誇り高く闘え

「魂の裁決者の名を――サンと言った、つまりは山。あなたの答えは九割正解だよ」


 その名前を聞いて少し思い出したことがある。いや、思い出した感覚がある。


「カグヤ、お前はニレンと同じ匂いがする」


「あははっ、わたしは神生国から来た女子だよ。言ったでしょ? カグヤってさ」


 神生国のカグヤ……そういや名前は聞いたことがあった。聖戦記の最初のページ、帝国側が結晶人創造で第一世代のニレンを創った時に、神生国側は第一根源神種『カグヤ』という女を創った。まさかこいつは、今まで冷凍保存されていたそのカグヤなのか?


 と、ここでまた疑問だ。どうしておれは聖戦記の最初を忘れていたんだ? 誰もが読むはずの記録だぞ、誰もが衝撃を受ける始まりの物語だぞ。それなのにおれはどうしてか忘れていた。


「第一根源神種カグヤ。お前、ニレンと組んで何か企んでいやがるな。神生国の何かしらの技術で帝国民の記憶を操作しやがっただろ。そうでなきゃおれが忘れるはずねぇんだ」


「記憶操作なんて出来ないよ。最初から誰にもその記憶は無いもの。もしかして聖戦記の最初のページが記録されているとでも思ったの? 空白だよ。それなのにどうしてか第一根源神種カグヤの名前を知っている。あなたって不思議だよね」


 お前も不思議だろ。どうして記録されていない歴史を知っている風に語れるんだよ。


「お前は何億年生きてんだ……」


「お母さんから産まれたのは約二十二年前だから、あなたと同じくらいの年齢だよ」


「なるほど、新時代のカグヤか。帝国も神生国も考えることは同じようだ。これが再現か?」


「そうだけど違うよ。エンルルはあなたたちのようなヒトを創らないもの。エンルルの神憑き人には、神憑き人のお父さんとお母さんがちゃんといて、そのヒトたちが生殖行為をしてわたしたちが出来るんだよ。今の神は人間を創らなくなったの」


「人間として生まれたはいいが、神に似た力を使える時点で人間じゃねぇだろ」


「今のエンルル人は普通の人間だよ。産まれた時に神々の祝福を受けることで神憑き人――第一根源神種としての力を授かる。エンルル人は成長過程で第一から第四までのステージに立てる。それが今の人間の限界なのよ、第五根源神種や第六根源神種は穢れてしまっているからね」


 そうなのか。当たり前なことだが、帝国の教科書に載っているエンルルの情報とは違うな。つまりカグヤは、エンルルで産まれた結晶人ってことか……。


「結晶と神の調和の産物――それがお前の正体だろ」


「あなたには帝国を出ることをお勧めするよ。あなたはもっと伸びるから、結晶の穢れだけでなく神の穢れも学んでほしいの」


 どうやらおれとカグヤの話は嚙み合わないようだ。お互い神経的または精神的な病を飼いならしているから仕方ないと言えば仕方ない。まぁ穢れちまったのなら祓わなければいけないな。


「これ以上学んでもニレンには勝てねぇよ、咲かぬ一生我が一生ってな」


「若造よ、歳だけ数えてもらっては困るな。いくつ数えても二千や三千で枯れおって……恥曝しの管理種族でもあるまいし。そなたの両親は酷く落ち込んでおるぞ」


 はっ、知らねぇな。おれに両親は存在しない、存在したとしても共に谷へと真っ逆さまになってほしいね。この古臭いカグヤ姫様も道連れにして無理難題から解放させてやろうではなか。


「じっさまばっさまと一緒にするな。それに、枯れるのがおれの生き方だ」


「そのような生き方をする男子おのこに育てた憶えはない……って、結晶人はニレンを見て育ったのだからそのような生き方になりはしない」


「現になっているからどうにもならないね」


「そっか、あなたが空っぽになる理由が分かったよ――挑戦しなかったからだよね、誇り高く名乗りもしなかった」


 はぁ? おれは挑戦したし名乗ったぞ。ボコられて誇りすら失って……


 ……いや、おれは誇り高く名乗っていないし、剣を力だけで振り回して結晶の序丘を跡形も無く吹き飛ばしてしまったんだ。あれはおれの力ではなかった。物に頼っただけの挑戦だった。


 どうして忘れる? 昨日のことなのにどうして忘れる? どうして空っぽになる?


 ニレンはおれを導こうとしていた。あいつは自分のいのちを削ってでもおれの裡に保管されている士師の記憶を目覚めさせようとしていた、なのにおれは期待外れにも程がある立ち振る舞いだったんだ。


『枯れるな』と、ニレンは昔から言っていた。昔からずっとおれは言われ続けていた。


(そうか、お前たちはまだ挑戦していたのか)


「……おれは間違っていたらしい」


「分かったのなら汚名返上してみせよ」


「そうする。あいつから返してもらう――そのために己を鍛えてやる」


「鍛える? いつもあなたがやっていることでしょ。今と何も変わらないけど、輝けるかもね」


 ああ、おれは何も変わらない。ここが地獄でも天国でもおれは変わらない。変わらないからこそ、この聖戦を終わらせてやる。


 と、おれはカグヤに別れの挨拶すらしないで背を向けた。


結晶人族シシよ、誇り高く闘え」


 おれはその言の葉によって背中を押された気がした。言われなくても闘ってやろうと思っていたけれど、言われた以上は成果以上の闘いをしてやろうではないか。


 そうだ、おれはあいつを照らさなきゃならねぇんだ。あいつの変わらない輝きを見ているためには、おれも誰かを照らす日人ひのとにならなきゃ全てが不変のままなんだ。


アザミ・アーサー・アルトリウスよ、この大きな一歩を踏みしめろ。

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