無気力になったオッサンは世界を脅かす
御片深奨
第1話 会社を退職して…再就職する気を失った
7月31日(月)晴天。
10年以上務めていた会社を退職する。
まあ、正確に言えば8月31日で正式な退職なんだけど…所謂年休消化に入るわけだ。
この数年は休みらしい休みも取れず、残業ばかり続いていたが…まさかそれを無駄な残業と言われるとは思わなかった。
いや部長様?貴方先月言ってましたよね?
『君の所の部署の離職率が高くて申し訳ない。もう少しで人員補充が出来るから』
って。
まあ、人員補給を求めて半年以上人員補給できてなかったし、事務職なのに不思議と営業の尻拭いもさせられていたんだけどなぁ…それが余計なお世話と言われたら…まあ、キレるわな。
退職届を上に叩きつけてこれまで出した改善依頼書を一つ一つ説明し、目の前でシュレッダーに掛け、引き継ぎ事項をその場で資料とともに説明したのが先週。
『仕事もロクに出来ないんだから』
と言っていた方々が後は何とかしてくれるっ!
と言うわけで。
「なーにやろっかなぁ…次の仕事かぁ…」
そんな事を呟きながら十数年来の相棒であるPC内の勤務時間外に作成した書類やプログラムを削除していく。
「末岡さん、会社辞めるんですか!?」
ちょっと声高な男性が大声を上げて駆け寄ってきた。
「辞めるんですよぉ~?」
「なんで!?僕はまだ末岡さんから何も教わっていませんけど!」
「いやぁ…誰だって出来るお仕事ですし、簡易マニュアルもあるので問題無いですよ」
「いやいやいや!末岡さんの担当している仕事ってヤバイ案件ばっかりじゃないですか!アフターフォローも出来ない人達が無茶苦茶格安で引き受けたり…」
「そういったものは彼等にやらせりゃ良いんですよ。営業が商品の事よく知っているでしょう?本来は彼等のお仕事なんですから」
後輩君の台詞をバッサリ斬り捨て関係各所に退職の旨の連絡を一斉に送信。
そして定時になったのでPCをシャットダウンして華麗に去るぜ!
「おつかれ~…ああ、そっちとモッチーさん以外の電話は着拒にしておくからそう伝えて置いてくれる?」
「ちょっ!?」
「じゃーねー。どこかの居酒屋であったら奢ってあげるよ。お金があれば」
そう言いながら会社を出て行った。
会社と自宅のちょうど中間に位置する公園のベンチに座り、息を吐く。
「───さて、マジでどうしようかなぁ」
呟きながらボーッと就転職サイトを眺めるも、なかなかピンとくる物が無い。
「まあ、こんなくたびれたオッサンは何処も要らんだろうしなぁ」
途中のコンビニで買った缶ビールを開ける。
「半月くらいは趣味に走るかなぁ」
そんな事を呟きながらビールを一口。
そしてつまみに買ったチョコチップクッキーを開ける。
甘いのと苦みと…うん。人を選ぶなこの組み合わせ。
そんな事を思いながらスマートフォンをしまい、ビールをまた一口。
そしてチョコチップクッキーを…
「……どちらさん?」
「えへー」
身長20センチくらいの羽の生えた女の子がチョコチップクッキーを食べていた。
「美味しいか?」
「うん!」
満面の笑みでそう答える彼女に「それは良かった」と返す。
意思疎通は出来るようだ。こっち日本語なんだけど。
まあ、ゲームの世界で悪魔との交渉とかあるし、イケルイケル。
一枚だけ取って残りを全部彼女の方へと寄せる。
「おじさんはこれだけで良いから、それ全部貰って良いよ」
「ホントに!?おじさんありがとう!」
わぁ、眩しい笑顔だ。
「君は何処の妖精かな?」
「ん~?…すぐそこの穴から来たの。それよりおじさん、お仕事あるよ!私達にこれを届けて代わりに私達は金貨や銀貨をあげるの!」
そんなに気に入ったのか…
「んー…取引とかすると国のお偉いさんから怒られそうだからなぁ…お偉いさんが「取引を許可する」って言ってくれたら出来るんだけどね…」
「えーっ!?」
「それに美味しいお菓子はこれだけじゃないぞ?何百、何千種類とあるんだから」
「しゅごい……人間さんのお菓子食べたい!」
「まあ、私個人が君達にあげる分には問題無いだろう」
そう言いながらコンビニで買ったエクレアを彼女に渡した。
「おっきい!」
目をキラッキラさせて両手で包装袋ごと抱え込む。
「君達は何人居るんだい?」
「んー…今は40人!みんな帰ってきたら多分60?」
結構多いなぁ…
「ちょっと待っていてくれるかな?みんなが食べられるくらいのお菓子を用意するから」
「えっ!?無理しないで!?」
慌てる子に私は笑う。
「私の退職記念さ。それにそんなに高い代物じゃないから…5分くらいで戻るから」
そう言って公園を出てすぐ側にあるコンビニへと入った。
「12個入りプチシュークリーム5つと小さなチョコチップクッキーを5個…まあ、これだけあれば十分かな」
コンビニから公園に戻ると妖精が増えていた。
「あ、おじさーん!」
始めに出会った子が両手を広げて呼んでいる。
「姉様!はしたないですよ!」
「そうです!もっとしっかりとお姉さんしてください!」
他の子達がその子に注意をしているが、無視して私を呼んでいる。
そして私が彼女に近付くと他の子達は慌てて彼女の後ろに隠れてしまった。
「はいはい…ほら、さっきのお菓子と、この小さなシュークリームをみんなで分けたら良いよ」
そう言って彼女に袋ごと渡す。
「わぁ!いいの!?」
「ああ。プレゼントだこれは交易でも取引でもないからね」
私の言葉に彼女は袋を大切そうに抱きしめる。
「ありがとうおじさん!あっ、おじさんのカバン忘れないでね!」
にぱぁ!と笑顔でお礼を言い彼女らはパッと姿を消した。
「悪戯好きって聞いたような気がするが…良い子だったな。長生きはするもんだ」
私はカバンを手にゴミを片付けて自宅へと帰った。
午後7時42分
内閣総理大臣公邸はパニックに陥っていた。
「アンタがこの国の偉い人?」
内閣総理大臣岸武夫と自主党幹事長大牟田茂は内々の話し合いをしている最中、突如声を掛けられた。
「「っ!?」」
虚空から小さな少女が現れたかと思うとあまり友好的ではない雰囲気で声を掛けてきた。
「聞いてるの?」
「あっ、ああ…聞いている。偉い人と言われればまあ、そうだ。それより君は誰なんだ」
「そんな事どうでも良いのよ。それよりも私達交易がしたいんだけど、おじさんが「取引とかすると国のお偉いさんから怒られそう」って言うから取引して良いか聞きに来たんだけど?」
「…は?」
「おじ、さん?」
混乱する二人を尻目に少女は少し苛立たしげに言葉を続ける。
「そうよ。おじさんったら黙ってたら良いのに許可するって言ってもらわないといけないって言ってたから来てあげたのよ」
「それは…」
「…個人貿易に関しては特に問題は無いが、取引するモノにもよる」
言い淀む岸とは対照的に大牟田が代わりに答えた。
「こちらの食べ物と金銀とかそういった何処にでもあるようなモノよ。その方がこっちでは換金しやすいんでしょ?」
「まあ、そうだな…」
それ以上言い切れずに黙ると少女は「確かに確認したわ」といい、姿を消した。
二人は暫く消えた場所を見続け、やがて。
「何なんだ今のは!」
「妖精だろうな…始めて見たぞ」
「妖精と貿易!?何の貿易だ!?」
「落ち着け…個人貿易と言っていたな…妖精との交易であれば空想のような薬も手に入れられるだろうな」
大牟田の台詞に岸はハッとしたした顔をした。
「相手を捜す必要があるな」
「金銀の換金を確認するのはなかなか大変だぞ?」
「しかしやらないわけにはいかないだろ?」
「まあ、そうだな…わかった。代表的な系列店に問い合わせをするくらいにはなると思うが、やらないよりはマシだろう」
岸の台詞に大牟田は少し考えるような素振りを見せた後に承諾した。
自宅について一息。
築50年の一戸建て。
両親は数年前に事故で他界。
子も妻もいない40過ぎのオッサンが色々限界を感じて退職。
基本内勤+サビ残ザビ出だらけだったのもあって情報収集も出来ていない。
詰んでるなぁ…と自嘲しながら自室にカバンを置き、着替えを取って風呂に入る。
風呂から出てキッチンへ向かい、冷蔵庫から秘蔵の日本酒を取り出してグラスに注いで部屋へと戻る。
「明日から休みだし、全部飲むか」
誰に対して言ったわけでもない独り言を呟いて一口。
「うん。うま「おじさんはっけん!」っとぉ?」
突如として声がし、慌ててグラスを置きながら声のした方を向く。
そこには先程別れた妖精の少女がいた。
「おじさん!偉い人から許可もらったよ!」
満面の笑みでそういった少女に首をかしげる。
「許可をもらえたのかい?」
「個人貿易なら特に問題無いって!偉い人と一緒に居た同じくらい偉そうな人が言っていたの」
「そっか。なら、大丈夫だね」
大丈夫なのかな?と首をかしげながらもまあ良いか、と考えを投げる。
「それで、それで!あの貰ったもの全部美味しかったわ!」
全身で喜びを表す少女に私はテンション高いなぁ、と苦笑しながらも話を聞く体勢を取る。
「それなら私も特に否はないよ。まあ、あまり沢山となると大変そうだけど…ちなみにお菓子とかだけで良いのかい?」
「私達はお菓子とお酒かしら」
おや?
「お酒もかい?それと、達?」
「ええ!近々世界扉が開くらしいからその時に色々な種族と話をしたら良いわ!」
あー…これは大問題になりそうな予感がする。
しかし今騒いでもどうしようもないし、騒いだところで与太話扱いされる。
…まあ、明日考えよう。
「お酒かぁ…どんなお酒が好きかな?」
「薬草酒は苦くてちょっと…甘い物が良い!葡萄酒も飲めるわ」
ふむ…
「酒精が強いものは苦手かな?」
「そういったものは別の種族の妖精が好きよ」
チラリとグラスを見る。
「退職祝いにちょうど一杯飲んでいたんだが、飲むかい?」
「飲む!」
「葡萄酒…ワインもあるが、まあ、試しにこの酒…日本酒もある。グラスを…いや、お猪口を取ってこよう」
私は席を立ち、キッチンへとお猪口を取りに向かった。
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