第2幕 天井を駆け回る黒い魔物

目が覚めた。

そこはまるでホテルの一室のようだ。

他のベッドには父と弟が眠っている。

まだ少し暗いが、4時頃で多少は部屋が明るくなっている。


何故、ホテルにいるのだろう……。

私は愛煙しているショートホープに手を伸ばして、火をつけた。


そうだ!

家族3人で旅行に行っていたんだ。

どこに旅行しに来たか忘れたが……。


確か、熱海だったような………。

寝ぼけてるみたいだ。

あまり思い出せない。


煙草をもうひと吸いして考えたが、思い出せない。


父と弟はいびきをかいて寝ている。

睡眠の質が悪い自分からしたら、羨ましい話だ。

今日みたいに、突然目を覚まして起きてしまうことが多いからだ。


それにしても、ここのホテルはとてもいい。

綺麗で広いし、喫煙もできる。

今は部屋で吸えるところも限られている。

ゆっくり紙の煙草を吸えるなんて最高だ。


そう考えていると、真っ黒なものが下で動いているように見えた。


なんだろう?

煙草を灰皿に置いて、恐る恐る覗いてみたら、あいつだった。

黒色でカサカサと動くあいつだった。


私は声をあげれないぐらい驚いて、ベッドの端に逃げた。

俺はこいつが大の苦手だった。

いや、虫全般が本当に無理で、見ただけでも気絶しそうになる。

例外があるとしたら、蝶かカブトムシぐらいだ。

幼虫はもちろん苦手だが……。

見てみぬふりをして、もう一度寝たい。

でも、寝てる間に何が起きるかわからない。

ベッドの上にカサカサと登ってきたら………。


想像しただけでも寒気がする。

でも、どう駆除していいかわからない。

いつも他の人にお願いすることが多いからだ。


父を起こして、駆除をお願いすることも考えた。

しかし、過去に言われたことを思い出す。


洗面台で手を洗ってる時に、巨大なこいつを目撃したのだ。

私は悲鳴をあげて、酒を飲んでいた父を呼んだことがあった。

悲鳴をあげて、慌てる私を見て何事かと見にきた父は私にこう怒鳴った。


「男の癖してこんなのにビビってんじゃねぇ!」

駆除はしてくれたが、その代償として怒られてしまったのだ。


怒られるのも嫌だし、実際起こすのも申し訳ない。

それに寝起きがとても悪いのだ。


1番頼みやすい弟も中々起きない上に、寝起きが悪い。


私がやるしかない………。

まだ私の見える範囲にこいつはいる!


しかしどうしたものか?

手にティッシュを持って、掴むという方法があるが、ティッシュ越しでも掴みたくない。


よくアニメとかで見るのが、スリッパで叩くという方法があるが………。


潰れたこいつを見たくない。

それに床も汚れるし。


私は目線を逸らさずに恐る恐る、棚に手を伸ばした。


そしたらあったのだ。

ダメ元だったが、駆除用のスプレーが置いてあった。


これで倒すしかない……。

私はそいつにスプレーを発射する。

もちろんそいつは逃げ回る。


私は焦った。

もし父や弟の近くに逃げられてしまったらと。

幸い、私のベッド付近を逃げ回る。

私は必死にスプレーを噴射する。


そして、やっと壁際に追い込むことができた。

これであとは、スプレーを目一杯かけるだけ。


その時!


なんとそいつは壁をよじ登ったのだ。

凄い速さで。


私は壁にスプレーを振りかける。

しかしそいつは、器用に逃げ回る。


そしてなんと!

そいつは天井まで逃げたのだった。

私は詳しくないが、天井で動くことは可能だったのか?

しかし、そんな細かいことを気にしてられない。

私はベッドの上に立って、手を伸ばし、スプレーを発射した。

そいつはもちろん逃げ回る。


このまま移動されたら、父と弟のベッドの上で駆除しなくてはならない。

そう思った私は、必死にスプレーをそいつに当てようとする。


そしてやっと……。

ピンポイントにスプレーが当たり、そいつは暴れ出した。

それでも天井に張り付いたまんまだった。

私は容赦無く、スプレーをかける。

駆除が終わったら、ゆっくり煙草でも吸おう。

そう思った矢先に、暴れてたそいつは力尽きて、落ちてきたのだ。


落ちた場所は………。







私の足だった…………。


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目が覚めた。

足が痛い。

きっと驚いたときに、足をどこかぶつけてしまったんだろう。

そこは変わらない我が家だった。


足がとても痒い。

夢の中の筈なのに、リアルな感触だった。

とてもゾワゾワしている。

それに酷い汗だ。


まだ3時半、本来はあと3時間は寝れるのに、こんな時間に起きてしまった。


私はとりあえず煙草に手を伸ばそうとする。

その時、明かりがついた。

父だ。

とても不機嫌そうに、あまり開いてない目で私を見る。

父曰く、何かを蹴り飛ばすような音と悲鳴が聞こえたとのことだった。

驚いて起きた拍子に足で蹴り飛ばしてしまったようだが、悲鳴まであげていたのか……。


私は簡単に夢であいつが出てきたことを説明した。


「くだらねぇことで起こすんじゃねぇ!」

怒られてしまった。


結局現実だろうが、夢だろうが、悲鳴をあげて怒られてしまったのだ。

その夢を見てから数日間は、私は怖くて天井を見ることができなくなった。

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