たぬきの漫画


「え?! 入賞? 俺が漫画家?!」

 小さなアパートの部屋で若い男性は驚いていた。

 何を隠そう彼は、人間に擬態している純粋の狸だからだ。人間界での名前は『桜井さくら』

 狸の掟で人間に化ける事は、いまでも禁じられているが、彼は人間界の漫画にハマり、どうしても漫画家になりたかった。その結果。桜井は掟を破って漫画を描いていたのだ。


「……。俺自身漫画家になるため。人間界へいったものの。まさか適当な漫画を投稿したら、一発で入賞するとは……」


 桜井はこの部屋に住んでから漫画を描きまくっていたが、なかなか良いものが出ず。悪戦苦闘していた。

 目指している雑誌はあったものの、桜井自身は納得のいくモノが描けなかった。

 でも締め切りが近くなってきたので、ざっくりとした内容のギャグ漫画を描いて望んでない雑誌に投稿。

 内容はスケベな狸が、女性をあの手この手で猛アピールするというものだ。オチも彼は納得していない。


「こんな。適当なモノ描いて入賞なんて……。なんだか嫌だな」

 若い狸は複雑な気分で興味ない雑誌を読んでいた。


「これって何かの間違いじゃないかな? こんなモノよりも、自信作が入賞したかったよう……。とりあえず。漫画完成したから、ギャグ漫画の件含めて出版社に持って行くか」


 桜井は、憧れの出版社に持ち込みの電話をかけ、日時を決める。いまから一週間後みたいだ。


「あと。一週間後か。先は長いけど、新しいネームでも描いておくか」

 人間に化けた狸は、今か今かとネームを描きながら待ちわび、ついにそのときが来た。



 持ち込み日。桜井は揺れ動く電車を三十分乗り、出版社まで駅から歩いて行く。


「ここか。葉隠社は」と、彼は心ときめかしながら呟く。

 この出版社は『少年ドロント』が有名で、桜井という狸は看板作品の『マウスムース』という漫画のファンだ。


 ほのかに獣くさい若い男性はロビーで待ち合わせし、約束した編集者と出会う。


「初めまして。桜井さんでしょうか? 僕は遠海えんかいと申します」

「は、初めまして。桜井と申します。よろしくお願いします」

 


 スーツ姿の彼は漫画家志望をテーブル近くの椅子に腰掛けるように案内する。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、それでは原稿の方を……」


 遠海えんかいはそう言い、桜井はカバンから原稿を恐る恐る出す。


 原稿受け取る編集者。彼は本当は読んでないんじゃないかという早さで作品を眺めていた。

 五分も満たない時間に男は読み終えたのか持ち込み漫画の束を最初から綺麗にまとめる。


「……どうでしょうか?」人間に化けた狸の漫画家志望は恐怖に屈せず質問した。


「──もう一回読みますね」編集者はそう言うと原稿を読み返す。


 さっきよりも短い時間で漫画をまとめ、桜井に向けて口を開く。


「読ませていただきました。桜井さん」



 彼の描いた漫画は狸と人間をテーマとした恋愛を中心としたバトルモノ。もちろん主人公は狸だ。

 濃厚な人間ドラマと熱いバトル、誰が見ても傑作だと感じるだろう。

 漫画家志望の狸にとってこれが自信作。連載確定と自画自賛している。


 しかし、現実はとても非情だった。



「うーん。設定は面白いんだけど。なんだかゴチャゴチャしていてよくわからなかったです」


 桜井は空いた口がふさがらなかった。


「え?! どういうこと……」

「そのままの意味です。まずは良い点からです」


「いやいや。良いところしかないでしょ」

「まずは話を聞いてください。気を取り直して、この漫画は世界観と狸と人間の恋愛に着眼しているところが良かったです。画力やキャラも悪くないです」


「だったら、傑作レベルじゃ……」


「ここからが本題です。この漫画のストーリーが良くわからなかったです。バトルモノなのか恋愛モノなのか読者は混乱してきます。あとは次から次へとでてくるキャラが多すぎて覚えきれません」


 遠海の辛辣な言葉に桜井は焦るように、言葉をいう。


「れ、連載版はそれよりもキャラが多いです」


 狸顔な彼の情けない言い訳の声が出版社の持ち込みフロアに響き渡る。

 だが、編集者は淡々と反論する。


「連載なら良いのですが、読み切りの場合はキャラを多くて主要キャラが三人までにしないと」


「少なすぎます! だってマウスムースのキャラは百体いて、なおかつ、いろんなジャンルの要素が入っている……」


「それはあの漫画が長期連載だからです。初期ではキャラは少なくバトル中心でしたので」


「でもでも、この漫画は連載とれるぐらいの大作なんですが……」


「言い訳しても作品の評価は変わりませんよ。桜井さん。そんな子供みたいにダダこねてもだめですからね。まぁ、狸とヒロインの恋愛描写はとても良かったんですけどね。共感出来ましたし。カタルススも感じました」


 またしても、編集者の厳しい意見を直に受ける桜井。


 桜井のメンタルはボロボロだ。しかし、彼はひっそりと企んでいた。



(……もし力作がコテンパンに批判されたら、この道具で……)


 彼は陰で原稿が入っていたものとは別のカバンからなにやら怪しい道具を出してきた。


 見た目は“おにぎり”に似ていて、それは人間が喰らったら、理性が壊れ、ところ構わず暴走する危険な代物。

 ただし、狸族には効かない。その民族が暴走したら破滅だから。


 桜井にはそのぐらい悔しかった。プライドをズタボロにされたからだ。


(許せん……。あの編集者。俺の作品をコケにしあがった! 絶対、人生を壊してやる)



 

 彼はそう決意する。そして、編集者に投げつけた。

 黒い霧がかかり、編集者の姿が見えなくなる。


「どうだ! まいったか」



「それがどうしたんですか?」


 遠海えんかいは理性保っており、なんともない。桜井は驚愕している。


「え?! どうして」

「だって俺は狸だから」


 彼は人間体から、桜井にとってなじみ深い動物に姿へなっていた。

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