美味しいお肉

 サヤという少女はお父さんが好きだ。


 少しぽっちゃりしていて、優しい性格で、勉強を教えるほど頭も良く、眼鏡がチャームポイントの何とも可愛らしいお父さん。


 しかし、数日前にどこかに出かけたきりいなくなってしまった。今のところ行方不明だ。通信不通で彼女は心配になっていた。

 その日の夜、不安を取り除くよう母に今日の献立を聞くことにした。


 「お母さん今日のご飯何?」

 少女は母に向かって質問を投げる。

 

 台所にいた母は手を止め。

「今日は美味しいお肉を使ったハンバーグよー」

 母は背筋を凍るような不気味な笑みを浮かべる。

 

「美味しいお肉……? どんな高級の肉なの?」

 

「ふふ、豚や牛よりも美味しいお肉よ〜」

 淡々と肉をミンチにする母。

 

 少女はうっすら母の顔を見る。目が笑っていない。人間じゃないみたいだ。


 数分が経ち、出来上がったハンバーグが食卓に出された。見た目は普通の肉料理で豪華にデミグラスソースがかかっている。

 一口食べたら舌が踊り、病みつきになるだろう、と言わんばかりの料理だ。

 

 しかし。少女はハンバーグに向かって空中に指を刺し、疑問に思う。

 

「……これって人でしょ?」

 少女は蔑んだ目で母の方を見る。

 

「え? なんでそう思った?」

「だって、美味しいお肉って言って、何も詳しいこと言わなかったら、だいたい人の肉じゃん? 安易なホラー展開にありがちなことね」ため息を吐く少女。

 

「ち、違うわよ」

「ふーん、じゃなんでお父さん数日も帰ってきてないの?」

「そ、それは……」

「やっぱりそうじゃん! そのハンバーグお父さんじゃん!」

「本当に違うのよ! 今使うやつはヒツジの肉を使ったハンバーグ。ほら? 人じゃないでしょ?」

 

「羊と偽って人の肉といえるよね? みんな食べたことないから」

「あ、当たり前じゃない。人の肉なんて……」

「そう! だから私に食べさせるの。知っている? 共食いしたらなんか苦しんで死ぬらしいよ。私はそういうことをしない」

 

「しない……」

「ええ、そうよ。私は純粋な人間だから! そもそも羊肉のハンバーグって聞いたことないわ」どんどん怒りをあらわにする彼女。


「なんで! お父さんを殺した! 許さない……許さないから! 返してよ私のお父さん!」感情を込めていう少女。


 それを見た母は不思議に思い。

「逆になんで人の肉だと思ったのかしら?」母は少女に尋ねる。少し声が震えていた。

 

「だって私の鼻がいつも食べている肉と違うと感じたからよ」

「鼻……。そう、あなたは誰だかわかる?」

「え? 何言っているお母さん。私はサヤ。れっきとした人間よ! ……待って、人間って確か今の時代……」




 

「……まだ、人間としての知識が足りてないみたいね」

 


「え?」

 

 するとサヤと言う少女の後頭部に向かって弾丸が撃たれる。

「なっ、なんで」

 サヤが振り向くと、数日行方不明だった眼鏡をかけている父の姿が目に映る。

 

「お、父さん……」

 そして彼女は倒れ、父はスタスタと横たわった彼女の近くまで歩く。

 

「お父さん……いえ、金子博士。随分と遅かったようですね」母らしき女性は彼に話しかける。

 

「あぁ、研究材料を集めてたら数日も開けてしまったよ」

 弾丸の煙が香る拳銃を床に置き、ため息をつく金子博士。

 

「やはり、この子は失敗作だ。こんだけ人間扱いしても彼女はまだ獣の姿のままだった」

 サヤの姿が変わり、人間から四つん這いの狼になる。

「ええ、この獣には人類の希望であるサヤにはならなかった」

「せっかく家族ごっこを敷いていたのに、このザマなんて……。科学者の自分にとって最悪な結果だ」

 

「ええ、そうね金子博士。私は何回も母役やらされてもう飽き飽きしているわ」冗談混じりに行っているのか、まんざらでもない表情を浮かべる都上。

 

「すまなかった、都上さん。君に何度も俺のために、こう言うくだらないことやらされて」

「別にいいのよ。だって人類の希望を作りたいんでしょ?」

「あぁ、希望と言う純粋な人間をね。」

 

「ごめんなさいね、私に生殖機能があれば……」申し訳なさそうに都上はいう。そして激しく後悔していた。

 

「大丈夫さ、遺伝子を組み替えて、動物を人間と同じにすればまた人類は復活する」

「そして、この世界に純粋な人間は存在しない。いるのは急激に進化した喋る動物しかいないからな」

 金子博士はゆっくりと椅子に座り、淡々と話す。

 

「それに加えて私たちは、喋る動物に知らされることもなく、コソコソと生きている」都上は金子博士の目を見て話す。

 

「せっかくこの地球の数知れない純粋な人間なのに扱いは19世紀サーカスの象以下だ。いや、知らされてないから動物どころか存在すらない」と、うつむく博士。

「だが、この実験に成功すれば、いつか純粋な人間が復活する時が来る。そのためにも俺は頑張らないといけない」

 

「最近、牛と豚を食すのは禁止にされましたからね。偉い人が牛や豚の種族が多いから」都上つがみは額に手を置き表情を暗くする。

 

「その代わりに“ヒツジ”と言う大豆肉を作られたものが、開発されたから比較的安心だな」

 と、呟く金子博士。そして彼はふぅーと息を吐く。

 

「今は元気つけるためにヒツジ肉を使った“美味しいハンバーグ”食べたいものだ。次はどの動物を純粋な人間にしようか。都上つがみさん」


 博士たちがいる世界に人の肉を使った肉料理なんて存在しない。人類は彼らを残し滅亡したからだ。

 そして残されたものは、人類を復活させるために、動物誘拐し、人間にする実験が日々行われていた――。

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