僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
プロローグ
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいる
断定できないのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
それでも皆はレンが勇者だと信じている。
それだけの功績をレンは残してきたのだ。
レンは元々ワグナー王国の人間ではない。どこの国にも属さない小さな島で生まれた。
いや、正確な出生はレンも知らない。物心ついた時には島に住む老夫婦に育てられていた。その二人が自分の実の両親でないことは知っている。でも、レンにとってはどうでもよかった。自分にとっては老夫婦が家族だ。
老夫婦はやがて亡くなり、レンは一人になった。
その後、レンは島を出て、各国を巡る旅人となる。ある目的の為に。
その目的の
それなのに、気づいた時には『勇者』と言われるようになっていた。
本人は少しもそんなことを望んでいなかったというのに。
ただ、レンが『勇者』と言われるようになったのにも理由があった。
レンの強さは異常なのだ。
レンはどんな魔物も軽く倒してしまう。しかも、本人は無傷。誰もレンが傷ついているところを見たことがない。
これだけいうとレンが屈強な大男だと思う人もいるかもしれない。
実際、レンの噂だけを知る人達はそう思っていた。
ところが、レンの身長は百七十センチほど。この世界では男性にしては小柄な部類に入る。ついでに言えば童顔だ。
人々は思った。――――この強さはきっと『勇者』だからだ、と。
理解の範疇を超えた存在に対して皆がそう判断するのはある意味当然だったのかもしれない。
そして、トドメとなったのはレンが持つ剣。レンが持つ剣もまた、彼同様に普通の剣ではなかった。
聖女は彼の剣を一目見た瞬間に聖剣だと言った。聖剣を振るう際、レンの瞳は聖女と同じ金色に輝く。それは紛れもない神の加護が宿っている証拠。
だが、最初はワグナー王国の国王や上層部の大臣達はどこからやってきたのかもわからないレンを、孤児生まれだというレンを、『勇者』だとは認めようとしなかった。
むしろ、『勇者』の噂を耳にした偽物だと決めつけようとした。
ところが、レンは次々に『勇者』に相応しい功績を上げてしまった。
その功績が増えるたびに噂は広まり国外にまで届くようになった。
もはや、一刻も早くレンを『勇者』だと認めるしかなかった。
後手後手に回れば他国から勇者の所在を隠していると疑われるかもしれない。
けれど、いざ正式に公表をしようとしたら本人に拒まれてしまった。
これには国王も国の上層部の者達も頭を抱えた。
すでに情報は国内に収まらなくなっている。これ以上は国の信用にかかわる。
レンに「自分は勇者ではないから公表しないでほしい」と言われて「はい、わかりました」とは言えない。
結局、妥協点としてレンを『(仮)勇者』として公表することになった。その経緯も添えて。
皆はなんて謙虚な勇者様だ!とさらにレンを持ち上げたが、当の本人は何とも言えない顔をしていた。
――――――――
王城から馬で駆けること小一時間の場所に村がある。
その村が今まさに魔物に襲われているという知らせが入った。緊急の応援要請だ。
たまたま耳にしたレンは詳しく話を聞く前に王城を飛び出した。
後ろから何か声が聞こえた気もするが、すでにレンは村人達の救助のことしか頭になかった。
村に到着すると
常駐している騎士が何とかこれ以上の被害を食い止めようとしているようだが、魔物の数が多すぎて手が足りていない。
農夫達が女子供を守ろうと農具や松明を振り回している。
レンは辺りを見渡し、足に力を入れると一気に近くの家の屋根に飛び上がった。
上から村を見渡して状況を確認する。村人達もレンに気づき始める。
レンはできるだけ皆に聞こえるように声を張り上げた。
「皆、じっとしていてください!」
すぐさま聖剣を抜き、屋根から飛び降りる。地面に足先がついたと同時に走り出した。
先程見た魔物の位置を頭に思い浮かべながら聖剣をふるう。
カプロスがまるで柔らかな豆腐のように真っ二つにされていくのを村人達は身を寄せ合いながら呆然と見ていた。
最後の一頭を倒すとレンは剣を鞘に戻す。そして、未だ固まっている彼らに声をかけた。
「もう大丈夫ですよ」
一瞬の沈黙の後、彼らは歓声を上げた。
我に返った常駐の騎士がすぐさま村人達の安否確認に周る。その結果をレンにも報告した。
どうやらレンが駆け付けたおかげで、最小限の被害ですんだようだ。
ホッと息を吐いたその時、
「『勇者』様!」
後ろから声をかけられ、レンは困ったように眉を下げると、ゆっくりと振り向いた。
そこにはレンの腰あたりまでしか身長がない女の子がいた。
レンは目を瞬かせ、しゃがみこむ。
同じ視線になると女の子がもじもじしながら近づいてきた。女の子が果実を差し出す。
「これは?」
「お母さんが村を助けてくれたお礼に! って」
女の子の後ろを見ると、果物の絵を描いた看板の下で頭を下げる女性が見えた。
レンは頭を下げ返すと女の子から真っ赤に熟れた果実を受け取った。
「美味しそうだ。ありがとう」
「うん! 美味しいから食べてね! ありがとう『勇者』様!」
「うん……僕は勇者じゃないけどねって……」
レンが訂正する間もなく女の子はお母さんの方へと走り去っていった。
溜息を吐いて立ち上がる。
「まあ……いいか」
レンが移動しようと踵を返すと見覚えのある姿が見えた。
「レン様!」
「あ……」
どうやら応援要請を受けた王国騎士団が到着したようだ。
「魔物は?」
今回のリーダーである三番隊副団長ペーター・ドムスから聞かれ、レンは気まずげに視線を逸らした。
そのしぐさにペーターはピンときた。
「も、もしや……」
「う、うん。もう倒しちゃった」
ペーターは目を見開き、悔し気に声を漏らす。よほど悔しいのだろうか身体が震えている。
レンは申し訳なくなって、慰めようと肩に手を伸ばした。
「ご、ごめんね。僕が先に飛び出しちゃったから」
「とんでもない! レン様のせいではありません。馬に乗ってもなお追いつけなかった自分が悪いのです。ただ、できればレン様が戦う様を一目だけでも見たかった。いえ、村に危機が迫っていたというのにこんなことを言うのは不謹慎ですよね。すみません!」
「あ、いや……あーと、そうだ! 村長と話してきた方がいいんじゃないかな? ほら、村の被害報告とか復興申請についてとかあるでしょ?」
「ああ! そうですね。それくらいは自分達がせねば。レン様は休んでいてください!」
近くにあったベンチへ座るよう言われ、レンは素直に従った。ペーターは満足気に頷くと走って行った。
皆が動き回っているのを見ながらレンは手に持っていた果実にかじりつく。
「うん。おいしい」
みずみずしい果実に思わず笑みが零れる。でも、とレンの表情が陰った。
――――僕は本当にこの果実に見合うだけの働きをしたのだろうか。こうして休んでいてもいいのだろうか。
周囲からのキラキラとした視線を感じながらレンは居心地の悪さを覚えてそっと地面を見つめた。
―――――――――
レンは自分のことを『勇者』ではなくただの『凡人』だと思っている。
確かにレンはどんな魔物相手にも傷一つ負うことなく倒してきた。それは紛れもない事実。
でも、それは聖剣と
だって、自分には魔力の『マ』の字もありはしないのだから。
――――魔力がゼロな自分が『勇者』のはずがない。
少なくともレンはそう思っている。
「はやく本当の『勇者』が現れてくれないかな……」
レンは膝の上に置いた聖剣を見つめる。いつになったらこの聖剣を手放せるのだろうか。
ずっとレンは探しているというのに。この聖剣に相応しい『真の勇者』を。
この時のレンはまだ知らなかった。
数日後、レンの願いに答えるかのように『彼』らが現れることを。
はたして、レンの願いは叶うのか。それとも――――。
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