「いつもの持ち帰りで!」

「あ、これください!」

「これとこれとこれ、三つずつ!」

「ここから全部ください!」


 レンはお気に入りの食堂や屋台を周り、目星をつけていたものを買い漁ると片っ端からマジックバッグに詰め込んだ。

 ホクホク顔で教会へと向かう。


 教会の入口にはすでに人が集まっていた。ただ、まだ出立の準備が終わったわけではないようだ。

 内心ホッとしながらも気配を消して、目的の人物に近づく。


「おはようございます」


 沙織の身体がビクリと跳ね上がる。

 そして、ゆっくりと振り向いた。沙織の顔を見て驚く。


「だ、大丈夫ですか?」


 思わず聞いてしまうくらいに沙織の顔色は悪かった。

 沙織はコクコク頷きながら、唇の端を震わせて言う。


「だ、だだだだだい、だいじょうぶでふ!」


 一瞬の沈黙の後、絶望の表情を浮かべる沙織。俯いてしまった沙織にどう声をかければわからず、レンは救いを求めるように沙織の後ろにいたアメリアを見た。

 けれど、アメリアは顎で『おまえがフォローしろ』とジェスチャーを送ってくる。正直、聖女がする顔ではないが今は指摘している場合ではない。


 レンは意を決して、震える沙織の手をそっと握った。

 すると、沙織は驚いたように顔を上げる。


 レンは今にも泣き出しそうな沙織にできるだけ優しく声をかけた。

「安心してください。僕もアメリアもついていますから」


 ね?と言ってアメリアに同意を促す。沙織もアメリアに視線を移した。すると、アメリアは胸を張り、ドヤ顔を浮かべる。


「当たり前でしょう。私を誰だと思っているの? 聖女であり、サオリの親友よ?! 何があっても私とレンが何とかしてみせるんだから!」 


 レンはハハハと笑いながらも否定はしない。実際の所、レンとアメリアがいれば大抵のことはなんとかなるだろう。その二人の自信が沙織にも心の余裕を与えたのか、沙織の手の震えは止まった。沙織は嬉しそうに微笑んだ。


 レンはもう大丈夫だろうと沙織の手を放す。後はアメリアに任せてレンは沙織から離れ、空を見上げた。

 天気は良好だ。沙織の初陣にはぴったり。

 そう……今日は沙織の初陣の日。最初は沙織とレンと騎士団から派遣された護衛騎士のみで討伐隊が組まれていた。

 けれど、アメリアが待ったをかけた。沙織の性格を考慮して自分も一緒についていくと言い出したのだ。


 形だけとはいえ王妃であるアメリアの意見。安易に却下はできない。

 ただ、そうなると護衛騎士を増員しなければならない。上層部が迷っている中、レンもアメリアの意見を後押しした。この世界にまだ馴染み切れていない沙織に、万が一のことがあったらどうするのか、と言えばさすがに皆頷くしかなかった。

 その結果、大所帯での討伐隊が組まれることになったのだ。


 あの時は少々上層部と揉めたりして大変だったが、今日の沙織を見たら、やっぱりアメリアの提案が正解だと思う。

 ――――サオリ様の緊張もすっかり解けている。これなら大丈夫そうだ。


「じゃあ、そろそろ行こっか? 今日の討伐隊の隊長って誰かな?」


 きょろきょろと辺りを見渡す。てっきり近くにいるものだと思っていたがそれらしき人物は見当たらない。

 アメリアが眉根を寄せて口を開きかけたその時、甲高い声がレンの耳に届いた。


「ユウキ様が行くのでしたら私も行きますわ!」


 面倒な予感しかしない。見たくはなかったが、見なければ始まらない。

 レンは渋々視線をざわめきの中心部に向けた。

 案の定、見覚えのある姿が目に入ってくる。その側にはおそらく今回の討伐隊隊長とおもわしき三番隊団長トビアス・ケートマンがいた。側には副団長のペーターもいて、こちらをちらちらと見ている。


「うーん」と唸るレン。――――出来れば行きたくない。

 でも、放置してもただ時間の無駄になるだけだ。仕方なくレンは嵐の中心へと向かう。


「どうされました?」


 レンの一声でいっせいに皆の視線が集まった。その視線に込められた感情はバラバラだが、騒ぎを起こしている本人のクリスティーヌはあからさまにレンへの不快感を露わにしている。


「あら、レン様」

「お久しぶりです。クリスティーヌ様。相変わらずお元気そうですね」


 ニコリと笑ったレンに、クリスティーヌの片眉がピクリと上がる。

 言いたいことは山ほどありそうな顔をしているが、表立ってレンと言い合うことはさすがにしない。

 クリスティーヌはわざとらしくレンの上から下まで眺め、ニコリと微笑んだ。


「レン様も相変わらずですこと」


 そして、隣に立っている勇気の無駄にお金をかけていそうな装備を見て満足気に微笑む。

 レンはハハハと愛想笑いを返した。ちっとも悔しがる様子がないレンにクリスティーヌはつまらないと視線を逸らす。

 クリスティーヌの期待に応えられなくて申し訳ないが、レンにとっては今の装備で充分。こう見えて、今身に纏っている装備は外装がシンプルなだけで機能はハイクオリティ。レン自ら素材を集めて信頼できる鍛冶屋にお願いをしたのだから間違いない。


 それに、どちらにしろレンにはあまり意味がない装備代物だ。


「それで、どうされたんですか?」


 レンの質問に答えたのはペーター。そっとレンに近づいて話す。


「クリスティーヌ様がユウキ様が討伐に行くなら自分も一緒にいくって言い張っているんです。隊長も自分がついているから大丈夫だと言って話を聞いてくれません」

「え?」


 ――――なぜ? 普段は討伐どころか狩猟大会にすら興味を示さないクリスティーヌ様が?


 しかも、見たところ勇気も止める気はなさそうだ。おかげで三番隊の部下達が戸惑っている。ただでさえ、今日は護衛対象が多いというのに、これ以上増やしてどうするのか……。


 少し考えた後、レンは勇気に声をかけた。


「お疲れ様です」

「ん、あ、ああ」


 勇気は一瞬怯んだ顔をしたが、すぐにレンをジッと睨みつけるように見つめ返す。身長差があるので自ずとレンを見下す形になる。

 勇気の視線を受けてレンは確信した。どうやら勇気はレンに対抗意識を抱いているようだ。

 けれど、レンはその視線をさらりと受け流して微笑む。


「このところユウキ様はお忙しかったそうですね。今日くらいは休まれてはどうでしょうか? クリスティーヌ様をつれて」

「は? いや、俺は沙織を守らないといけないから絶対についていくぞ。俺と沙織は家族ぐるみで仲のいい幼なじみなんだ。俺にとって沙織は家族も同然。沙織を守るのは俺の役目だからな」


 そう言い切った勇気。その後ろではクリスティーヌがまるでオークのような形相になっている。勇気は気付いていないようだが、周りにいる護衛達は顔を引き攣らせてそっと距離をとっている。


「確かに、ユウキ様はレン様と違って働き過ぎだわ。今日くらいコイツ……ごほん、レン様に任せて休みましょうよ。ね?」


 クリスティーヌは勇気の服を引っ張りながら上目遣いでおねだりをする。先程の表情は幻かというくらいの豹変ぶり。ていよくレンに沙織を押し付けようとしたのだが、そう簡単にはいかなかった。


「ふん! こんなガキに沙織を任せられるかよ! だが、まあ……クリスティーヌが俺と離れたくないっていう気持ちもわかる。姫であるクリスティーヌを連れて行くのは俺の本意ではねえんだが……どうしてもついてくるっていうなら俺がクリスティーヌも守ってやるよ」


 クリスティーヌに流し目を送る勇気。クリスティーヌはうっとりした顔で勇気を見つめているが周りはドン引きだ。寒暖差でぶるりと周囲が震える中、冷たい声が響いた。


「私のことは守らなくて結構よ。だいたい最近まで私のことなんてすっかり忘れていたくせに。今更何を言っているのよ」


 呆れたように溜息を吐く沙織。もう、関わりたくないとばかりに返事を待たずに踵を返した。


「沙織?! お、俺は別に忘れていたわけじゃなくて、忙しくて連絡が取れなかっただけで……俺は本当におまえを心配してっ……」


 勇気は何とか言い訳をしようとしたが沙織の足は少しも止まらない。全く勇気の話を聞く気がないのだと気づき、悔しげに顔を歪ませ、何故かレンを睨みつけた。

 レンも心の中で溜息を吐きつつ、決して勇気と視線を合わせないように身体ごと向きを変えた。


 言いたいことを言ってすっきりした沙織だったが、後になって少し言い過ぎたかなという気持ちも浮かんでくる。けれど、アメリアはよくやったとばかりに沙織を褒めたたえた。


「さっきのサオリかっこよかったわ!」

「ほ、本当?」

「もちろん! 聞いててスカッとしちゃった。それにユウキ様とクリスティーヌのあの顔」


 プププと笑うアメリアにつられて沙織も思い出してしまい笑いが込み上げてくる。



 ――――――



 ひとまず意見はまとまったのでレンは最終確認をする為に団長に声をかけた。それだけだというのに貴族至上主義のトビアスはレンに侮蔑の眼差しを向ける。

 ただ、レンは全く気にしていない。むしろ、ペーターがずっとそわそわしていた。

 事務的な会話をかわして出発を始める。

 各々が動き出した隙を見計らってペーターがそっとレンに近づいた。


「うちの隊長がすみません」

「ん? ああ、気にしてないから大丈夫だよ。ペーターは真面目だなあ」


 いつも通りのレンにペーターはホッとした様子で戻って行った。


 元々大所帯だったがクリスティーヌも行くことになった今、馬車が二台と馬が数頭というとても討伐隊とは思えない状態になっている。


 しかも、討伐の緊迫というよりは王族であるクリスティーヌの反感を買わないようにと別の緊迫感が生まれている。

 第三部隊は団長と同じように貴族至上主義が多いからだろうか。第三部隊でペーターのような実力重視の者はまれなのだ。

 本来、聖女につけるはずだった護衛のほとんどをクリスティーヌにつけている。しかも、クリスティーヌの希望で勇気はクリスティーヌと一緒に馬車に乗っている。実質レン一人で聖女二人を護衛している状態だ。



 別にそれでもレンは二人を守り切る自信はある。ただ、何となく……嫌な予感がぬぐえなかった。

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