結晶人は人間の夢を見るのか……

<memory>//結晶人は人間の夢を見るのか……


 何歳いくつの頃だったか忘れたが、あいつの〝ことのは〟だけは忘れたくとも忘れられなかった。


「このセカイの土は死んでいる」そうつぶやいたのは変人ことニレン。


 たしか<昔ながらの農作業を体験してみよう>とかいう体験学習の時で、みんな腰を曲げた状態を平気な顔で維持する中、おれはひとり腰の痛みを和らげようと背筋を伸ばした時だ。


 おれの隣で屈んでいるニレンは、右手に土を左手に半分に切られた灰つきの種芋を持って、それぞれの匂いを嗅いでいた。


「はぁ? 死んでねぇだろ。土の栄養が足りなければ肥料焼けしない程度の肥料でカバーすればいいし、作物を食い荒らす害獣や害虫なんて可愛い生き物だぞ。現代では毎年豊作続きのせいで人間も結晶人も無駄に増えているだろーが」


 おれは早口で言ってやった。結構乱暴に言い放つところは良かった、そしてメゾソプラノの声域がバスだったらなお良かったはずだ。


「そうだけど、種をまいても肥料をあげても天気が良くても、芽が出ないこともあるし、育っても思い描いていた育ち方をしてくれないんだよ。闘争に闘争を重ねた結果、生命の繁栄を記すはずの地層は、いつしか闘争と価値の無い死だけを記すようになった。もしぼくが人間だったら、こんなにも汚染された土地で農業なんてしたくないよ。農業だけじゃなくてね」


(『だったら何もやらなきゃいいだろ。生産はやりたい奴に任せておいて、何もやりたくない奴は消費するだけの立場でいればいいんだ――まあ、そううまくいかないから、消費だけする奴には汚染された物だけを与えればいい。うむ、悪意による美しいセカイの出来上がりさ』と、今のおれならそう切り返していただろうな)


「そんな事をしなくていいんだよ。結晶人おれたちは戦場でこそ輝くんだから、他の業務は暇な時にやればいい。土に触れない仕事は腐るほどあるし、今じゃ暇な結晶人も腐るほどいるだろ」


 と、おれは掘った穴に種芋を放り投げる。もちろん、しっかりと種芋を半分に切って、切り口に灰をつけてから、ポイポイッと次々に投げ入れていく。そこで、当然のことを言ったつもりのおれは、先ほどから黙っているニレンに目をやった。


「そうだろニレン? 違うのかよ」


「――腐っているよ」


 そうフラットに返してくるものだからおれは頭にきてしまうのだ。


「誰が腐っているだぁ! おれのこころとカラダが腐っているとでも言うのか!」


「そうじゃなくて、さっきアザミが投げ入れた種芋は腐りきっている」


 言われたおれは、先ほど投げ入れた種芋を手に取ってよく見てみる。余すとこなくしっかり確認してやった、しかし腐っているようには見えなかった。


「腐っているのはお前の目だな、よく見てみろよ。これのどこが腐っているって?」


「見えないかい……じゃあ臭いは?」


 見えねぇし臭わねぇよ、何度も言わせんな。おれは毒入りの芋を分別できるほど鼻の利くゾウさんじゃないし、吐き出せるほど敏感な胃を持っていないんだ。ゾウさんとおれを一緒にすんな! ゾウさんはおれやお前より賢いんだゾウ。ほんと、お前は《かわいそうなぞう》みたいに、芸達者なかわいそうな結晶人だよ。


「ニレン、お前に農業は出来ないね。向かないどころか話にならない、それどころか作物たちはお前に命の製造なんてしてもらいたくないってよ」


 おれは自信満々に言ってやった。すると真面目で頑固なニレン君はおれを見ながら、はぁ、と失礼極まりない大きなため息をついてくれるのだ。

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