サメ小説ですか

【出題】

サメの世界は懐が広いのでどんなものでも受け入れてくれますよ🦈



 *


 水槽の前。僕はひたすらにじっとりと水槽を見つめていた。正確には、水槽の中を泳ぐ魚たちを。それはもう、休日の家族連れがドン引きして「ママぁ、あのおにいちゃ」と言いかけた所で母親が「ダメッ!」と口を塞いで逃げ出すくらいには、ひたすらに、じっとりと。

 トンネル状になった巨大水槽の端に寄りかかるようにして眺める水槽はとても良くて、月並みだけど自分が海の底にいるような気分だった。海の底に沈んでしまいたいと思っている僕には大変好都合で、思う存分その気分を味わう。イワシの群れが大きなうねりを描き、平たくてまぁるいエイが空飛ぶ円盤のようにスラリと横切り、眠たげなサメが底の方でゆらゆら揺れながらたゆたう。

 僕はこの水槽のフジツボだ。転生したらそれになろう。なろう系小説だったらそこから無双が始まるんだけど、それじゃなくて全然いい。ただうっとりと、岩場で静かに生涯を終えるんだ。そう、あのサメのように眠たい時は寝て……ん? ……寝てる? いや、サメって寝るの? 寝ないって言うか、いや、寝るけど。寝るけど確かサメって、泳ぎ続けないと呼吸出来なくなるんじゃなかった? んじゃ、アレは? 寝てるの? まさか溺れてるの? え、誰か! 飼育員さん! 飼育員さーーーん!!!


 結局、サメは眠っていなかったし、どちらかと言えば溺れてるに近い話で、水槽内の岩場のセットが老朽化して崩れてしまい、運悪くそれに引っかかっていたというのが真相だった。

 偶然とは言え良いことをした。飼育員さんには感謝されたし、サメも大事に至らなかった。落ち込んでた気持ちもおかげで少し浮上できたし、万事丸く収まったというところだろう。

 帰りの駅前にある居酒屋で軽く一杯ひっかけて、ほんのり千鳥足で自宅への帰路に着く。空は晴れ。星もきれい。明日からまたしっかり頑張りますかぁ、などと美しい結論に辿り着いた玄関先で、僕は何かに遭遇する事になる。

 アパートのあんまり明るく無い街灯が照らし出す何かの影。うずくまってるそれは明らかに僕の部屋の前ですが、ドアの前に誰かがうずくまるような心当たりは全く見当たらない。なにこれ。誰これ。酔っ払い? 知らない人? 昔の彼女? 誰かの彼女?

 訝しく思いつつもなす術なく立ち尽くす僕の気配を察知してか、彼女がゆるりと首をもたげる。


「……あ」

「……あ?」


 二度三度と細い目が瞬きを繰り返し、すっくと立ち上がった彼女は既に怒っていた。いや、意味わからんが。


「遅い!!」

「え、あの」

「酒臭い!!」

「あ、はい」

「謝って!!」

「ごめ、ごめん」

「ちゃんと!!」

「ごめんなさい」


 彼女は満足そうに腰に手を当てると、顎を逸らし、胸を張った。月明かりが艶のある長い髪を照らし、まるで水底のように怪しげな雰囲気を募らせる。おもむろに口を開いた内容は、不可解なものだった。


「さっき助けてもらったサメだけど、ボクを彼女にしていいよ」

「……は???」

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