第3話 女神
「アイ! 目を覚ましてくれ!!」
すぐさま彼女の傍へ近づき様子を伺う。
十三さんの言葉を信じるなら成功するということだ。
大丈夫だ……。
落ち着け……。
「……」
「……」
「……」
目を
「……」
「……」
「……」
「嘘……だ……ろ? 何が駄目だというのだ!!」
また失敗なのか……。両膝を床に落としへたり込む。
既に起動から十分は経過している。
「くそがぁぁぁああああああああああ!!」
床におもいきり拳を叩きつけたことで、血がにじんだ。
もう無理だ……。何もかもどうでもよくなってきた。
倒れるようにそのままうつ伏せの状態になる。
もう無理だ……。もう十三さんに楽にしてもらおう……。
そう決めようとした時だった——。
「ご主人様?」
————ッ!!
ヒュッっと喉から息が漏れ変な声が出た。
ドクンッドクンッと心臓の動悸がだんだん高鳴って来てうるさい。
ゆっくりと顔を上げる。
そこには上半身を起こし、不思議そうな顔で
「アイ‼」
俺は這いずりながら台座に手をかけアイに近づく。
吸い込まれそうな瞳……。
黒い瞳の奥が翡翠色と琥珀色が混じり合い、角度によって虹色に輝いている。
「朔太郎様……ですね?」
「そ……そうだ。俺が君を作ったんだ。お、俺が……朔太郎だよ」
これが彼女の声……。いろいろ感動しすぎてまた泣きそうになったがぐっとこらえる。
俺は目線の高さをアイに合わせ、ぐっと顔を近づける。
「身体に異常なところはないか?」
「はい、問題ありません。朔太郎様」
「朔太郎様なんて言わなくて良いんだ。『朔太郎』って呼んでくれないか? 俺も君のことを『アイ』と呼ばせてもらうから」
彼女は人間のように、不安そうな表情を作っている。
「本当に良いのでしょうか?」
「ああ。それで頼むよ」
ああ、アイに触れたい……。
普段の自分では考えられないことだが、自然に言葉を発することができた。
二十年間だ。
「フフ。泣いて顔がぐちゃぐちゃになってますよ」
「うんうん……良いんだ」
毎日毎日毎日、悩み苦しみ命を注ぎ込んて来た。
「鼻水も垂れてます。目の下にクマもできていて、とても疲れてるように見えます。大丈夫ですか? あんなところで寝ころんでたから、白衣もすごい汚れてますし、おでこも鼻の頭も何かゴミが付いてますよ?」
「あ……ああ……大丈夫だ」
何度も何度も何度も、この時を想像した。
俺の努力は無駄ではなかった。
報われた気がした。
「フフフフフ……フゥーハッハッハ」
大笑いしながら大泣きするというおかしな状態。
そのまま力が抜け尻もちをついた。
アイは台座から降り、こちらにトコトコと近づいて来た。金縛りにあったように体は動かない。まともな声も出せなかった。彼女は俺の前まで来ると、膝を付き、しばらくの間、至近距離で目を合わせた状態で止まる。そして、ニコッと微笑み、両手を俺の首の後ろにまわし抱き付いて来た。
——ッ!?
変な声が口から漏れた。
「よしよし、もう大丈夫ですよ」
アイは片方の手で俺の頭を撫でながら、耳元で優しく
頭がくらくらする……離れたくない。このままずっと埋もれていたい。なんだこれは……俺は何をされている!?
その時何故か、この研究が完璧に成功したのだと思った。驚きで止まっていた涙が、嬉しさで再びポロポロと
「アイィィィィィィィ————」
気づいた時には彼女の名前を何度も泣き叫び、自分から強く抱き締めていた。
「アイ……やっと君に会えた……」
どれくらいの間そうしていたのかは分からない。結構長い時間そうしていた気がする。アイは優しい笑みを絶やすことなく、ただ黙ってずっと頭を撫でてくれた。
俺に浄化の魔法でも使ったのだろうか。
たった数分間で、長い時の中で積もり積もった俺の
ずっとこうしている訳にもいかない……か
名残惜しかったが、アイから離れる。離れた際、「あっ……」と言う声が聞こえた。
「アイ……ありがとう。何だか生き返った気分だよ」
アイは恥ずかしそうに頬を赤く染め、ニカッっと微笑んだ。
——ッ!!
反則級の笑顔に心を奪われ、思わず息を呑んだ。人間以上ではないか。あの笑顔の前では、この世の誰も抵抗できないだろう。……それにしても……感情表現が豊かだな。フフ
「アイ、大事なことを言っておく。俺はお前に絶対服従などこれっぽっちも求めていない。そ……その親友というか、仲間というか、その……なんだ……家族みたいになってほしいと思っている」
「はい」
「だから、俺に遠慮なんかしないでほしいし敬語も必要ない。思ったことは言ってくれ。俺がどうしようもない屑なことをしていたら叱ってくれ。やりたいことをやって良いんだ」
「わかりました……いや……わかったよ、
そう言ってニコリと笑った。
顔を赤くし、とても愛らしく嬉しそうにする彼女の笑顔は、今まで見たどんなものより美しいと感じた。
アイは俺の言葉を、しっかりと理解しているように思える。
だがまだ赤子同然だ。
これから色んなことを見て感じて考えて、人間のようにどんどん学習し成長していくだろう。
あ~、なんて楽しみなんだ……。
こんな気持ちになるのは何十年ぶりか?
いや、初めてかもしれない……。
アイのこれからの未来を想像し、どんどん心が弾んでいく自分に俺は気づいていた。
猶予は三ヶ月。
アイだけでも絶対助けないと……。
「ところでアイよ。これより正常に稼働しているかどうかの確認テストをしたいと思うがどうか?」
汚れるのもかまわず地べたに座り込み、二人で向かい合う。
「確認? 正常に稼働しているはずですけど……確認は大事です。よろしくお願いします」
「うんむ、では少し体を触るぞ」
よし、自然な流れで言えたはずだ。やはり天才。
ゆっくりゆっくりと右手を彼女の胸の方へ近づけていく。もう少しで触れそうなところで、アイと目が合ってしまい手が止まる。彼女は何も言わず、じーっと俺の顔を見ている。
小っせー。俺の器小っせーよ。
「……ゴホッゴホンッ。アイよ。今何モードなんだ?」
自分が恥ずかしくなり無理やり話題を変えた。
「標準モードです」
アイには、数ある機能の中の一つにモードチェンジという機能があり、数百種類以上のモードから自由に性格を変更することができる。
ここで全てをテストすることはできないが、もちろん俺の頭には全てのモードが網羅されている。メイドモードやお嬢様モード、ニャンニャンモード、ツンデレモード、ツンだけモード、ヤンデレモード、エロエロお姉さんモード、妹モードなど、何でもござれだ。京都弁や博多弁、大阪弁などの各種方言にも全て対応している。
「モードチェンジ機能についてもテストしておかないといけないな。明日以降、俺からこの機能を頼むことはない。自分で使いたいと思った時に自由に使ってくれ。アイの心はアイだけのものだからな。今はあくまでも『テスト』だ」
「わかりました。テストですね」
「アイよ。ニャンニャンモードへチェンジだ!」
「はいニャン!」
「えーっと、体はもう触らないのかニャ? さっき伸ばして来た手の指がピクピクしてなんだかエッチだったニャ。
ニャンコポーズもしっかり決めている。
「…………。も、も、もう一度、今のセリフを名前のところから頼む」
「ニャ……?
「優しくするに決まってるじゃないか、アイニャ! …………こ、これは……控えめに言って……最高だ。悪くない……ニャン。フハハハハハ」
ニャンニャンモード……なかなかの破壊力を秘めている。これは……良いものだ……ニャン。
俺もしっかりニャンニャンポーズを決めておいた。
「?」
アイがこっちを不思議そうな顔で見ているが気にしない。
「後は……うーん、製作者として、これだけは試しておかねばなるまいな。アイよ。エロエロお姉さんへ、モゥゥゥードチェェェェェーーーンジ‼」
落ち着け。
これはあくまでもテストだ。
平常心だ平常心を保つんだ。
心を無にしろ。
これはテスト。
これはテスト。
これはテスト。
俺は童貞。
俺は童貞。
俺は童貞なんだ‼
「あらあら、朔太郎、すごく疲れた顔してるわよ? せっかくの可愛い顔なのに……もったいないわ~。お姉さんが元気ださせてあげるわ。まかせなさい。確認テスト……しっかりやりましょうね。ウフフ」
言い終えるのと同時に俺の頬をぺろっと舐め上げ、そのまま俺の手首を上から掴み、彼女の胸へ導いていく。
『好きに触っても良いよ』ということなのだろうか……?
頬を紅潮させ、
「ス、ス、ストォォォォォップッ! ストォォォォォプッ!」
危険すぎる……。
童貞様に、なんて恐ろしい連続コンボを決めて来るんだよ……。
このモードはやばい。
後三秒止めるのが遅れていたら、とても
「ツ、ツンデレだ。ツンデレモードにチェンジしてくれっ」
「変態朔太郎‼ あんたねぇ、テストとか言いながら、私に何しようとしてたのよ。正直に言いなさいよ。この変態!」
「いや、これは、あくまでもテストであってだな……」
「そんなわけないでしょ! あなたの顔も指の動きもすごく嫌らしかったわ。バレバレなんだから。はぁ……私を作った人がこんなエロおやじだなんてね。がっかりを通り越して失望したわ」
「フハハハハハ、この残念勘違い女め。お前みたいな貧相な体、誰が好き好んで触るんだ? 俺はエロおやじではない。三歳児ぐらいのピュアな心を持つ孤高の天才。この混沌の世界を救うことができる唯一無二の救世主になる男だ。よ~く覚えておきなさい。ククク」
「だ、誰が貧相なのよ! この中二病男!」
「デレはいつ出てくるんだよ」
「そんなものあなたに必要ないわ」
「次は妹モードを京都弁でやってくれないか——」
「そしたら次は——」
このモードチェンジの確認テストは夜通し行ったのが、俺は楽しくて楽しくて仕方なかった。
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