SNS探偵 〜事件はスマホ一つで解決します〜

日香莉

episode1

SNS。

日本中、いや、世界中で使用されている社会的な繋がりを提供するサービス。

そこから得られる情報は莫大な数ほどある。

それは、得するものも。損するものも。

あなたが、気が付かないうちに流失してしまっていることも…。


これはそんな現代のスマホ事情を駆使して事件を解決していく物語。


青春。




薔薇色。





高校生活にはそんな言葉が似合う。





太陽の温かい匂いが染み込む教室で、友人の坂井陸はそんな事を口にした。








確かに、ネットやテレビでそんな事を耳にする機会は日に日に増えている。







だが、それが全ての高校生に当てはまるとは限らない。





むしろ、当てはまるのは一部の人間位な気がする。






そして僕は多分、当てはまらない。





とは言っても対称の灰色でも無い、と信じたい。





僕はいつも平均的だから。





いや、だったから。




なのかも知れない。



今日、この時までは。






僕、小笠原蛍太は目の前の机に頬杖をついたまま座っている人物に視線を向ける。





ぱっちりとした二重に、軽くカーブのかかった長いまつ毛、きれいなほどストレートに伸びた黒髪。






黒地のスカートは膝下まで伸びていて、真面目ということがひと目で分かる。





清楚、そんな言葉が似合う彼女は、どこから見ても完璧なパーツを持ち揃えていた。






が、しかし、その瞳は凍えそうなほどに冷たかった。




そして、その瞳はなぜか真っ直ぐに僕を刺している。





この場から逃げたい僕は震えながらここに至るまでの事を思い返す。





どうしてこんな事に…。





太陽の光の温かみが、ワイシャツ越しに優しく感じられる。





夏まであと少しという、ポカポカとした気持ちのいい陽気に僕は目を細める。






「おい、蛍太」





そんな僕に帰り支度を終えた陸が声を掛けてきた。


「え?」





ボーッとしていた僕は思わず抜けた声を出す。


「担任が呼んでるけど」





抑揚の少ない、掴みどころのない声の陸が指差す先にはメガネをかけた担任がドア付近で壁にもたれ掛かっていた。





パチリと目が合ってしまう。






「え、何だろ…。なんかやっちゃったっけ?」





疑問を抱え、そんな事を呟きながら担任の元へ歩く。





担任に呼び出されるような事をした覚えはない。





「小笠原、ちょっと良いか?」




僕が何か話し掛けるよりも前に、担任は隣の空き教室を指してそう言った。





「あ、はい」




拒否権のない僕は曖昧に頷いた。

教室の中は、乱雑に机や椅子が置かれていた。






壁に体重を任せた担任がなぜか難しい顔をしたまま早々に話しだした。






「小笠原、うちの高校の生徒会は知ってるよな?」






「え…、知ってますけど」






思いがけない話題に困惑する。






うちの高校の生徒会は現在、生徒会長一人で運営している。






もちろん、他に役職もあるのだが、なぜか会長が一人で十分だからとして、他の役員はいない。





一人で運営している会長は、異例な事に、当時一年にして会長になった。







そのカリスマ性と、仕事をこなしていく姿から、天才会長と呼ばれている。






集会などで何度かその姿を見たことはあるが、品が良くて優しそうな雰囲気を感じた。

確か、名家のお嬢様という噂を聞いた事がある。






「再来月に文化祭があるだろう。生徒会は運営やら見回りやらで忙しくなる。さすがに会長一人では無理だと先生達の間で意見が一致した」





「はぁ」






なぜこんな事を話されているのだろう。







目的が見えなくて更に困惑する。






そんな僕をよそに先生は重たそうに口を開いた。






「それでだ…。お前に副会長をやってもらうことになった」






「へ…?」





唐突な結論に僕の頭の中はパニック状態になった。





ぐるぐると単語が回転していく。





考えれば考えるほどわけがわからなくなり、

自分の脳みそが消費期限切れの豆腐でできているみたいに思えてくる。




副会長…?



僕が…?



ようやく意味を理解した途端、




「無理です!」





僕は廊下まで届いたであろう声で、そう叫んでいた。






エコーがかかって、声が戻ってくる。






「小笠原、これは決定事項なんだ。お前に選択肢は無い」






「な、なんでそんな勝手に…」






「会長のご指名だ」





「会長が…?」





生徒会長は僕と同じ学年の久世茜が務めている。






だが、茜は特進科。





僕は普通科ということもあり、接点は何もなく、話したことがあるどころか、廊下ですれ違った事もあるかどうかといったところだ。





指名される理由など、何一つ思い浮かばない。





「まぁ、とにかく断るにしても生徒会室へ行ってくれ。久世も待ってるだろうから」






その言葉で僕は断るため、渋々生徒会へと来た。





だが、ドアを開けた瞬間、重厚そうなイスに座っていた久世茜になぜか、冷たい視線を投げられた。




そして、今に至る。



「あ、あの。担任にここに来るように言われて…」





僕はとにかく事を進めようと茜に声を掛ける。






すると茜は僕を舐めるように見回して、不機嫌そうに何かを呟いた後、イスから立ち上がってこちらへ歩いてきた。






一体何を言われるのか…。






その雰囲気に恐怖を感じる。





「桜丘高校生徒会長の久世茜です。早速ですが、小笠原蛍太さん、あなたを本校副会長に任命します」





そう言うと、茜はピンと伸びた背筋に、品のあるたたずまいでニコリと微笑んだ。


え…?






同一人物とは思えないほど、先ほどまでの雰囲気との差に僕は戸惑う。






同じ人…?






霧の中を彷徨うかのような混乱に陥る。






「では説明を始めますね」






茜が机から数枚の紙を取り出したところで僕はハッとした。


違う。





僕は副会長になりに来たんじゃない。

断りに来たんだ。





「あ、あの。僕は副会長なんて」




「これは決定事項ですから」







僕の言葉を予想した茜が声を出した。





その言葉は一見優しく聞こえるが、強い拘束力があった。






「じゃあどうして…」




「小笠原さんが一番お人好しそうだったので」




「お、お人好し?」






苦悩が嵐のように襲ってくる。





そんな訳のわからない理由で副会長を決めるのか?






「はい、そうです。もう質問は無いですか?無いなら」




「え、あ、なんで僕がお人好しだと思うんですか?」





勝手に話を進めようとする茜に僕は慌てて声を掛ける。





「そんなの明確です。SNSで、あんな単純な詐欺に二度も合う方なんてお人好し位ですから」





茜はその大きな瞳で、僕の瞳を真っ直ぐ見て、軽く微笑んだ。





その瞬間、ドキンと心臓が跳ねる。





「な、なんでそれを…」




パクパクと口が動く。





約一年前、そして先月の二回、商品を買って、ハッシュタグをつけてネット上にアップするだけで報酬がもらえるといううたい文句にだまされ、高額商品を購入したものの、その後相手と一切連絡が取れなくなった。




そもそも、SNS自体本名でないから分からないはず…。





「友人をフォローしたり、されたりすると、繋がりから誰のアカウントか特定するのは容易になります。更に友人も合わせて過去の情報をさかのぼれば簡単に性格なんかは判明します」


茜は得意げにそう言うと、スマートフォンを見せてきた。




そこには僕のアカウントが表示されていた。





驚きで頭がいっぱいになる僕をよそに、茜は更に別の画面を見せてきた。





「もちろん、こちらも」

「うそ…」





それを見た瞬間、僕は驚愕した。




脳天に一撃喰らった気がする。


「いわゆる、裏アカウント…ですね」





そう言いながら、僕の目の前で茜は無表情のまま、スマートフォンをスワイプしていく。





「どうして」





「一般的には表で使っているSNSと同じか、似ているIDで裏垢を作ってしまった。同じ画像・写真を使いまわしていた。自分自身を特定されるような内容を投稿してしまった。みたいな、ヒントを自ら与えてしまっているケースがほとんどですね」




茜はスマホ片手に食い気味に答えた。


その言葉に僕は軽くショックを受ける。


この人、恐すぎる…。





「そんな事より、仕事について説明しますね」






めまいがする中、茜が淡々と話していく。





何?





何なの?





考えれば考えるほど、頭の中は収拾がつかなくなり、事と事を結び合う糸が絡み合ってパンクしそうになる。



そして完全にパニックになった僕は



「副会長なんて無理です!すみません!」



そう言って勢い良く生徒会室を飛び出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る