第17話「夢の中の推し」2/2
「フルーツたっぷりのパンケーキ、二つお願いしまーす!」
飯島さんの声に反応して、フライパンに油を塗ってパンケーキの生地を流し込む。手際よくパンケーキを焼き上げ、すでに用意されているお皿に載せ、いちごやキウイフルーツなどいろんな果物をパンケーキの上に載せたり周りにちりばめ、たっぷりのホイップクリームを添えて完成。
「フルーツたっぷりのパンケーキできましたー。お願いしまーす」
カウンターに置いて、ホールのスタッフに声をかける。
夏休み中のパンケーキ専門店は時間を問わず人でいっぱいだ。次から次へとくる注文に対応するのに追われる。
やっとバイトが終わった頃には部活の疲れも重なってヘトヘト。その足で家に帰り、風呂に入って、ようやく自分の部屋で一息つく。
「今日も疲れたー」
テーブルにパンケーキが乗ったお皿とアイスティーを置いて、一日の疲れを癒す。
パンケーキはまかないの時に焼いたもので、その上には家にあるはちみつと、買っておいたバニラアイスをトッピング。
暑くなると食べたくなる、甘いデザート。ボクのイチオシ『お疲れスイーツ』
「あまーい、冷たーい!」
トモセくんのポスターを見ながら甘いものを頬張る、幸せ。疲れが吹っ飛ぶ。
そういえばと、物思いにふける。
結局、トモセくんの髪がネコっ毛でくせ毛だという情報はボクが持っている『トモセくんデーターファイル』には載っていなかった。他にも、ネットやSNSでも探してみたけど、トモセくんの髪はストレートヘアー一択。
ボクの願望が夢に反映されたのだろうか。いろんな髪型のトモセくんが見たい! とか・・・?
ないわけじゃないけど、以前みたいに強く念じたわけでもない。
頭にはてなが浮かぶけど、そうゆう願望がないわけじゃないから、あながち間違いじゃないのかもしれない。
欲をいうなら、いろん髪型のトモセくんが見たい。ロン毛とか、メッシュとか、坊主? とか。
「金髪のトモセくんもいいかも・・・」
妄想が膨らみすぎて、思わず喉が鳴る。
「はちみつとバニラアイスのパンケーキ本当おいしいなぁ、勉強頑張ってるトモセくんにも食べてもらいたいなぁ」
自分の妄想が溢れて、誰も聞いてないのに独り言が増える。
本当にトモセくんに差し入れができたらいいなぁ。トモセくんの好きなプリン、ボクなりにアレンジしたレシピがたくさんあるから作ってあげたい。
他にも、受験生といえば夜食に向きそうな料理だっていろいろと作って食べてもらいたい。野菜が好きなトモセくんに夜中に食べても太らないスープとか、眠気が飛ぶようなちょっと辛いおにぎりとか・・・。
我ながらトモセくんとなるとレシピがいろいろ思いつく。
「はぁー、食べてもらいたいなぁ、トモセくんに」
作ったら姉さんたちの胃袋におさまるだろう、レシピたち。
一生叶うことない、ボクの願望。
「食べたい、アキの手料理」
食い気味のトモセくんに、一歩引く。(近い近い)
「トモセくんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
「夜食は母さんが作ってくれるんだけど、すぐ弟に食べられちゃうんだよね。同じ部屋だから」
「弟さんて、4つ下の・・・」
「そう! 中2。育ち盛りとか言ってオレのおかずよこどりされるんだよねー」
あははと楽しそうに笑うトモセくん。(家族の話する推し、尊いっ)
今日もトモセくんに夢の中で会えた。
トモセくんに手料理の差し入れをしたい願望を話したらドン引きするどころか、弟さんの話までしてくれた。
ちなみに、弟さんがトモセくんのおかずを取っちゃう話は某雑誌のインタビュー記事に載っていたから知ってることだけど、文章じゃ伝わってこなかったトモセくんと弟さんの仲の良さが夢の中で感じれるのはファンとしてキュンキュンくる。
「アキは何年生? もしかして光喜(こうき)と同じ学年?」
「・・・へ?」
「え?」
トモセくんと見つめ合い、変な沈黙が・・・。
もしかして、ボク・・・中学生だと思われてる?
「あの、ボク、2年です。高校の」
「え、高2? そっかーってえ! オレのひとつ下?!」
テレビでも見たことないくらい驚くトモセくん。
「ご、ごめん! 光喜より背が低いから・・・てごめん、顔が光喜より幼く見えて・・・てこれもごめん!」
めちゃくちゃテンパる、推し。(もう尊すぎてっ、ナイス自分)
焦るトモセくんとは違い、ボクはいたって普通。仏のような顔をしてるかもしれない。
「えーと、大丈夫です。ときどき中学生と間違われることあるんで。背も低いし童顔だし。気にしないでください」
バイトの話も出してるのに、ボクのことずっと中学生だと思ってたトモセくん、天然すぎ!(そうゆうところ推せるっ!)
「本当にごめんっ! あーダメすぎるー」
しゅんと落ち込んじゃって・・・かわいいー! ボクの推しがかわいすぎるぅー。なんて、ときめいてる場合じゃない。励まさなくては。
「全然気にしないでください! ほんっとうによくあることなんで! この丸顔が悪いだけなんで、トモセくんは全然これっぽちも悪くないです! だから、元気出してください!」
フッと笑う、トモセくん。
「アキって全力で励ましてくれるよね。そうゆうところ、オレ、いいと思う」
「へ?」
「ありがとう」
アイドルのスマイルじゃない。木山知世高3の素朴な笑顔に、ときめきよりももっと深い、心の奥が揺れる。
「・・・ほ、褒めてもらえて幸栄・・・です」
「あはっ、どういたしまして」
無邪気に笑うトモセくん。これは友達っぽい。
ここ最近、夢の中のトモセくんはボクにいろんな表情を見せてくれる。それはファンとしてすごく嬉しいことだけど、アイドルや友達的な表のトモセくんじゃない、いわゆる素顔のトモセくんが出ているような、そんな錯覚に陥る。
そんなことないのに。だって、夢の中だし。目の前にいるのはボクが創り出したトモセくんだ。『素顔』なんて、トモセくんの本当の素顔なんて、その他大勢のいちファンのボクが知ってるはずもない。
じゃぁ・・・、『素顔』だと錯覚してしまう知らないトモセくんは、ボクの『理想』あるいは、『願望』のトモセくんということなんだろうか。
「アキ、元気ないね?」
顔を覗き込むトモセくんに、一歩引く。(近い近い)
「ご、ごめんなさい、ぼーとしちゃって」
「何かあった? オレでよければ聞くよ?」
推しに、相談にのってもらえるなんてっ!!!
でも、さすがに夢の住人に現実のトモセくんとのギャップについて相談なんてできない。とか言って、せっかく気遣ってくれるトモセくんを無下にはできないし・・・と、頭を抱えていると寝る前の自分を思い出す。
「コンサート!」
つい、思い出したことが勢いよく出て声が大きくなってしまった。トモセくんもびっくり顔をしている。慌てて謝る。
「えーと、夏休み中にやるコンサートに行きたかったんですけど、チケットが取れなくて・・・落ち込んでます」
「・・・そっかー。それは残念だったね。オレもアキには来てほしかったなー」
「ボクも行きたかったです。いろいろ手は尽くしたんですけど、ボクの日頃のおこないがチケットの神様に届かなかったみたいでっ」
惨敗だったことを思い出すと涙腺がゆるむ。トモセくんの前で泣くなんてっ。あざとい奴と思われちゃうから堪えなきゃっ。
ぎゅっと目をつぶって、涙が出ないように耐える。
「ゲスト枠があるんだけど、今回はまだ空いてるみたいだからアキを呼べたらいいんだけど」
「ゲスト?! さ、さすがにステージに上がるのはちょっと!!!」
「あ、ごめん。優先席のこと。マネージャーが招待できるように毎回席を確保してくれてるんだ。うちはメンバーが多いから早い者勝ちだけど」
そ、そんな情報、ボク知ってたっけ??(完全にあっちの情報だ!)
「だ、大丈夫です! コンサートには行けないけどBlu-rayが出たら絶対買いますから!」
「あはっ、今から予約? 頼もしいー」
「たくさんたくさん楽しんでください!」
「うん、カメラが入る時だけめいっぱい楽しむ」
「か、カメラが入らない日も!」
「あは、それじゃ、カメラが入ってる日はテンション下げる」
「へ? え?」
「冗談、冗談」
会話が途切れて沈黙が少し流れたあと、トモセくんがちょっと言いずらそうに口を開く。
「実は、来年の話なんだけど」
「はい」
「深夜ドラマの話が出てるんだ」
「え! ドラマの仕事ですか! ボク、絶対観まっす! 深夜だろうと朝方だろうとリアタイしまっす! 録画もしまっす!」
「ありがとうー。それで、ドラマの内容がBLなんだよね」
「・・・BLですか」
「うん、男同士の恋愛もの。最近はこうゆう話人気があって、作品によっては海外までブレイクすることもあるんだ。アキは観たことある? オレはメンバーのアイが出演したドラマしかまだ観たことなくて」
「それならボクもあります! 主人公に片思いする年下役でしたよね」
「そう! アイ、もともと可愛い担当だからハマりすぎて、メンバー内で一時期「姫」て呼ばれてたんだよ」
楽しそうに話すトモセくん。(尊い)
「トモセくんは何役とかもう決まってるんですか?」
「うん、それがびっくりなんだけど、ジュンとダブル出演なんだよね」
「へ? えー--! メンバーのジュンくんと?!」
「うん、あ、これまだお披露目されてないから秘密ね。オレも今日マネージャーに言われて初めて知ったから」
「は、はい!」
「ジュンが主人公で、オレがその友達役なんだけど、オレはすでに彼氏がいる設定で、主人公にいろいろアドバイスするらしくて」
「は、はい!」
「・・・それで、アキにお願いがあるんだけど」
「・・・はい」
「彼氏いたことないから役がうまくつかめなくて・・・アキにオレの彼氏になって欲しいんだけど・・・ダメ?」
「へ? 以前やったごっこ的な? 相手役の練習的な?」
「そう! そんな感じ。どうでしょう?」
「も、もちろん! トモセくんのためなら彼氏練習のひとつやふたつ、やりまっす!」
「ありがとう、頼もしい!」
「とんでもないっ!」
笑顔でホッとするトモセくん。
あれ?
今、ものすごく爆誕発言されたような・・・。
スマホのアラームとともに、布団から上半身だけ起き上がる。
「・・・今の夢、なんだったんだ?!!」
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