになってきたのだから、それこそ、事務所を新しく持つなどという時代に逆行したような話、現実味に欠けるというものだ。
そんな時代を考えていると、都心部にオフィス街など、幻想以外の何者でもないではないか。
まるで、昔の、東京丸の内のような街をいまさら作ろうというのか? ここまでくると、「税金の無駄遣い」
というだけでは済まされない暴挙である。
「まあ、選挙期間中に、不倫をしていただけのことはある」
と、根拠のないウワサを流して、楽しんでいる人がいるのも、無理もないことだろう。
パンデミックの時の対応もひどかった。
そもそも、この市長は、
「都合が悪くなると、雲隠れする」
とも言われていて、あれは、伝染病が流行した年の最初のハロウィンの時であったか、東京都知事は、
「渋谷には来ないでください」
と言って、警戒していたのに対し、この市長は、
「感染対策を行って、楽しんでください」
などという、暴挙を通り越した宣言などをするものだから、若者の勘違い連中が街に溢れ、その後の伝染病蔓延に一役買い、しかも、バカな連中が逮捕されたりと、全国にその恥を晒したこともあったくらいだった。
こんな情けない市長がいる街で生活しなければいけないということを感じながら過ごしていたが、それでも、赴任2年目で彼女ができた。
年齢的にもそうだったが、真剣に結婚してもいいと考えた相手でもあった。
今まで、誰とも付き合ったことがないわけではなかったが、
「付き合った」
というには、微妙なくらいの期間しか一緒にいなかった人ばかりだったので、結婚どころか、
「恋愛ごっこ」
に近かったといってもいいだろう。
だからこそ、付き合った期間は短かった。長くても3カ月という程度で、いつも、理由も分からずに、
「あなたとはもう終わり」
と最後通牒を突き付けられていた。
中には、何も言わずに去っていく人もいて、それでも理由が聞きたくて詰め寄ると、
「あなたが嫌いなのよ。せっかく自然消滅させて、傷つけないようにしようと思ったのに、そういうところが嫌なのよね」
と言ってキレられることが多かった。
何が悪かったのか分からないが、最初はいいのに、なぜ、数か月でここまで変わってしまうのか、見当もつかない。自分が悪いという意識がないから、これも仕方のないことだが、とにかくいつもいきなりなのだ。
態度なのか、言動なのか分からない。いや、キレた彼女たちのいうように、理由が分からないところがイライラするのか、とにかく、その時に自分にはまったく分からなかった。
そんな湧川だったが、知り合ったのは、偶然だった。友達と飲みに行った時だったが、その友達というのは、同じ大学から、一緒に今の会社に入社したやつだったのだが、彼は家が家業をしていて、いずれは、家業の方に入社するということの条件で入ってきていたやつで、一種の修行のような形だったのだが、ちょうどその期限がきたということで、会社を辞めて、家業である、製造メーカーの方に入った。
最初は平扱いだったが、2年も経てば、すでに部長職のようで、その分、羽振りもそれなりにいい。
親も、相当なもので、
「若いうちに、遊びを知っておくのは大切なことだ」
ということで、少々の、
「おいた」
は、親が許してくれていた。
その分の給料は貰っているようで、湧川は、その恩恵にあずかっていたというわけだ。
大学時代、女の子と付き合っても、ほとんどが数か月では、どうしようもない。だから、大学卒業するまで、童貞だったのだ。
この友達とも、同じ会社に就職したことで、お互いに意識するようになったわけで、学生時代のお互いを知ることはなかった。就職してから、
「見たことがあるやつだ」
とお互いに思っていたようで、入社式の日から、仲良くなり、赴任先がバラバラになったが、連絡だけは取り合っていた。
すでに、研修を終えて、経営学に関わるような、
「帝王学」
を学ぶために、本部勤務となっていた友達と、2年ぶりに本部で一緒になったということだ。
しかし、それから少しして、友達は自分の会社の経営に参加するために、退職していった。
それでも、仲は相変わらず良く、連絡も取り合っていた。しかも、連絡は湧川よりも相手からよこすことが多く、よく、街に繰り出したものだ。
すでに、友達の驕りで、風俗ではあったが、童貞は卒業していた。
風俗の感想を聞かれた時、
「まあ、こんなものかというところかな?」
と、曖昧に答えたが、これはあくまでも照れ隠しであり、正直、
「どうしてもっと早く来ようと思わなかったんだろう?」
と感じたほどだった。
付き合った女性たちからは、謂れもない文句を言われて、皆自分から去っていったではないか。しかし、風俗の女の子は、優しく接してくれて、何よりも癒してくれる。
「そりゃあ。お客さんだからな」
と言われればそれまでだが、お客であっても、優しくされると、これほど嬉しいものはないということを、いまさらながらに感じたものだった。
いくら客と嬢ではないといっても、まるで相手の尊厳を考えない女よりも、風俗での関係とはいえ、求めていたものをすべて与えてくれる人がいるのであれば、
「俺は、風俗の方がよほどいい」
と思っていたのだ。
「な、そうだろう? 風俗というのは、男を癒してくれて、欲望を満たしてくれるそんなところなんだよ。俺は思うんだが、それの何が悪いというんだ? お金を払って、欲望を満たすのが悪いのだといえば、食欲を満たしてくれる食堂はどうなるんだ? 買い物をするショッピングだって、同じじゃないか? 物が欲しいと思って、お金を出して買うわけだろう? それが悪くないのに、なぜ、風俗が悪いというんだ?」
と友達は言った。
「でも、女を買うというのは、まるで人身売買のようじゃないか?」
というと、
「そりゃあ、昔はそういう傾向があったけどね。でも、今はそうでもないさ。女の子は好きでこの仕事をしている子も多いし、それよりも、いろいろな理由でお金がほしいと思っている人だっているだろう? 売春防止法というのがあるから、悪いことのように見えるけど、ソープランドなどは、ちゃんと法律があって、それをキチンと守っていれば、それは立派な職業なんだよ。それを影でやっていたりするところがあるのが問題なだけで、立派に看板を出して営業しているところは、風営法さえ、守ればいいんじゃないのかな?」
と友達は言っていた。
湧川は、ちょっと興味があったので調べてみた。
そもそも、風営法というのは、幅が広いもので、性風俗だけではなく、ギャンブルや、スナックやバー、さらにはゲームセンター、パチンコ屋などの娯楽施設も網羅しているものである。
そんな中で、ソープランドや、ヘルスのような職業は、性風俗に特化した、
「特殊性風俗」
と呼ばれる分野に属している。
これらは、基本的に、
「風営法に守られている」
のであり、風営法が基礎になり、各都道府県の条例によって、決められているというのが、ほとんどのようだ、
例えば営業時間は、基本的に、
「深夜時間帯を除く」
というものらしい。
風営法でいうところの深夜時間というのは、
「午前0時から、6時まで」
を差すのだという。
つまり、逆にいえば、営業時間は、
「午前6時から、午後23時59分まで」
ということになる。
ただし、これは、店舗型の店に言われることであり、出張、派遣型として定着している、いわゆる、
「デリヘル」
と言われるものは、24時間の営業が許されているということになるのだ。
さらに、それぞれの都道府県では、店舗開設が許されている地区が一部しかなく、要するに、
「性風俗営業が営める地域は、自然と集中してしまう」
ということである。
東京でいえば、吉原、神奈川なら、川崎の堀之内、札幌のすすきの、神戸の福原、福岡の中州などと呼ばれるところである。
ただ、これらの有名な場所のほとんどは、元々、遊郭があった場所だとされる。そう考えれば、都道府県が設立許可をしている場所が決まってくるのも分からなくもないというものだ。
しかし、全国は広く、かつて遊郭でも何でもなかった、それこそ、何もなかったところに突如として、風俗街が出来上がったというところもある。
それが、琵琶湖のほとりの、雄琴や、金津園と呼ばれる地域である。特に雄琴というと、関西では、
「神戸の福原と並び称される」
と言ってもいい歓楽街である。
だが、なぜそのようなことになったのかという理由の一つが、都道府県における、条例の問題だった。
関西というと、大きさや規模の面で、
「都構想」
という発想があったほどの大都市があるではないか?
その大阪府の条例では、
「ソープランドを作ってはいけない」
というものがあるようだ。
だから、歓楽街を作るうえで、いろいろ紆余曲折があったのだろう。
「風紀が乱れないようにするべきか、それとも街の活性化を優先するか?」
というところでお葛藤があった中で、温泉街としては有名だった、琵琶湖のほとりの雄琴がソープ(旧トルコ風呂)街として脚光を浴びたのだ。
ここは、京都からも近く、琵琶湖のほとりという観光にも適している。近くには比叡山などもあり、街の活性化には十分に役立ったということだろう。
こういうところもあるくらいに、いろいろな地域ごとの事情から、特殊性風俗の歴史も成り立っているのだった。
話は逸れてしまったが、湧川も、先輩から連れていってもらったソープで、無事に童貞卒業ができたのだが、実は、少し嵌ってしまったのであった。
お気に入りの女の子がいて、月一くらいの割合で、通い詰めていた。お店が大衆店だったので、サラリーマンの給料でも、少々切り詰めれば、ひと月に一度くらい通うことは可能であった。
癒しを求めていくのが、一番の目的だったのだ。
そんなソープ遊びは個人的な楽しみとして、先輩とは時々飲みに行っていた。
「あんまり遊ばずに、お金を貯めることもしないと」
という人もいるが、
「若いうちにしかできない遊びもある」
と思っているので、しばらくは、こんな生活を続けていた。
だが、そのうちに、先輩と飲みに行った先で、ちょうど、先輩の工場にパートで来ている人が偶然来ていた。その時、母娘で来ていたのだが、友達とその娘とは何度か面識があったようだ。
ただ、彼女には彼氏がいたし、友達は、特定の彼女を作るということをしなかったので、友達というところであった。
どうやらその時。友達と、彼女の方で、
「密談」
が行われていたようで、
「今度また、飲もうな」
と先輩が言って、彼女が目配せをしていたので、何やら二人で企みがあるとは思っていたが、それがまさか自分を巻き込んでのことだとは思ってもみなかった。
いや、自分を巻き込んでという客観的な見方ではなく、
「自分を中心に」
というべきであった。
実際に、それから一カ月もしないうちに、友達から連絡があり、
「この間の、パートの奥さんの娘さんがいただろう? 彼女も誘って飲むことになったんだが、お前も来ないか?」
ということであった。
湧川も別に忙しいわけでもなかったし、実際に少し寂しいという思いもあったので、人と話ができるのが嬉しかったので、
「ああ、いいぞ」
と二つ返事で了解した。
店はいつも行くあの店で、友達とは、店で待ち合わせということだった。
約束すれば、その時間よりも、少なくとも10分前には現地に到着している湧川は、その日も待ち合わせの7時をその10分前にはついていたのだった。
店は、7時からなのだが、馴染みの店で、女の子も、ママさんも知っている仲なので、店に行って、
「ちょっと早かったかな?」
と言っても、
「いいわよ、そこで、ゆっくり座っていて」
と言われた。
店は7時に開くが、客が増えてくるとすれば、9時過ぎくらいであろうか? それまでは、客がいてもまばらであり、ほぼ単独の客が多いのが特徴である。
スナックというのは、そういうもので、二次会以降に利用されることが多い。だから、7時から9時までは、ほぼまったりなのだが、実は、まったく客がいないということの方が珍しいという。
「結構ね、一人で来るお客さん多いんですよ。私たちに愚痴を聞いてもらいたいと思っている人なんだと思うけど、そんな人たちは9時以降にくれば、団体客がいたり、カラオケがうるさかったりで、落ち着けないし、私たちも一人だけにかまっていられないでしょう? だから、皆、7時過ぎくらいに来て、適当に愚痴を言いながら、飲んで帰るというのが、一つのパターンなのよ」
と言われて、ニッコリと笑った湧川は、
「それって、俺のこと?」
というと、ママさんも笑って、
「さあ、どうかしらね? でも、私たちもそれって結構ありがたいのよ。自分たちだけで孤独に店の開店準備をするよりも、話を聞きながらの方が結構はかどったりするの。一生懸命に話をしている相手には悪いんだけどね?」
「じゃあ、適当にいなしているというわけ?」
と聞くと、
「そういうわけでもないけど、毎日の単純作業に、インパクトがあると、時間があっという間だったりするのよ。しかも、売り上げにもなる。本当にありがたいのよ」
という。
確かにそうだ。開店を9時にしても、結局。同じ時間から準備をしないといけないのであれば、準備をしながら、営業できるのであれば、これほどいいことはない。どうせ、女の子の自給だって、準備の時間も同じなのだからである。
店に着くと、いつものように、馴染みの女の子が、
「もうちょっと待ってくださいね」
と言って、せっせと掃除をしていた。
今までにこの時間に来た時は、いつもこの子だったような気がする。結構、毒舌なところがあるが、そのくせ、面倒見のいい子で、細かいところにもよく気が付く。そういうところには疎い湧川は、いつも感心していた。
大体ママは、いつも集金などが忙しいのか、やってくるのは、9時前くらいの忙しくなる前であった。それまでは、彼女一人のワンオペでちょうどよかったのだ。
と言ってもまだ7時前なので、フライングしているのはこっちなので、店の中に入れてもらえるだけでもありがたいというものだ。
ただ、それも、事情を知っているからできることであり、考えてみれば、この店で7時待ち合わせというのが、一番多かったような気がする。
少々遅れても、先に飲んでいればいいだけで、この店はそういう気楽なことができる店でもあったのだ。
ボトルは、友達の名前で入れていて、早く来たら、勝手に飲んでいていいことになっている。そもそも。約束の時間に遅れるのが悪いということを、友達本人は分かっていることであった。
その日も、
「少々遅れる」
と、ギリギリになっていってきていたので、
「まあ、いつものことだ」
とばかりに、気にもせず、来るのを待ちながら、一人でチビリチビリやっていればいいということだった。
すでに、ボトルと、氷に水は用意されていた。いつでも始められる用意は整っている。だが、ここではフライングをするつもりはない。さすがに20分遅くなると、勝手に始めることはあるが、それまでは自分から始めようとは思わない。20分がデッドラインで、そこから先は、
「まったく違う状況」
ということであった。
というのも、20分以上遅れるのであれば、それは、すでに最初から待ち合わせという概念ではない。
「最初から相手が7時20分に来るものだ」
ということで開き直っていないと、気持ちが整理できなくなる気がするのだ。
だから、20分遅れると、
「勝手にやっていてもよかった」
という理屈になり、それまでの20分を忘れるようにしていた。
それは、その20分が無駄だったと思いたくなかったからである。
忘れることで、無駄だったと思わないというのは、一見、矛盾しているかのように思うが、そうではない。
忘れるということは、
「最初からなかったということ」
であり、
「最初からなかったものであれば、無駄だったという意識もない」
というものだ。
それが開き直りであり、ストレスや怒りと言った余分な神経を使わなくてもいいということになる。
それを考えると、20分というデッドラインは、ちょうどいいラインなのかも知れない。
しかも、そのことは、今日7時から入っている女の子は分かっている。だから、彼女も開店準備をしながら、20分という時間を図っているのだ。
もうすぐ20分というあたりで、つき出しを出してくる。その時に彼女はちゃんと聞いてくれる。
「つき出しは、一つでいいですか?」
その時が、湧川にとって、一番困る時間で、あと少しなので、来ない可能性が高いので、それまでの20分をなかったと考えるか、それとも、ここが7時だと考えると、約束ちょうどということになり、来る可能性が高くなる。なぜなら、友達の20分のデッドラインを知っているので、連絡してこないということは、
「それほど遅れることはない。連絡を入れるくらいなら、さっさと来てしまった方が早いだろう」
と思うに違いない。
それを思うと、いつも、
「つき出しを2つ」
と答えるのだった。
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