第22話「新しい気持ち」2/2

 パチッと目を開けると、白い世界にぽつりとボクが立っている。すっかり慣れたけど、ここは夢の中だ。

 Tシャツと短パン姿の自分を確認して、ホッと胸をなでおろす。

 合宿に行く前に来たかったからこれてホントによかった。毎日のように見る夢だけど、願っても来れないときはこれないのだ。


 辺りを見回すと、ぼんやりと人影が見える。背格好からしてトモセくんだっ! そう認識すると、心臓がドキドキと加速を始めた。

「うわぁぁぁ、なんかいつもとはまた違った緊張がする!」

 どうしよう、ヤバイヤバイ。どんな顔して会えばいいんだろう。というか、いつもどんなふうに会ってた?

 動揺が隠せなくて、その場でテンパる鶏のようにグルグルと歩きまわる。顔まで赤くなってきた。


 念願のコンサート会場まで行って念願の生トモセくんに会えたというのに、こっちのトモセくんがいいなんてっっっ! 無理無理無理無理、口が裂けてもそんなこと言っちゃダメだっ! というか、生のトモセくんが嫌なわけじゃない。生のトモセくんももちろん変わらず好きッ!

「・・・て、あぁぁぁ」

 もうわけわかんなくて頭を抱えながらパニくっていると、


「アキッ!」

 トモセくんが駆け寄ってくる。その姿を見たら心臓がドキンコと大きく跳ねて口から飛び出そうになり、慌ててうつむく。

 無理無理無理無理、恥ずか死ぬ!! 会いたいけど会いたいけど、いざ会ったら・・・こんなボクですみませーん!!(パニックで何言ってるかわからなくなっている)


「アキ、昨日はコンサート見に来てくれてありがとう。楽しんでくれた?」

 ボクの前に立つトモセくんに、緊張がピークに達してバッタンと倒れそう。これじゃ、夢の中で最初に会った時に逆戻りだ。

「も、もももちろん! ですます! ラヴずの皆さんの勇姿、こ、こここの目にとくと焼きつけました、で、でっス!」

 どもりすぎの声が裏返りすぎでひどい! 未だに顔も上げられない!

「・・・なんかあった? 露骨すぎるほどおかしいけど」

 推しにツッコミされたー! ですよね、コミュ障なみにおかしいですよね!


「え、えっとー・・・」

 どう返せばいいかあぐねいていると、トモセくんがポンポンとボクの頭に手を乗せて優しく撫でた。

「へ?!」

 さすがにびっくりして顔を上げると、優しい顔をしたトモセくんと目が合う。

「やっとこっち見た」

 えへへとはにかむトモセくん。(尊いっ! 好きっ!)

「もしかして緊張してる?」

「へ?!」

「学校の友達とかが普段は普通に接してくれるんだけど、コンサートとかに招待したら急によそよそしくなったりオレに緊張したりするんだよね。アキも同じ現象?」

「・・・現象・・・」


 そう言われて、思わずぷっと吹き出し笑う。

「え? 今のおかしかった?」

「現象にツボりました。でも、そうかも・・・。だって、ステージでめちゃくちゃ輝いてたから」

 笑いの涙を拭いながら肩の力が抜けたような気持ちになる。


 夢の中のトモセくんだ。ボクの会いたかったトモセくんだ。そう思うと、安心する。


「ありがとう。オレも、アキが来てくれて嬉しかった。うちわ気づいたよ! 見た時はちょっと戸惑ったけど・・・いつもしないことだから。あ、でも、アキのお願いだからしてみた」

 視線を泳がせながらも照れるトモセくんがかわいい。

「ボクも・・・見てくれただけでそれだけで嬉しいのに、うちわに書いてあることを推しにしてもらえるなんて・・・」

 目が合い、えへへとお互い自然と笑い合う。


 なんだろう、なんかくすぐったいこの雰囲気は。ボクだけ? ボクだけが感じてる雰囲気なのかなぁ。くすぐったくて、むずむずして、むずがゆいというか・・・やっぱりこれって、視線をはずしてもう一度トモセくんをチラッと上目遣いで見る。

 やっぱり、ボクは夢の中のトモセくんのことが好き・・・なのだろうか。ファンとしてじゃなくて、いわゆる恋愛感情的な・・・。

 意識すると、また緊張してカーッと顔が熱くなる。パッと顔ごとトモセくんかそらすと、トモセくんが座ろうと言ってボクの腕をつかんだ。


 知ってか知らずか、逃げると思ったのだろうか。腕をつかまれなかったら恥ずかしさのあまり走って地球一周しそうな勢いはあったかもしれない。それくらい自分の新しい気持ちに興奮・・・。男に恋をすることに自然に受け入れられている自分に驚く。相手が推しのトモセくんだからなのかもしれないけど。


 まだ腕をつかまれていることに心臓がドキドキするのを感じながら、その場でトモセくんと座る。

「あのー腕・・・」

「あ、ごめんね」

 パッと放され、やっとトモセくんの手から解放される。心臓が落ち着いたところで部活のことを思い出す。

「トモセくん、実はあさってから部活の合宿が2週間もあるんだ。だから・・・」

「合宿?」

 トモセくんと目が合ったところで、カーッとまた顔が熱くなる。そういえば、考えなしに合宿の話を出しちゃったけど、寝てる時に会うわけだから別に報告することでもなかったんだ。

「えーと・・・つまり、めちゃくちゃ顧問たちにしごかれるから、疲れて寝るから、夢見ないかも」

 言ってて恥ずかしい。会えなくて寂しいのはボクだけなんだし、自意識過剰だ。


「アキって何部なの?」(そこからかい?!)

 きょとんとするトモセくんに心の中で派手にショックを受ける。前に部活の話をしたのを覚えてるけどトモセくんはキレイさっぱり忘れている。つまりあれかな? ボクの中でトモセくんは忘れっぽい性格という印象でも持ってるってことなのかな? それとも、興味がないという自信のなさからくるやつなのか。


「剣道部です」

「剣道?! すごいっ! 合宿があるっていうことは大会が近いとか? インターハイ?」

 剣道部にインターハイなんてあるのかとトモセくんが頭にはてなを浮かべながら会話する姿が可愛くて見てて和む。


「剣道部にもあります。けど、もう終わってて」

「じゃー、アキはそれに出たんだ?」

「まさか! ボクなんて全然強くないんで。本当に!」

「オレからみたらできるだけですごいよ」

 推しに尊敬の眼差しで見られる日がくるなんて! 本当にど下手だけど剣道やっててよかった。

「夏の合宿は大会のためというより、自分を成長させるために行くって感じで。あ、でも、練習試合とか秋に新人戦とかあるのでそのためも一応・・・ていうか」

「へー。頑張って」

 グッとファイティングポーズをとって応援してくれるトモセくん。一瞬で見えない矢がボクの心臓に刺さった。

「頑張りまっす! めちゃくちゃ頑張ります!」

 鬼顧問をギャフンと言わせるくらい合宿頑張る! トモセくんの応援があれば大会で優勝だってできそうだ(さすがに無理)


 やる気に満ちているボクにトモセくんが話題を変えてきた。

「アキに聞きたいことがあるんだけど・・・いい?」

「・・・はい、どうぞ」

 前もそうだったけど、トモセくんは改まって聞いてくるから一瞬緊張が走る。

「アキは・・・その・・・」

「はい」

 なかなか質問をしてこないトモセくん。指先をいじりながら言葉を選んでいるように見え、何か考えているようにも見える。視線が泳いだかと思うと、ボクと目が合い、じっと視線を送ってくる。なんだろう。言いにくいことなんだろうか。察して欲しいとか? 何を? ボクも負けじとトモセくんの瞳の奥を探ろうと見つめ続けていると、急にトモセくんがギブアップとばかりに反対側に身体をよじってそらした。


「トモセくん?! 大丈夫?」

 見ると、ネコっ毛の隙間から覗く耳が赤くなっている。

「ごめん、やっぱりなんでもない」

「は、はい」

 なんだったんだろうと頭にはてなを浮かべるけど、トモセくんが気を取り直して明日からスタートする関西コンサートについて話題を変えてきたので、ボクもそれ以上考えるのはやめることにした。(朝、ジュンくんがツイッターで呟いてたのが反映されてると思う)

 それからアラームが鳴るまでトモセくんと他愛無い会話を楽しんだ。





 スマホを枕元に置き、ベッドから起き上がって伸びをする。今日もギリギリまで良い夢が見れたと余韻にひたってるところでふと思い出し、棚からコンサートに持って行ったうちわを取り出して眺める。

「・・・そんな照れるような言葉かなぁ」

 夢の中のトモセくんがボクのうちわを思い出して照れていたのが印象に残る。生のトモセくんには気づいてもらえなかったけど、さすがボクが創り出した『理想のトモセくん』だ。


 ネコっ毛でよく笑う無邪気なトモセくんを頭に浮かべるだけで心臓がドキドキする。

 コンサート会場で見たキラキラしたトモセくんは距離が遠かったせいか、もうかすんでいて意識しないと記憶から消えてしまいそうだ。

 どっちも同じトモセくんだし、どっちも好き。でも・・・。

「ヤバイ、マジ恋だ」

 生粋のアイドルオタクのボクにこんな日がくるとは夢にも思っていなかった。


 禁断のマジ恋というやつだ。

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