第21話「新しい気持ち」1/2
コンサートからの帰宅後、あずくんの言うとおり姉さんたちに捕まり、深夜になろうとしているにもかかわらずコンサートについて語り明かすはめになった。
おかげで夢を見るどころか、自分がいつ寝たのかさえ覚えていない。しかも、リビングでみんなして雑魚寝。
母さんが夜勤から帰ってきたところでボクだけ反射的に起きて、朝シャンを浴び、洗濯、朝食を作って、あずくんを母さんに頼んで部活へと向かった。
ん?
何かすっごく重要なことを忘れているような・・・。
部活の休憩時間、外の水場で蛇口から直接頭に水を被っていると、ふとコンサート直後のことを思い出し、おもいっきり蛇口に頭を打ち付け痛い思いをした。
「ヤバイ、浜村さんにバレたんだった!!」
頭部をさすりながら血の気が体から引いていくのを感じる。
フェイスタオルを被って水気を拭きながら、どうしようどうしようとそればかり。
バレたんだからもう取り繕うこともできないんだけど。それに、浜村さんだってきっと同じ心境かもしれない。
昨日はあのあと誘導のスタッフに注意されてその場をすぐ離れたから何も会話はなかったけど・・・。
浜村さんの格好を思い出しても正真正銘のアイドルオタクだ。それも、ボクよりかなりヤバめの。(全身トモセくんカラーに痛バ!)
アイドルなんて興味なさそうだったし、オタクを毛嫌いしてるように見えたけど・・・。
ボクのシックスセンスが働く。浜村さんはプライド高めの隠れオタクだ。
今は夏休み中だから会うことはないけど、2学期が始まったら口止めとして呼び出されるかもしれない。そう思うと、ゾッと背筋が凍って寒気がする。夏の日差しを浴びてるのに暑さを感じない肝試しをしている気分だ。
はぁぁぁと重いため息。
「2学期、始まって欲しくない」
落ち込んでいたら後ろから人の気配がしてとっさに身構えると、部長の波瀬さんが驚いた顔で後ろに立っていた。
同じ紺色の袴を着た波瀬さんはすぐさま平静さを取り戻し、きつく結んでるポニーテールを軽く揺らす。
夏なのに清涼感たっぷりの凛としたたたずまいは、男のボクでさえかっこいいと思える。
「どうしたの、殺気だって」
「あ、ごめん・・・気にしないで」
ははははと笑ってごまかす。浜村さんがわざわざ来たのかと思った。
「・・・さすが先輩方に副部長を任されるだけあって良い反射神経ね。部活後はバイト?」
「へ? うん、一応。というか、ボクより波瀬さんの方がすごいよ」
「謙虚のつもり? 個人戦でインターハイまで行っておいて、1回戦で負けたのに?」
言葉に棘がある。ボク、波瀬さんに何か不快な思いでもさせたかな?
「・・・そうゆうつもりじゃ・・・。というか、1回戦で負けたけど、インターハイ自体行けることがそもそもすごいよ! 部長以外みんな予選で負けたんだから」
「・・・あさってからの合宿、他校と混合だからまた怪我なんてしてこないでね。それから、それだけの反射神経があるなら、夏休み中にやる試合で優勝でもしたら? あと、秋の新人戦も」
言いたいことだけ言って、フンッと鼻息を残して道場館に戻って行った波瀬さん。
うわぁぁぁ。
夏休み前にバイト先で手首を痛めたこと、まだ根に持っていたんだと背中がゾッとして夏なのに鳥肌が立つ。
インターハイのこともまだ引きずってるみたいだし・・・。
何か甘いものでも作って差し入れしようかなぁ。余計なお世話かなぁ。
うちの剣道部の合宿は毎年他校との合同だ。しかも、2週間という長さ。(残りの夏休みがほとんど合宿で潰される)
複数の顧問とOBにしごかれ、最終日には他校との対抗試合で幕を閉じる。とにかく、顧問同士のライバル視が熱い。(都立なのに)
悩みの種がもうひとつできた。昨日行ったラヴずのコンサートの余韻なんてこれっぽちもない、これがボクのリアル・・・なんて。
歌いながら手を振っていたトモセくんはキラキラして輝いていた。アイドルそのものだ。
昨日のことなのに、もう遠い記憶のようで、また唐突に寂しさが押し寄せてくる。胸のあたりがぎゅーっとして不安に近い気持ちになる。
推しを見てこんな気持ちになるのは初めてだ。
「合宿・・・行く前に、夢の中で会えるといいな」
会いたい。夢の中のトモセくんに。
確証した、ボクの新しい気持ち。
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