十五

 血飛沫を上げ、魔物が倒れた。いったいこれで何体めだろうか。屍となった魔物の処理に追われて数える暇もない。

 それにしても……と先程勇気が倒したばかりの魔物を見つめる。本来討伐対象にもならない比較的大人しい魔物。それも、まだ幼体だ。


 確かに今はまだ小さく人間に害がないといっても、将来人間を襲わないという保証はない。

 結局いつかは討伐対象になっていたかもしれない。それは否定できない。


 けれど、こんな一方的なのは……討伐というよりもはや虐殺だ。

 魔物に同情なんかするべきではない……そう頭では理解しているのにトビアスはそう思わずにはいられなかった。


 また一体ぱたりと小型の魔物が倒れる。それを勇気はつまらなさそうな目で見た後、後ろにいたトビアスに声をかけた。


「これも、片付けとけ」

「は、はい。…… あの……今日はもう魔物も結構狩りましたしそろそろお城に戻られてはいかがでしょうか?」

「は?」

「ひっ! で、で出過ぎた真似をしました。申し訳ありません!」


 青褪めたトビアスは部下の一人に魔物の処理を任せ、その後もひたすら勇気の後をついて回った。

 本来三番隊の団長であるトビアスは忙しい。こうして付き人のようなことをする立場の人間ではない。それがわざわざ勇気の後をついて雑用をしているのにはわけがあった。


 表向きの理由としては一般の騎士では勇気の後を追うことすら難しいからとなっている。だが、本当の理由はバルドゥルから内密に勇気を監視するよう命令されたからだ。

 だから、こうしてトビアスは屈辱と恐怖に耐えながら勇気の後をついている。

 とても団長のすることではないが仕方ない。今の勇気から目を離すわけにはいかないのだから。


 討伐依頼もでていない魔物を、己の殺戮衝動を解消するためだけに狩っている勇気。そのおかげで最近は中型以上の魔物を見かけることもなくなった。


 魔物がいなくなるのは国にとっては良いこと。……とは一概には言えない。

 というのも、魔物を狩ることを職業にしている人達もいるからだ。

 本来、王国騎士達は王都付近を定期巡回する程度でそれ以外は派遣依頼があった時にしか魔物を討伐することはない。王国騎士達にはそれ以外の仕事がある上、冒険者ギルドの仕事を横からかっさらうことはしないという暗黙のルールがあるからだ。


 けれど、勇気はそれを平気で破っている。トビアスがついていける範囲はまだいいが、聖剣の力を使った勇気は地方にも日帰り感覚で行ける。お目付け役がいない地方では大いに暴れているらしい。


 最近では各地の冒険者ギルドから苦情に近い陳情が国王の元へ集まっていた。

 これには国王であるバルドゥルや宰相のベンノも頭を抱えた。

 バルドゥルがそれとなく勇気に釘をさそうとしたが、遠回しな言葉は勇気には全く届かなかった。バルドゥルが言えないのならば他の人達が言えるわけもない。


 何より最近の勇気は小型の魔物だけでは物足りないとイライラしていることが多く、下手をしたら人間にも手をかけてしまいそうな、そんな危うい空気を纏っていた。

 そんな勇気を恐れているのは恋人であるクリスティーヌも同じだ。


「ね、ねえユウキ様」

「ん? どうした?」


 クリスティーヌの肩に手を回し甘い声で囁きかける勇気。頬を染めるクリスティーヌ。


「あ……その」

「あ、そうだ。……今夜いいか?」


 疑問形で聞きながらも有無を言わせぬ眼差しにクリスティーヌの顔色が赤から一気に青に変わった。それでも、淑女然とした微笑みはキープする。腐っても王女だ。


「え、ええ」

「じゃあ、夜そっちに行くから。いい子にしてまってろよ」


 クリスティーヌの頬に口付けてから討伐へと向かう勇気。勇気が去ったのを確認して侍女がそろそろとクリスティーヌに近づく。そして、心配そうに声をかけた。


「クリスティーヌ様。顔色が悪いです。今日はやめた方が」

「ダメっ! そんなことをしたらユウキ様はっ」


 間違いなく他の女を抱くだろう。実際、あれからもユウキはクリスティーヌができない時は他の女を抱いている。父であるバルドゥルに止めさせてほしいと頼んだが、父からは無理だと一刀両断された。その代わり、間違いがないように高級娼館を手配するからそれで我慢しろとも言われた。


 けれど、独占欲の強いクリスティーヌがそれで納得できるわけはない。ただ、止めさせることもできない。無理にすることはできる……というか一度だけしたことがある。結果は散々だった。ただでさえツライ行為がその時は二度としたくないと思うくらいにツラかった。


 だから……クリスティーヌはできる時には勇気の誘いを絶対に断らないと決めた。

 けれど、連日の激しい行為のせいでクリスティーヌの体は疲弊している。周りが心配するほどに。


「どうして、こんなことにっ……」


 さめざめと泣くクリスティーヌを見て、侍女や護衛騎士達は悲痛な顔を浮かべる。けれど、誰も勇気を止めることはできない。一度勇気に嘆願しようとした護衛騎士は討伐帰りの殺気立った勇気に再起不能にされ、辞職した。それから誰も何も言えなくなった。


 ――――――――


 トビアスから報告を受けたバルドゥルは自室で一人頭を抱えていた。


「どうして、こんなことになったんだっ……」


 皮肉にも親子で同じセリフを吐いていた。

 バルドゥルの描く未来ではクリスティーヌと勇気は幸せな結婚生活を送り、勇者を王家にとりこむことに成功したバルドゥルは国民から賢王と称えられ、他国からは一目置かれるようになり、世界一の大国へと発展する……はずだったのだ。


 確かに勇者の力を国内外に見せつけることはできている。勇者を王家に取り込むこともできた。けれど、今の状況はバルドゥルが望んだ国の在り方とは程遠い。まるで恐怖政治だ。

 しかも、王家は……バルドゥルは完全に勇気の存在を持て余している。


 いつだったかマンフレートが言っていた言葉が蘇る。


『いつかあいつは人にも牙を剥くようになるぞ。あいつを引き入れるのなら手綱はきちんと握っとけ』


 あの時は「わかった。考えておくよ」なんて笑ってすませてしまったが今となってはもっとよく考えるべきだったと思わずにはいられない。


 騎士団長であるマンフレートに勇気を何とかしてくれと言っても、「俺にはどうにもならん」と言って取り合ってくれない。

 ベンノは苦情処理に追われ、愚痴を聞く暇すらないようだ。話しかけようとすると血走った目で睨んでくる。

 ギュンターだけは相変わらずだが、元々人の話を聞くような人間ではない。バルドゥルがどんなに困っているんだと説明しても、ギュンターは勇気の力にしか興味を示さない。


「いったいどうしたらいいんだ。一国の王として言っても、義父として忠告しても、今のユウキがきいてくれるとは思えない。最初の頃は素直そうな子だと思っていたのに……ってあれ? そういえばいつから今のようになったんだっけ?」


 記憶を辿っていき、気づいた。

 変化は聖剣を手にした後からだった。気づいてしまえばそれが『答え』のような気がした。そうだとすると……


「アレは本当に聖剣なのかな? アレが聖剣だって言ったのはアメリアだった……もう一度アメリアにみてもらわないと」


 そうと決まれば、バルドゥルは久方ぶりにアメリアへ手紙を書いた。すぐに教会へと持って行かせる。


 今の勇気が正気だとは思いたくない。認められない。勇者らしからぬ言動を繰り返す勇気を。勇気が変わった原因があるのだと思いたい。

 勇気を『勇者』だと認めた自分の判断は間違っていない。そう、信じたかった。


 ――――――――


「あら、随分穢れたのね」


 勇気が聖剣を扱う様をこっそりと盗み見たアメリアは、「さもありなん」とでもいうように呟いた。隣にいたバルドゥルが戸惑ったように聞き返す。


「けがれ?」

「ええ。あの聖剣だいぶ穢れてるわ。短期間でよくもまあ……あそこまで穢れを溜めたものね」


 感心したように呟くアメリアに、バルドゥルが詰め寄る。


「なら、あの聖剣を浄化してくれよ! 聖女であるアメリアならなんとかできるだろう?!」

「無理よ」

「な、なぜ?」


 狼狽えるバルドゥルに、困ったように肩を竦めてアメリアは答える。


「非戦闘員の私なんかが安易に近づいたらサクッと殺されるわ。あの聖剣はすでに魔に取り込まれてるみたいだから真っ先に私の存在を排除しようとするでしょうし」

「な?!」

「でもあのまま放っておくこともできないわね。あのままいくとあの聖剣は魔剣になるでしょうから」

「そんなっ! どうすれば」

「あの聖剣をユウキ様から引き離して浄化するしかないわ」

「だが! それはできないと今アメリアが言ったじゃないか」

「ええ。私にはあの聖剣をユウキ様から引き離す術がないからね。代わりに誰かがユウキ様から聖剣を奪ってくれれば私が浄化できるわ。誰かユウキ様から聖剣を奪えそうな人に心当たりは?」


 バルドゥルは言葉に詰まった。バルドゥルが知る限り、そんな相手は少なくともこの国にはいない。さらにアメリアは言った。


「ああ、もう一つ条件があったわ。その手練の者がユウキ様のように魔に取り込まれないような人でないと結局第二のユウキ様がうまれるわよ」

「そんな……。だ、誰かいないのか」

「さあ。私が知る限りそんなことができるのは一人だけね。……バルドゥルもよく知っている人物よ」


 目を開くバルドゥル。確かに彼ならば間違いないだろう。けれど、彼に助けを求めるということはバルドゥルが己の間違いを認めないといけないということだ。


「他に宛がないのなら、私が主導で動くけれどいいかしら?」


 冷たく鋭い視線を受け、バルドゥルは悔しげに目をふせながらも黙って頷いた。

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